第6話 春香は康祐の弟子を希望する
春香は恐ろしさのあまり、身震いしそうになった。
康祐は、淡々と話を続けた。
「結局、その女子大生は弁護士に相談して、それからは法律が改正して、契約しても前日までに取り消せばいいということになったという。
まあ、しかし、ワケのわからないプロダクションとは契約しないことだな。
なかには、タレントを夢見て一流企業を辞めてまで入る女性もいるからな」
そうかあ。タレントなんてそう簡単になれるはずがない。
そして、一度アダルトものに出演すると、それがデジタルタトーとして残る。
まさに、若者を狙う世間の罠だなと痛感した。
春香は取り直したように言った。
「私は自分だけの楽しみや幸せを追求して生きていたわ。
しかし、康祐君を見てそれは違うということに気付いたの。康祐君のしていることって、勇気あることだけど、世直しだと思うし、康祐君みたいな人って、世の中には必要だと思うの。できたら、私で力になることがあれば相談してほしいな」
康祐は一瞬顔を輝かせた。
「そう言ってくれる人がいるということは、すごく嬉しいことだけどね、俺みたいな人間にあまり近づかない方が身のためだよ。春香は女だし、どんな危険が待ち構えてるかわからないよ」
「でも、自分の命を守ろうとする者は、かえってそれを失い、私のために命を賭けるをかける者は、本当の命を得るであろうと聖書の御言葉にも書いてあるわ。
それに、攻撃は最大の防御なりという言葉もあるわ」
康祐は、笑いながら言った。
「身を捨てて浮かぶ瀬もあれの世界だよ。まあ、自己保身ばかり考えてる人間に限って詐欺にあったりするな。
いちばん詐欺に合うタイプ、人付き合いはまったくせず、親戚づきあいもせず、ひたすら金ばかり握っている。そういう人は、大金はもちろん、土地、家屋、店舗までまるごとだまし取られるというな」
春香は納得したようにうなづいた。
「そういえばある有名占い師は、不動産屋に騙され、土地、家屋、店舗までだまし取られたというわ。
占い師曰く『私は不動産屋を恨みました。しかし私にもスキがあった』」
康祐は、表情を和らげながら言った。
「その占い師は欲ボケだったんじゃないか? まあ、金銭欲と名誉欲はとどまるところを知らないからなあ。
しかし、春香は怖いもの知らずというか、バカだよ。いや、いちばんの大馬鹿者はこのオレだけどさ。しかし、こういうことって、人から逆恨みされたりすることもあるし、敵が多い世界だよ。人から嫌われるのを恐れていると、何もできないよ。
まあ、必要があれば春香に頼みこともあるかもね」
そのとき、康祐のスマホが鳴った。
「いけない。俺、今からホストの依頼者に会うんだ。なんでも、女性客を強姦したという冤罪をかけられて困っているらしい」
春香は、思わず身を乗り出した。
「えっ、なんという名前のホスト?」
「ええと、拓也かな。まあ、もちろん源氏名だけどね」
なあんだ。秋香姉ちゃんの担当のホスト君だ。
そのとき、店の横のテーブルに拓也がついた。
前には中年のおばさんが座り、恨めしそうに拓也をにらんでいる。
「とんでもない誤解ですよ。僕はあなたのお嬢さんとは本当に何でもないんですよ。
ただ、お店にきて、ビールを飲んで帰られるだけで」
おばさんは、かすれ声で口を開いた。
「私は女手ひとつで、あの子を立派に育てたんだ」
拓也は共感したように言った。
「僕も母ひとり、子ひとりの家庭で育ちました。だから僕、どんなことがあっても、母親を悲しませるようなことだけは、したくないんですよ」
一瞬、沈黙が流れたが、拓也が口を開いた。
「要するに僕が、お嬢さんと肉体関係をもったとでも思っているんでしょうか?
それはとんでもない誤解ですよ。正直告白しますが、僕たちの仕事って、毎晩浴びるほど酒を飲むでしょう。だから、営業が終わるともうくたくた。あっちの方もご無沙汰ってわけですよ。
それに、僕も含めて店からは絶対にお客と肉体関係をもってはならないという誓約書があり、僕たちは全員サインしました。
だから、ホストのなかにはアダルトビデオ漬けになっている男もいるくらいです。
あっ、僕のことはさておいて、本題に入りましょう」
おばさんの表情は、少し和らいだようである。
「私はこの頃、娘とはちっとも口をいないの。それもあんた達が原因に違いないよ」
拓也は、おばさんを敵にまわさないように冷静さを装い、口を開いた。
「たぶん、お嬢さんはお母様に誤解されたくないと思って、気を使ってらっしゃるんじゃないですか。僕たちの仕事って、いかにも女性をたぶらかし、金を吸い取るなどという偏見の目で見られますから。
だから、僕も母親には、ホストじゃなくてバーテンなんて言ってるんですよ。
僕が犯人でないことを、わかって頂けましたかね」
拓也はたたみかけた。
「お嬢さんと三人で、一度ゆっくりお茶でも飲みたいですね。そして、僕の家庭のことも聞いてもらいたいんですね」
おばさんは、急に涙声になった。
「私も若い頃、水商売をしていたの。こう見えてもラウンジのママだったんだよ。
私が今までまっとうに生きてこれたのも、あの子がいるからだった。
今でもあの子は、私のお守り代わりだ」
拓也は、その話をきいて思わず涙声になった。
「僕の夢は、ディサービスを経営することです。そのために今は、金を貯めてる最中なんですよ」
康祐は、真正面からおばさんに宣言するかのように言った。
「これじゃあ、僕の出番はないようだな。まっハッピーエンドになったらいいのにな。僕はそのお手伝いをしているだけですがね」
拓也は康祐に手を合わせて言った。
「せっかく、依頼したのに申し訳ありません。でも、依頼料金はお払い致します」
康祐は、涼香の母親であるおばさんと拓也に頼むように言った。
「これから涼香さんを見守ってあげて下さいね。
これ以上、傷を大きくしないためにも、涼香さんをフォローしてあげて下さいね」
春香は、康祐の弟子第一号である。
康祐に出会ったことで、人生の指針が見えてきたようである。
その瞬間から、今までの人生では体験したこともない、目の前に未来が開けるようだった。
若さの特権よね。今しかできない、いや今だからこそできること。
そして、今苦しんでいる人の力になりたい。
こんなこと、友達に言ったらお人よしのバカじゃないのと笑われるかもしれない。
両親にも反対されるかもしれない。
でも、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれというじゃないか。
聖書の御言葉にも「自己保身ばかり考える人は、かえって自分の大切な生命を失い、私(神)のために、命を賭ける人は新しい生命を得るであろう」
自己保身ばかり考えていると、それに縛られるようになり、自分以外の人の幸せをねたみ、攻撃しようとする。
康祐は以前私に
「春香は、人の心の痛みがわかる人だね。たとえばいじめや家庭不和などで、人から傷つけられてきた人は、今度は弱い人や異質の人にターゲットを向けたりするが、春香はそういうことをしない。いやむしろ逆に、そういった人の傷や痛みをわかろうとする部分がある。これって、白い野草のように、白くて強い心をもった人しかできないことだね。ウルトラマンの心とでもいうのかな」
白い野草というとぺんぺん草、どくだみ、シロツメクサを連想する。
確かに誰かが種を蒔き、栽培するわけでもないのに、雨にも負けず風にも負けず、地上の上で微笑むかのようにいつも見事に咲いている。
私もこれから何が起きても負けない強い心をもち、世の汚れに染まることなく白い生き方をしたい。これこそまさに、ウルトラマンの生き方である。
そのとき、ふと「うまく行ってもダメになっても これが私の生きる道」なんていうレトロなJポップスの歌詞が流れてきた。
まるで、春香の心情を切り取ったような歌詞だった。
(完)
☆突然の明日ー春香のリスペクト すどう零 @kisamatuma
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