第3話 康祐がおとり捜査を始めた

 しかし、あの康祐というのは、何者なのだろうか。

 あの男と組んで、私から金をせびり取るのが、魂胆なのだろうか。

 そのときだ。チャイムが鳴った。窓からのぞくと康祐が旅行かばんを持って立っていた。

「さっきはゴメンよ。これ、姉さんのDVDだよ。全部、押収してきたんだ」

 見ると、百枚ほどのDVDが旅行カバンに入っている。

「これを買えっていうの?」

 康祐はすねたように言った。

「そんなんじゃないよ。これを引き取った方が、あんたらの身の為だろう。

 金なんか僕には、そう必要ないよ。第一そんなことをしたら、恐喝でぱくられるじゃないか」

 まあ、それもそうだ。

 康祐は、春香を見据えるように言った。

「実は俺、警官志望なんだ。だから、今から探偵の真似ごとをしてるってわけ」

 春香は、呆れたように言った。

「ふーん、まるでサスペンスドラマみたいね。ほら、あるじゃん。

 警視総監の弟がルポライターのふりをして、警察顔負けの凄腕推理力で、事件解決するなんて話、それを真似してるの?」

「まあ、俺はあれほどの推理力はないけど、隠された事件を解決しようとしていることは事実だ。世の中から、泣き寝入りしている人を出さないようにな」

 春香は、疑問に思っていたことを聞いてみた。

「あのゲイのDVDは何なの? あれはあなたが出演したんじゃないの」

「確かに俺は、顔出しで出演したよ。しかし、これも事件解決のためだ。別に本番したわけでもないし、エイズをうつされることもない。実際、外国の子供は、来日したとき、騙されてゲイDVDに出演している子がいるんだよ」

「じゃあ、あなたのゲイ男優ぶりは、世間を欺く仮の姿ってわけね。その正体は秘密探偵なんだね」

「まあ、そういうことだ」

 春香は、なんだか自分がサスペンスドラマの主人公になったような気がした。

 康祐といると、なんだかわくわくするようなスリリングな事件に巻き込まれそうだった。


「ねえ、あの男の正体は何? インテリヤクザ屋さんなのかな?」

 春香はさっそく、康祐に聞いてみた。

「いや、それそのものではないけど、まあ、そういった部類の人間だね。

 でも、一見やさしそうな紳士的なもの言いをするから、到底悪党には見えないだろう」

 春香は納得したかのように言った。

「そうね、女性はかしましいという言葉通り、しゃべりが多いんだね。未成年者は、愛想のいい人に弱いんだね。やさしくしてくれる大人はいい人イコール自分の味方みたいに錯覚し、反対に人見知りな子はそれだけで、無視してるなんて妙な誤解を受け、疎外されたりする。

 秋香姉ちゃんも、それで悩んだ時期があり、高校を十日間ぐらいさぼっていた。

 今の時代にすれば、なんてことはないのだが、やはりそういうことをしている子は、自分も過去、集団から嫌われたり避けられたりしていた、元嫌われ者でしかなかったが。

 いじめや差別は連鎖し、それが戦争へとつながっているんだろうなあ。

 国家同志の利害関係がうまくいかなくなったとき、戦争は起こるというが、所詮個人の力でとめることはできない。

 まあ、私はあの男の恐喝まがいにひっからなかったが、第二第三の被害者が続出するんだろうなあ、やはり、痴漢の冤罪同様、気の弱い人が狙われるんだろうなあ。

「康祐君、ありがとう。礼を言うわ。でも、あまり探偵の真似ごとをしていると、今に痛い目にあうわよ。取り返しのつかないことになっても知らないわよ。

 私は康祐君に何もしてあげることなどできないんだから」

 康祐は、悟りきったような表情で答えた。

「心配してくれてありがとう。兄貴からも口を酸っぱくして言われたよ。俺にまで被害が及んだら災難だぞって。でもご心配なく。あっ、何かあったら連絡して」

 康祐は、春香にスマホとメルアドの番号を書いた名刺を渡した。

 春香は、ある種の感慨をもってそれを受け取った。


「春香、帰ってたのね。びっくりしたじゃないの」

 秋香は、コンシーラーべた塗りの濃い化粧をほどこしている。

「どうしたの。そんな厚化粧して。秋香姉ちゃん、何があったの?」

 秋香は、面倒くさそうに答えた。

「子供には関係ないことよ」

 えっ、こんな投げやりな言い方をする姉は初めてだ。生真面目で、ちょっぴり口うるさい姉にいったい何が起こったというのだろう。

「秋香姉ちゃん、仕事の方はどう? 女性初の課長待遇というが、うまくいっていないんじゃないの?」

 姉は無言のまま、私を避けているようだ。なにがあったの?

 よほどの傷つくことがあったのかな? それとも、私に言えない何かがあるのかな?

 濃い化粧をした姉は、今までとは別人のようだった。

 まるで、出勤前の憂鬱な顔をしたキャバクラキャストみたい。

 姉は黙って外へ出た。


 その夜、姉は帰って来なかった。一体何があったの?

 警察に捜索願いを出そうかと思っている矢先、チャイムが鳴った。

「こんばんは。僕、秋香さんにいつもお世話になっている、拓也といいます。

 今日は、売掛金の回収にきました」

 拓也と名乗る男性は、名刺を差し出した。

 四隅が丸型で「レディスペース クリス 新庄卓也」と表示されている。

 四隅が丸型になっているのは、水商売の名刺であるが、ホストクラブなのかな?

「僕は、店では秋香さんの担当ですが、二万五千円、未回収なんですよ」

「じゃあ、あなたホストさん?!」

 拓也はうなづいた。しかし、マスメディアのイメージから想像される、派手さもあくどさも感じられない、髪も栗色で平凡な二十歳前後の若者でしかない。

「そうですよ。今、払っていただかないと、僕が店からの借金という形で自腹切ることになるんです」

 拓也は、せっぱつまったように春香に訴えた。

「一応、私の方で立て替えますが、姉に見せますので領収書を書いて下さいね」

 春香は、貯金のなかから二万五千円を支払った。

 これが他人ならとんでもない奴ということになるのだが、やはりたった一人の姉のためだ。しかし姉の行く末が気になる。

「もし姉のこと いろいろ知ってたら教えて下さい。これはお茶代です」

 今度は春香が、拓也に哀願し千円渡した。

「この千円はチップのつもりですか。まあ、本来はお客さんのプライペートは、秘密厳守なんですがね。あなたは妹の春香さんですね。秋香さんから聞いています。

 実は僕も困っているんですよ。秋香さん、この頃は店に来てくれなくなってね。

 なんでも転職するとかって言ってましたよ。僕、こういう職業でしょう。

 こんなことを言うと誤解されちゃうけどね、本気で秋香さんのことを心配してるんですよ僕、昼間は現役大学生なんです。学生証、見せますよ」

 苗字も名前もまったく違うが、確かに大学の名と、商学部四回生が明記されてある。

「僕、こういう職業をしているから、なかなか恋愛ってできないんですよ。

 だって、私のためにホストをやめてって言われたり、なかにはわざとエッチなことをしたいなんて、誘惑してくる子もいますよ。

 でも、僕ホストを始めてから 酒浸りで性欲が失せちゃったんですよ。それにエッチしたら即解雇だしね。第一、僕エッチがヘタなんですよ。女性の顔色ばかり窺ってしまうからかな」

 春香は、意外だと思った。ホストって女の扱いに慣れてるはずじゃなかった?

「こういう仕事をしていると、性欲が萎えるんですよ。毎日、浴びるほど大酒を飲むしね。それに、気を使いまくりで女性客ばかり相手にしてるでしょう。しかし客だから触れることもできない。女に対する新鮮味が失われるんですよ」

 結構、辛い職業なんだな。

「そんな僕を、秋香さんは可愛がってくれた。どんな新人ヘルプが来ても嫌な顔ひとつせずに、相手にしてくれた。なんだか、まるで母さんのような癒しの存在だった。

 秋香さんは、酒は一切注文せず、いつもウーロン茶。だからみな、秋香さんの席だけは、休息の場のカフェだと言ってたくらいでしたね」

 今度は春香が尋ねる番だ。

「姉に、なにか変わったことはありませんでしたか? この頃、様子がおかしいの」

「そうですね。深く傷ついているみたいでしたね。何があったか、それは僕にもわからない。でも、なんだか僕を避けているみたいでね」

 急に、拓也は小声で言った。

「ひょっとして、この前秋香さんが来店したとき、僕の態度が間違ってたのかな」

 拓也は恥ずかしそうに言った。

「こんなこと、大きな声では言えないことですがね。僕、ちょっと寄っぱらちゃって、先輩が秋香さんにエッチなことを言ったんですよ。でも僕、相手が先輩だからなにも言えなかったんですよ」

「姉にどんなことを言ったの?」

「オナニーしたことがあるとかね。秋香さんに失礼だとは思ったけど、相手が世話になっている先輩だからね。でも同調することはなかったけれど、止めることはできなかったですよ。

 でも、オナニーって以前ニュースキャスターの人も、エイズ撲滅や性犯罪を防ぐ為にも、必要なことであり、第一一人で楽しむ行為だから、誰にも迷惑はかけないといいますがね」

「でもそれは、一人で行うことであり、人に発表するものではないわね」

 春香はあきれたように言った。

 

 

 

 

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