第4話 ホスト業界の規律と秋香の災難
「まあ、もちろんその通りですがね。でもね、ホストを長くやっているとね、女に対する考え方が変わってくるんですよ。女を楽しませ、女に気を使い、でも好きになった女でも触れることさえできない。だから、逆に女をからかったりするんですよ。
特に秋香さんのようなしっかりタイプの人をね」
春香はふと思った。
「ねえ、私も姉の通ってたホストクラブに行っていいかな?」
途端に、拓也の形相が変わった。
「何を言ってるんですか! あなた、未成年でしょう。見つかったら店が警察に検挙されるんですよ。そうしたら、売上伝票すべて提出、過去のことまで調べられ、営業困難になりますよ。
だいたい、警察はホストクラブを目の敵にしてるんですよ」
そうかあ、この頃ホストブームというのは、安全して通えるという警察の縁の下の力持ちのような働きがあるからなのね。
「実は、ある悪質なホストが、警視総監の娘を騙したんですよ。それ以来、すっかりホスト業界は悪者扱いされちゃってるんですよね。
今でも予告なしで、抜き打ちで売上伝票をすべて提出させられる店はありますよ。まあ、ホスト業界は狭い世界なので、こういったことはすぐ店同士、伝わりますがね」
春香は口を開いた。
「そうなると、雑誌とかに掲載されてるように、あなたまで先輩にいじめられたりしてね」
「いじめもなにも、僕は即刻クビになりますよ。僕の為にも、そういった営業妨害はやめて下さいね。まあ、なかにはミテコといって、顔写真を貼り替えただけの偽の身分証明書を見せる悪質な人もいますがね」
春香は思い出したように言った。
「これは噂だけど、新宿歌舞伎町でホストをしていた男の子が、関西出身で関西弁が面白いと言われ、先輩の客をとった結果になったホストがいたの。
なんと、待ち伏せされて先輩からアイスピック(氷を切るナイフ)で首筋を切られたというわ。これ実話なのかな?」
拓也は納得したように答えた。
「これは実話としてあり得る話ですね。水商売で人の客を取るのはご法度ですよ。
いくらナンバー1とっても、礼儀を間違えれるとその店にはいられなくなる。
だから、ナンバー1になればなるほど、先輩にも新人にも分け隔てなく、自分から挨拶をすることですよ」
どの世界にも礼儀作法は大切。
芸能界や水商売など、大金が動きサイクルの早い世界ほど、妬み、恨みを買いやすいので、それを礼儀でカバーしなければならない。
「話は変わりますが、秋香さんが車に連れ込まれる現場を見た後輩がいるんですよ」
「えっそれじゃあ、姉は男に連れ込まれたわけ?」
「いや、連れ込んだのは女だったらしいよ」
まあ、女といっても男の言いなりになる共謀犯だということは、十分考えられる。
地方から出てきて頼るものもない平凡な若い女性が、結婚を夢見たあげく、ワル男にひっかかり、気が付けば悪事に利用されるケースはいくらでも存在する。
しかしなぜ秋香姉ちゃんが? 悪事を働き人から恨みを買うタイプでもないのに。
さっぱりわからない。春香の思考回路は止まったままである。
拓也は「なにかあったら、連絡下さい」と名刺を置いて出て行った。
翌日、春香はいつもと同じように朝七時に起きてニュースを見ていた。
緊張気味の女性ニュースキャスターが、深刻さを隠し切れないで報道している。
「昨日、午後六時、闇金会社が暴行犯に襲撃されました。犯人は、二十三歳の女性です。包丁をもって暴れていましたが、すぐ警察に取り押さえられました」
テレビ画面には、犯人の女性の顔が映っている。
どこかで見たことがある。あっそういえば、秋香姉ちゃんの会社の慰安旅行で秋香姉ちゃんの隣に座っていた女性だ。
秋香姉ちゃんにとっては、直属の後輩にあたるらしい。
そういえば、以前、秋香姉ちゃんはその後輩女性について、よくこぼしていた。
「まったく、コネで入社したのをいいことに、仕事を覚えようとはしない。
四大卒を鼻にかけてるのだろうか。まったくあの子がミスをするたびに、課長から起こられるのはこの私よ」
それから三日後のことだった。姉が心底、絶望したように言った。
「今日課長から言われたの。
『本来ならば、男性新入社員が君の部下につくはずだったが、部長から君がいいといわれ、部長のお嬢さんを部下につけることにしたんだ。
なのに、君は指導能力が欠けるというか、監督不行き届きというか、本当に困ったたものだ』と言われたの。先行き、思いやられるわ」
辛いわね。ひょっとして、これは会社ぐるみで姉を自主退職に持ち込もうとしているのだろうか。
そういえば、以前テレビで見たことがある。
女子刑務所の中というドキュメンタリーだが、女性主任からいつも叱られているOLが寿退社を勧告され、深夜一人暮らしの女性主任宅に押しかけ、包丁で刺し殺したという事件があった。
しかし、深夜に自分の部下を、一人暮らしの自宅に入れるということは、その女性主任はその部下を憎からず思っていたのだろう。ひょっとして、愛のムチとして結婚退職を促したのかもしれない。
でも、それは相手には届かなかったということは、結婚するアテもなかったに違いない。現在の仕事もうまくいかず、結婚という未来もない。
孤独と絶望から、女性主任を殺害するまでに及んだのだろうか。
まったくお門違いの逆恨みだが、姉もそんな逆恨みをされたら、災難だなと危惧していた最中だった。
女性アナウンサーが報道を続けた。
「犯人は一般企業の事務職をしていましたが、DVDに出演させてやるなどと甘い言葉に騙され、ヤミ金で借金したところ、断られたので逆上したそうです」
どういうことだ。これ?
ヤミ金というのは、よほどのことがない限り融資を断ったりはしない。ということは、ブラックリストにで載っているということなのだろうか。
DVD出演というのは、姉もひっかかった例の一件なのだろうか。
わからない。謎だらけである。
そのとき、拓也が驚愕したような、すっとんきょうな声をあげた。
「あっこの女性。しょっちゅう来店してた人だ。ええと、確か涼香さんだっけ。
でも、偶然だけどね。秋香さんとは顔を合わせたことはないはずだ」
だって、来店時間が秋香さんは、早朝七時だったけど、涼香さんは夜中だったものな。なんでも、涼香さんは店の近くのアパートで一人暮らしをしているという。
えっ、涼香さんは、部長のお嬢さんだから実家に住んでいるはずじゃないの?
まさか、担当ホストに狂って家を出たなーんて、少々飛躍した発想かな?!
「涼香さんって、悪い人じゃないんだけどね、少々変わったところのある人ね。
新人ホスト君に『今からあなたは私の息子に認定したわ』とかね。
それに言いにくいことなんだけど、高校時代、中絶体験のあることを公の場所でなんとマイクで演説したりね。普通、そんなことって、ひた隠しに隠すことでしょう。思い出したくもない過去に傷だし、未来にプラスになることはまずないものね」
もちろんその通りだ。でも女性は、心身に深い傷を抱えていると、かえってそれを吐き出し、膿を出すことでしか傷をやわらげることはできない。
心の内出血がいつまでも続くはずがない。
しかし、その中絶相手の男性はどんな人なのだろう?
「」
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