第24話

 ラビラの迷宮が制覇された。その事実は瞬く間に群衆に広がり、ガオウ達パーティーの名前は一躍有名になった。しかし、その裏で起きていた事件について知られる事はなく、悲しみを知る者は限られた人だけだった。

 ウォルはその功績を認められて、王都騎士へ戻る事が許された。特例として飲酒を認めさせる等、やりたい放題の我儘ぶりであったが、その武勇だけは確かであり、携えた特殊な剣と比類なき防御力を誇る大盾は、騎士の憧れと象徴になった。

 アリスは迷宮での冒険で得た知見を用いて、新たな魔法を次々に開発して、さらに魔法学者としての地位を高めた。その傍らには常にウォーウルフのロンが付き従い、主人に敵意を向ける者や、やっかみ害をなす者をつぶさに嗅ぎ取り、その芽をつぶした。

 エレノアは旅で手に入れた研究データを持って王都に戻った。封印抹消する事もできたが、王都の暗部をあえて武器にして、非道な実験がもう行われることがないように、自らを所長とした研究所を立ち上げて、王都中の優れた研究者たちをまとめ上げ、不正と非人道的行為を許さない牙城を築き上げた。


 一方ガオウは暇を持て余していた。エンシェントオーガの影響が無くなった今、変身は完成しきっていて、相手になりそうなモンスターもいなかった。一人になった時にやる事がなくなったガオウは、一層の誰にも気づかれない場所に小さな墓を建てて、素材を集めながらベアに売り払って生活していた。

「おっちゃん今日も来たぞ」

 素材を抱えてベアの店に入ったガオウは、奥から出てきたベアに呆れ顔を向けられる。

「お前さん、またこんな低層の物ばかりもってきおって」

「何だよ、必要になるんだからいいだろ?」

「そりゃそうだが、また見たこともない珍しい素材が見たいわい」

 目標を失ったガオウは、迷宮の下層に下りる気にはなれなかった。それに仲間たちもいない、一人での冒険をいくら認められたとしても、エレノア達がいない冒険をする気にはなれなかった。

「まあ珍しい素材はそのうちにな、いいから買い取ってくれ」

「まったく、ガストンとタッパ達は再起してまたパーティーで下層を冒険しているというのにお前というやつは」

 ベアがぶつぶつと呟きながら素材をもって奥へと引っ込む、ガオウは買い取りの料金を受け取ると、リカルドに呼び出されていたのでギルドに急いだ。


 ラビラの迷宮都市は、制覇されたとしても活気を失わなかった。取れる素材は相変わらず珍しい物であったし、手ごわいモンスターもまだまだいた。ギルド内は冒険者で溢れていて、職員たちは今日も忙しなく働いている。

 ガオウはそんな冒険者達を横目に、階段を駆け上がってギルド長室へと向かった。受付には相変わらずシェラが笑顔で迎えてくれる。

「ガオウさん、約束の時間ギリギリですよ?」

「すみません、ちょっと道が混んでて」

「嘘ですね、ただやる気がなくなっただけでしょ?皆もそれぞれの場所に帰っちゃったし、張り合いがないって顔してる」

 シェラに見透かされてガオウはばつが悪そうに愛想笑いをした。

「まあでもそんなガオウさんにとっては、今日の話は朗報だと思いますよ。また忙しくなると思いますから」

「へ?そりゃまたどうして?」

「いいから早く入ってください!」

 シェラに促されて扉を開ける。そこには信じられない光景が広がっていた。


「ガオウ殿お久しぶりですな!」

「ウォル!?」

 ウォルはガオウを抱きしめるとバンバンと背中を叩いて喜びを表した。

「いやーお会いしたかったですなガオウ殿!」

「ウォル君、熱烈な歓迎はいいから僕たちにもガオウ君の顔を見せてくれ」

「アリス!ロン!お前たちもどうして!?」

「まあちょっとリカルド君に呼ばれてね、ガオウ君は元気にしていたかい?」

 アリスとがっちりと握手を交わし、ロンはガオウに飛びついて顔をぺろぺろと舐めた。

「ロン!元気そうだな!アリスとは上手くやってるか?」

 ロンは元気よく吠えて返事をして、アリスの足元にすり寄った。ガオウは仲間との再会に喜んだが、この場にエレノアがいないのに気が付いて、少しがっかりとした気持ちになった。

「あ、今ガオウ殿、エレノア殿がいなくてがっかりしましたな?」

「そんなわけないだろ!エレノアとは手紙でもやり取りしてるし、今は忙しそうにしてるから寂しくなんてない!」

「拙者寂しそうとは言ってないですな」

 ガオウはウォルに飛びついた。それをひらりと躱して、ガオウはウォルを追いかける。

「まったく、騒がしいと思ったら君たちだったか、ガオウはもっと時間に余裕をもって行動したまえ」

 リカルドが部屋に入ってくる。ガオウがすみませんと謝罪しようとしたその時、リカルドの後ろから、懐かしい気配がした。

「ガオウさん相変わらずですね」

「エレノア!?」

 リカルドと共に部屋に入ってきたのはエレノアだった。少しだけ顔つきが大人びたが、確かにエレノアだった。

「じゃあ揃った所で話を始めるぞ、全員席についてくれ」

 リカルドに促され各々が椅子に座る。ガオウの隣に座ったエレノアは、にこにことガオウに笑いかける。

「君たちに集まって貰ったのは、何も懐かしい顔ぶれに親しんでもらうためじゃない、実は仕事を依頼したくてね。このメンバーに集まってもらったんだ」

「仕事?」

 ガオウが聞き返すと、隣のエレノアが答える。

「私たちの研究所でラビラの迷宮の研究調査をしていたんです。ガストンさん達のパーティーについてもらって最下層まで向かいました。そうしたら、とんでもない事実が判明しました」

 エレノアの話にリカルドが続ける。

「君たちがエンシェントオーガと戦った場所が、跡形もなく消え去って新たな迷宮の層ができていた。新しいモンスターも確認されて、ラビラの迷宮はさらに奥がある事が分かった。君たちはまだ迷宮を踏破していないという訳だ」

 ガオウはわくわくとした気持ちが抑えられなくなってきていた。

「という訳で、私たちはまた迷宮に挑みたいと思います。まだまだ分からない事、知らない事ばかりの迷宮ですから、研究者としても、フィールドワークが欠かせませんから」

 エレノアは立ち上がってガオウに右手を差し出す。

「ガオウさん、私とまた迷宮を歩んでくれませんか?」

 ガオウはその手をがっちりと握りしめ、エレノアをギュッと抱きしめた。これから始まる冒険と、またエレノア達と一緒に居れる喜びでガオウは胸が一杯になった。


 こうしてまた。鬼と少女は迷宮を歩み始める。

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鬼と少女は迷宮を歩む ま行 @momoch55

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