第5話 秋香姉ちゃん これからどうなるの?
久しぶりに、秋香姉ちゃんが帰宅した。
やっぱり嬉しい。たった一人の姉妹だから大切にしなきゃ。
「ねえ、春香。吉村康祐って知ってる?」
えっ、ひょっとして例の探偵兼ゲイ男優の康祐のことかな?
「ええ、まあ知ってるわよ」
「ほら、ニュースで見たでしょう。サラ金強盗未遂の私の元部下涼香の、妊娠中絶の相手は、吉村康祐って人なんだってさ」
本当なんだろうか。康祐はそんなに遊び人なのだろうか。
元ヤンキーって感じにも見えないしね。
早速、康祐に問いただしてみよう。でも、それが事実だったら、康祐のことがちょっぴり嫌になるかもしれない。
春香は、康祐が涼香の中絶相手だなんて問いただす勇気はとうていなかった。
そんなことをして何になる?
私は、康祐の彼女でもなければ、保護者でもないじゃないか。
ひょっとして、私、康祐のことが好きなのだろうか?
そんなことを考えていると、不意にチャイムが鳴った。
「有難うございます。ピザの宅配にお伺い致しました」
一応、秋香姉ちゃんの帰宅祝いに、ピザとスパゲッティーを注文しておいたのだ。
ドアを開けると、そこにはなんと康祐が立っていた。
「あれっ、今度はピザの宅配してるの?」
「まあ、そういうところだ。はい、代金三千円頂きます」
「ねえ、涼香さんって知ってる?」
とたんに、康祐は表情を硬くした。
「知ってるよ。でも仕事中だから、その話はあとで」
そう言いながら康祐は、背を向けて宅配のバイクに乗った。
夜九時頃、康祐からスマホにメールがあった。
「こんなこと、言いたくないことなんだけどね。俺、涼香さんと高校の同級生だったんだ。涼香さんは、あの頃、睡眠薬などに手をだしていてね。クラスでも孤立した存在だったんだ」
ドラッグ中毒の怖さは、テレビで見たことはあるが、春香に現実にはドラッグさえ見たことがない。
ただ春香はよくマスメディアなどで、親しくなった男性に「このカバン、トイレに行く間に預かっといてくれないかな? 二分で戻ってくるから」
と言われ、預かったら中には、内ポケットの縫い目のなかに覚醒剤が忍ばせてあったという話は聞いたことがある。
「実は俺のおかんも、精神安定剤にはまっていた時期があってね、ドラッグの怖さは知っていた。そこで、俺は涼香ちゃんの家に見舞いに行ったんだ。
もちろん、菓子折りを手土産をもって、涼香のご両親にもご挨拶してね。涼香の母親には、えらく喜ばれたなあ」
まあ、そうだろう。自分は一人ではないという自信がついたから。
康輔は話を続けた
「そんなある日、涼香はドラッグで酔っていたのだろう。僕に来てほしいって言って、涼香の家に行くと両親が不在だったんだ。
なんでも、出張中だったらしい。告白すると、僕は涼香と一晩過ごしたんだ。
しかし、いわゆるセックスそのものはしなかった。というか、お互いできなかったんだ。僕は涼香のそばにいただけで終わった。
涼香から告白されたが、涼香はその一週間前にレイプされていたんだ」
春香は面食らった。
「その涼香さんとやらは、何が原因でレイプされたの?
たとえば二昔前だったら、暴走族の集会に参加したとか?!」
「涼香曰く涼香の中学の時の同級生から、急に電話でバイトの面接に行くからついてきてほしいと頼まれ、ついていったらそこはギャルスバーだったんだ。
なんとそのまま涼香はギャルスバーに組み込まれて働かされ、客のつけを払わされる羽目になり、監禁された挙句のはて、レイプされたと言うんだ」
そうかあ、中学時代の同級生というと、まあ信用けどそんな罠が隠されていたのね。まあ、女性の場合、男性に囲まれて強く恫喝されると言いなりになるしかないというのは、十分考えられる。
春香はときおり異世界ファンタジーな世界を想像する癖がある。
こんなとき、ウルトラマンがやってきて女性をおぶって飛んでいけたら
そしてその女性がウルトラマンの影響を受けて、男性に囲まれてもビクともしない強いウルトラレディーになれたら
なんて現実とはほど遠い異世界ファンタジーの世界であるが、人間、不安や恐怖におびえているときこそ、せめて心だけは異世界に置いてファンタジックな想像力を働かせたい。そうでないと、うつ病になってしまいそうだ。
春香は決心した。
私は強く生きるぞ、ウルトラマンのように頑丈に強く生きてみせる。
そのためには、まず食生活から。
揚げ物と洋菓子は食べないぞ。コレストロールや血糖値がたまると不健康だものね。ウルトラマンのように、スリム体形を維持してみせるぞ。
そういえばウルトラマンの両手を合わす「シュワッツ」というポーズはイエスキリストの十字架に似ている。
本当かな? 半信半疑だが、まあ話だけ聞いておいても損はない。
「もちろん、僕の口からは涼香の両親に涼香がレイプされただなんて、言えるわけはなかった。
しかも、僕と涼香がベットで毛布にくるまっている様子が、防犯カメラに映っていたんだ。いつの間にか僕は、レイプ犯にされていた。
いくら、涼香の両親に口で説明しても手遅れだった。そこで僕は医者に、ADであるという診断書を書いてもらって、涼香の両親に提出したんだ」
春香の驚いた顔とは裏腹に、康祐は半ば淡々と話を続けた。
「しかし、涼香の両親と僕とは絶縁状態になった。それから十か月後、涼香が妊娠中絶をしたという噂を聞いたんだ。涼香の両親は僕が犯人だと思い込んでいたが、僕と胎児とは、血液型が違っていた。だから、無罪放免になったというわけだ」
なるほど。血液型が証拠となって救われたわけだな。
康祐の赤裸々な告白のなかに、確固とした救いが感じられる。
「いまだに、涼香のレイプ犯はわかっていない。しかし、あれ以来、涼香の両親は、まるで腫物に触れるような調子でしか、涼香に接していないんだ」
なんだか、暗い話、思わずため息が出た。
康祐は、春香のため息とは別に話を続けた。
「俺は、涼香の為にも涼香の両親の為にも、隠された悪の芽を摘み取っていきたいんだ」
なんだか、ウルトラマンみたいな感心な意見だ。
ひょっとして康祐は、ウルトラマンの影響を受けているのだろうか。
シュワッツという腕の十字を切り、ウルトラマンが登場してきそうである。
ただひとつ言えることは、涼香は妊娠中絶により、傷ついているということである。レイプされた子供でも、出産した方がよかったかもしれない。
春香は、性の問題について考えるようになった。
春香は今、小さなカフェの隅っこでテーブルをはさんで康祐と向かい合っている。
春香は康祐相手に自己流演説を披露している真っ最中である。
「私は今まで、自己保身しか考えて生きてこなかったわ。
流行の服を着て、おいしいものを食べて、気の合う友達と好き勝手なことをしゃべって、それが幸せのシンボルだと思っていた。
愛想のいい人を善人だと思い込み、自分を愛してくれると思っていた。
そして自分を傷つける人を、ちょっぴり憎んだりもしたといっても、復讐など考えていなかったけどね」
康祐はうなずいた。
「実は僕もそうだったよ。でもあるとき、自分を愛してくれていると思っていた人に裏切られたというより、最初から僕を騙して利用するつもりだったんだ。
でもその人もまた、人から騙され裏切られ、多額の負債を抱えて逃亡生活を送っている不幸な人だったんだ。僕はその当時、そんな世界は想像もできなかった」
春香は納得したように口を開いた。
「そういえば、クラスメートの演劇部の友人が、夏休みバイトしたあと、行方不明になったの。その子のお母さんは入院する羽目になってしまった。
結局、二か月後戻ってきたけど、高校は中退する羽目になってしまったわ。
といっても、ヤンキーでも変わり者でもなく、ごく普通の平凡な子だったけどね」
康祐はため息をついた。
「悪党から狙われるのは、いつもその平凡な普通の子だよ。ちょい悪のように、世間の裏側を知っている子は、悪党の顔、いや雰囲気だけでピーンとくるものなんだ。
また平凡な子ほど従順だし、親に大金を請求にいくぞなんて言葉に弱いしね」
「なんだか、アダルトビデオ強制出演の世界みたいね。グラビアモデルや歌手志願の子が、有名プロダクションの傘下の会社と名乗る弱小プロダクションに入り、半年間、歌やダンスの練習をした挙句、本番だと言われて行ったところが、なんとアダルトビデオの撮影現場だったという話、テレビで見たことはあるわ」
康祐は春香の話に納得して、口を開いた。
「そういえば、三年前、NHKの番組で取り扱ってたな。またそれ専門の女性弁護士も登場してたな。
なんでも、あるおとなしめの女子大生が、あるプロダクションのグラビアモデルの登録にいった。そこで、体重、身長、足のサイズを聞かれるだけで、全くアダルトな話はなかったが、翌日プロダクションから電話がかかってきて『あなたはアダルトビデオに出演決定しました』もちろん断ると、プロダクションの事務所まで来てくれといわれ、そこではタトーの入った四人がかりの屈強な男に取り囲まれ、
『今断られると、バラシ代に二千万円かかるので、親に弁償してもらいにいくぞ。また、お前の大学まで迎えに行く』などと脅され、契約書にサインさせられた。
契約書には片隅に「成人ものも含む」と書かれてあったが、アダルトビデオの撮影現場に行くと、メイクの女性も含め「サインしたからには、監督の指示に従わなければならない」と脅され、それ以来は家畜のように、十本以上のビデオに出演させられたという。もっとも、現代は女性ばかりではなく、ゲイビデオもあるくらいだから、決して他人事ではないがね」
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