第23話

 エンシェントオーガ討伐、アリスが渡された記録の結晶と、ガオウ達から聞いた情報を統括して、目標として掲げられ、パーティー全員はその想いを共有した。

「僕が託されたあの記録の結晶の中に、エンシェントオーガの目的が記されていた。奴は迷宮内で力を取り戻して、その穴倉から出て、実験体にされた怨みをはらし、衝動のままに破壊を繰り返すつもりらしい」

「迷宮内で力を?」

 エレノアが聞き返すと、アリスが頷いて答える。

「アレン博士達のレポートによると、ラビラの迷宮には、モンスターの力を活性化させたり、素材の質を上質なものに変える不思議な力があるようだ。エンシェントオーガはそれを知っていたのか、一番その力が濃く出る最下層を根城にしているようだ」

「という事は次の層がラビラの迷宮最後の層になるのか」

 ガオウが言う、迷宮の踏破、エンシェントオーガの討伐、その二つが今自分たちに懸かっている。

「時に、エンシェントオーガとはどれ程の強さなのですかな?」

 ウォルの質問にエレノアが答える。

「どれ程と聞かれると例えようがないのですが、曰く不死身とも言える再生能力を持ち、並みの攻撃では傷一つつけられず、その怪力は腕を振るうだけで、並みいる強者達の体をバラバラに粉砕したと言われています。絶大な力を誇り、恐ろしい強さだったと言われています」

 エレノアの話にアリスが続く。

「しかし今完全に討伐できるチャンスでもあるんだ。エンシェントオーガは完全に力を取り戻した訳ではない、自らの肉体ではなく人の身にその魂を宿しているに過ぎない、それでも尚怪物である事は間違いないが、すべての被験者達の力を得て、博士達の研究の最高の成果とも言える、統合形態を手に入れたガオウ君の力があれば或いは手が届くかもしれない」

 アリスの言葉にガオウも続く。

「俺とエレノアは、不思議な事に魔石の残滓となった被験者達の意識と会話した。そこで託された想いに俺は応えたい!」

「私も両親の贖罪の旅をここで終わらせるつもりです。決着をつける時が来ました」

 ガオウとエレノアは確固たる意志を持って宣言する。

「拙者は最後まで皆の盾となり剣となり、その身果てるまで共をするだけです。成し遂げましょう、最強越えを!」

「僕だって君たちの仲間だ。勿論最後まで一緒に行かせてもらうよ。僕の魔法が必要だろう?」

 ウォル、アリスと続いて、最後にロンが「ワンッ!」と力強く吠えた。

「行こう皆、悲しい運命の鎖を断ち切って、始まりの鬼を退治するために!」

 ガオウがそう言うと、皆は拳をそれぞれ前に突き出した。全員「応ッ!」と声を合わせて、最終決戦への火ぶたが切られた。


 入念な準備とギルドでの話し合いを経て、ガオウ達は迷宮の階段を下る。

 リカルドに頭数を増やすかと打診されたが、犠牲者が増えてしまうとエレノアが断った。それでも出来る事をさせて欲しいと、最新鋭の装備品と、回復薬をガオウ達パーティーに支給した。リカルドの指示でシェラがあちこちを駆け回り、支援物資を集めていた。ガオウ達は二人に感謝の気持ちを述べて、必ず戻ると約束した。

 一行は、最終決戦に臨む前でも、いつもの調子で話したりふざけ合ったり、変わらぬ様子で冒険を楽しんでいた。どんな目的があったとしても、パーティーの皆は、この冒険が楽しかった。トラブルやハプニング、大怪我や事故もあったけれど、それらの思い出が皆の絆をより強固に繋ぎ止めた。この決戦も、冒険の終わりを予感させるものではない、新たな冒険の始まりのためのものであった。

 最下層に下りる途中で、エレノアの父レオンの為に作った簡素なお墓に全員で黙礼を捧げた。今や博士達の遺志を継いだのはエレノアだけではない、ガオウもウォルもアリスもロンも、全員が遺志を継ぐ者たちであった。

 黙礼を終えると最下層に下り立つ、そこは異様としか表現できない不思議な空間だった。建物や木、岩や土、様々な建造物らしきものが宙に浮いて、背景は夜の星空のように輝いている。そして空間の中心部に、一人の少年が鎮座していた。

「クカカカ、妙な連中が来たな。不可思議な混ざり者に、忌々しい研究者のひりだした娘子、強くはあるが不安定な者、傲慢な魔法使いに、野性を忘れただらしのない犬めが、雁首揃えてよくもまあぞろぞろと」

 遠くからでも分かる圧倒的な強者の雰囲気、あれがエンシェントオーガだと全員が察知した。

「混ざり者よ、屍を食らいここまで来たか?その力は身体に馴染むか?数多の死を飲み込んだお前からは死臭がするぞ?」

「強いって割に下らない挑発だな、どうした?余裕がないのか?」

 エンシェントオーガはカカカと楽しそうに笑う。

「余裕がないのはお前だろう、子供のように震えているな、滝のように汗をかき、背筋はつららを差し込まれたように冷ついているだろう」

 ガオウは押し黙った。悔しかったが、エンシェントオーガの言う通りだったからだ。

「酒をやろうか?強き者よ。命を絞って作った特別な酒だぞ?血と肉で出来た酒だぞ?」

「ご心配なく、勝利の暁に最高の一杯を飲むつもりですからな」

 ウォルは動じない、やる事はシンプルで、考える事はいつだって同じことだからだ。ガオウの背中を叩いて、ウォルはにっこりとガオウに笑いかける。

「僕は先に言わせてもらうよ、薄汚い鬼のなれ果て。強くても孤独は辛いか?楽しそうに話しかけてきて反吐が出るよ、僕の大切な仲間たちの魂を穢さないでもらおうか」

 アリスは逆にエンシェントオーガを挑発する。強きに、そして冷静に杖を構えて真っ直ぐに相手に向ける。

「クカカ威勢のよいことだ。犬ころよ、お前は野性を失った腑抜けだ。さっさと殺してやるから惨めに死んでいけ」

 ロンはアリスを背に乗せながら低い声で唸る。

「さあて、最後は研究者の糞だな。お前の母親は大いに役立った。礼として搾りかすだがくれてやる」

 エンシェントオーガは人のような何かを投げてよこした。それはかろうじて人と分かるような見た目の皺まみれのミイラのようだった。エレノアが手を握ると、微かな声で「エレ…ノ…ア」と声を発した。エレノアはためらわず母だった人を抱きしめると、炎の魔法でそれを灰に還した。

「おいおい、実の母親になんて酷い事を」

「黙りなさい、あなたの口から出る言葉のすべてが不快です。今終わらせてあげます」

 エレノアは細剣を構えなおす。それを見て、エンシェントオーガは楽しそうに笑い声をあげた。

「いいぞいいぞ!抗って見せよ!お前の母親を使って作った弟達と戦わせてやろう!」

 エンシェントオーガが掲げた手を下ろすと、背後から暗い穴のような空間が空いて、そこから異形の怪物たちがわらわらと出てくる。醜くねじ曲がった体を奇妙に動かしながら、鳴き声のような呻きを口の端から漏らしている。

「下僕を作ろうと思ったが、上手くいかなくてな。それでも儂の力の一端を受け継いだ個体どもだ。一体一体がそこらのモンスターと比べ物にならない程に強いぞ?」

 そのおぞましい行いに、ガオウは怒りで頭がカッと熱くなる。今にも飛び出していこうとしたガオウをエレノアが制する。

「大丈夫です。大丈夫ですよガオウさん。怒りは心に、頭は冷静に、私たちはエンシェントオーガを倒しに来たんです。ぶれずにいきましょう?」

 エレノアの静かな怒りと、確かな決意に満ちた顔を見て、ガオウは冷静さを取り戻した。一度大きく息を吐くと、一気に吸い込んで大声でエンシェントオーガに話しかけた。

「おい!俺達はお前とお喋りしに来たんじゃない!今日今ここでお前の息の根を止めてやる!俺達がお前に慈悲を与えてやるぞ、感謝しろ馬鹿鬼が!」

 ガオウの啖呵にエンシェントオーガはピクリと体を反応させる。それを無視してガオウは叫んだ。

「行くぞ皆!変身!!」

 ガオウの変身と共に皆がそれぞれの武器を手にエンシェントオーガに向かっていった。


 ウォルは次々と出てくる怪物の相手をする。露払いが必要だといち早く判断して、果敢に群れの真ん中に飛び込んだ。サーペントを鞭状に変えて、薙ぎ払う。何匹かは首を落とすことができたが、ウォルが思っている以上に堅くて頑丈で、何匹化は致命傷には届かなかった。

 怪物たちはウォルを目標に全員で襲い掛かる。サーペントを剣と鞭に変化させながら、大盾で防ぎつつ関節や、手足の腱、首元や喉元を狙って大立ち回りをする。しかし多勢に無勢、徐々にウォルでは捌き切る事が追い付かなくなる。怪物たちの攻撃は一撃一撃が命を容易に奪い去る威力だった。ウォルは身動きが取れなくなり始める。

『雷よ、我が力となりて眼前の敵を薙ぎ払え!』

 大魔法を詠唱し終えてロンと共に飛び込んできたアリスが、杖を振り下ろすと、強大な魔力で練り上げられた雷が、ウォルに群がる怪物たちを消し炭に変えた。

「助太刀感謝いたします!」

「僕たちはここでこいつらの相手をするぞ!一匹たりともガオウ君とエレノア君の元へは行かせるな!」

「おお!」

 ウォルがサーペントを鞭状に変化させる、アリスはそれに攻撃魔法を乗せる、炎を纏った薙ぎ払い攻撃が、怪物たちの群れを焦土に変える。

「さあさあさあ!拙者とアリス殿とロン殿が!お前たちの相手をしてやりますな!寄らば切り捨て、寄らねば撃ち捨てに、我々を抜けるとは思わない事ですな!」

 ウォルは咆哮を上げながら怪物の群れに飛び込む、アリスとロンはウォルの動きをカバーしながら、魔法を撃ちこんで攻撃を開始した。


「威勢がいいな、お仲間は。あいつらだって人間なのになぁ?」

「だからどうした?俺達はそんな覚悟とっくにできてんだ。お前の下らないおもちゃを壊す事にためらいがあると思うなよ?」

 クカカとエンシェントオーガは笑う、ガオウとエレノアはエンシェントオーガと対峙していた。

「ではこちらも始めようか、儂の首を獲れるものなら獲って見せよ」

 少年姿のエンシェントオーガは静かに立ち上がる。ニヤリと不気味に笑うと、身体が歪に膨れ上がり、バキバキと大きな音を立てながら、その身体を大きく異形の鬼へと姿を変えていく、先程の人間の姿は見る影もなく、山と見まがう威圧感を放つ、筋骨隆々な赤黒い鬼へと姿を変えた。

 エンシェントオーガは拳を握り振りかぶる、ガオウは剣を構えて攻撃に備える、目に止まらぬ速さの拳がガオウとエレノアに振り下ろされるが、ガオウ達には攻撃は届かない、構えた剣で受け止めて、伸ばしたマントでエレノアを守ったガオウは、返す刀で拳の指を四本切り落とした。

「やるな小僧」

 エンシェントオーガは指を切り落とされても余裕の顔を見せている、すぐに新しい指が生えてくるからだ。しかし、その顔が苦痛に歪んだ。

「ぐぅぅ!!」

 切られた指から青い炎がたち上り拳を焼く、ガオウの剣が纏う炎は、切りつけた場所を燃え上がらせる。意図していなかったダメージにエンシェントオーガが唸る。攻め手を止めずにガオウ達は動く、足元に駆け抜けてエレノアの補助を受けて剣を振り下ろす。右足を真っ二つに切られたエンシェントオーガは姿勢を崩す。ガオウはエレノアを抱えて足元から跳んで避ける、その際に顔に目がけて魔弾を撃ち込む、目と鼻を正確に狙ったその攻撃にエンシェントオーガは思わず怯む。

「この!!ガァ!!」

 魔弾が撃ちこまれた場所が腐り始める、呪いと魔法が込められた魔弾は、着弾点を呪いで蝕む。エレノアがかけた補助魔法で飛び上がり、エンシェントオーガの片角を切り落とす。

「ええい!羽虫がぁ!!」

 炎に身を焼かれ、その身を腐らせながらも、腕を振り正確にガオウ達に攻撃を仕掛ける。空中で攻撃を受けたガオウ達は、地面に勢いよく叩きつけられる。しかしそれもガオウは凌いだ、エレノアをマントに包んで、自分は自力で攻撃を耐える。耐久力が大幅に増した統合形態なら、ノーダメージに近かった。

 エレノアとガオウは振り下ろされた腕に乗り、剣をエンシェントオーガの腕に当てて切りつけながら駆け上がる。そのまま駆け抜けて残った片角も切り落とし、そのままエンシェントオーガからエレノアを抱えて飛び降りる。切りつけられた腕が炎を上げて燃え上がる。再生しても痛みは消えない、身体を焼く青い炎はじわじわと身を蝕む。

「ガアアアアア」

 エンシェントオーガは苦痛に声を上げる。今まで傷つけられても苦痛に呻いた事はなかった。しかし身を焼く炎は確かに身体を傷つけた。身を腐らせる魔弾はじぐりと痛みを広げた。エンシェントオーガはその攻撃の一つ一つに意思のようなものを感じさせられた。

「グオオオ!何故痛む!何故苦しむ!この儂が何故!」

「分からないのか?」

「この力は貴方を研究して生まれた物、そして貴方が貶めた私の両親が、執念で生み出した貴方を討つ為の力、そしてガオウさんに託された被験者達の意思の力」

「お前がどれだけ無敵でも、どれだけ強くて頑強だろうと、俺はお前を死ぬまで切り続ける、この身が首だけになろうともお前の喉元に噛みつき離さない、俺はお前を許さない、だから滅ぼしてやるよ。その身のすべてを魂を」

「ほざけ小童!!!」

 エンシェントオーガは無作為に暴れ始めた。大地を抉り、空を揺らす。それは子供が起こす癇癪のようで、動きはただ思うがまま暴れているだけだが、体の一部がどこかに当たるたびに爆発するような威力を誇る。ガオウはエレノアを抱え、そのすべてを回避して凌ぐ、しかし攻撃の余波はウォルとアリスとロンにも及んだ。

「ウォル!何とか防ぎきれ!ロン!アリスを乗せて避けろ!」

 ウォルはすぐに防御態勢に入る。ロンはその俊足で戦場を駆ける。エンシェントオーガの攻撃は、自らが生み出した下僕の怪物達を巻き込んで、それらをすり潰した。

 暴れ切ったエンシェントオーガの動きが一度止まる、辺りの地形が変わるほどの攻撃は、防ぎ、避け、捌いて尚、全員に多大なダメージを負わせた。だが、ガオウ達は誰一人として倒れる事無く立ち上がる。武器を手に取り、エンシェントオーガへと向ける。

「クソオオ!こんなゴミムシどもに何故儂がこんなにも追い詰められる!邪魔をするな塵となれ!」

 エンシェントオーガはガオウに向けて拳を振り下ろす。ガオウはそれを片手で止めた。驚き拳を引こうとするエンシェントオーガをガオウは爪を食い込ませ掴んで離さない。

「お前の怒りは分かるよ」

「分る筈がない!死ねぬ体を持ち衰えていく精神に引きずられ、弱り果て、実験動物として体を切り刻まれる!!その怒りが、その憎しみが、どうしたらお前に分かると言うのだ!!」

「お前が怒り、悲しみ、憎む。その気持ちのすべては正しいよ。だけどな、それは非道を行っていい理由にはならない、お前がその命を貶めたアレン博士達は、お前も救う道を探していたんだ」

「黙れぇ!!」

 ガオウに伸ばされるもう片方の腕をウォルが大盾で弾き、守る。

「お前の命俺が獲ってやる。もう誰かに利用される事に怯える事はない、エレノア頼む!」

『我が名はエレノア、我が力ガオウの契約者なり。かの者すべての力を継ぎし者、そして魂の解放者なり。今こそ力を甦らせよ、我が敵を討ち、その魂を浄化させよ!』

 エレノアが契約魔法を詠唱する。それは父親に託された最後の呪文だった。アリスに渡された結晶の中に残された。祈りと融合の力を解放する魔法、ガオウは沸きあがる力のままに剣を手にした。地面を蹴り飛び上がる、力を込めて一刀でエンシェントオーガを真っ二つに斬った。

「この程度で死ぬと思うのか?」

「思わねぇよ、だが魔石は貰っていくぜ」

 二つに割られた体からガオウは魔石を抜き取る。エンシェントオーガはその力を取り戻しても、存在は魔石に依存していた。それが分かっていたエレノアの両親は、魔石を取り出し、融合の力で統合し、エンシェントオーガの存在を消し去る。もう二度と悪魔の研究をさせないために、その存在を脅かすものが居なくなるように、エンシェントオーガを解放するために最後の力を託した。

「まさか、そんな、死ねるのか儂は、朽ちる事のない身体から力が抜けていくのが分かる。終わる事ができるのかこの儂が」

「エンシェントオーガ、聞いてください、貴方が受けた非道な実験、確かに人としての禁忌でした。しかしあなたが迷宮内に留まった事で、その影響力を強めさせ、被験者達をモンスターに変えてしまった。ラビラの迷宮の生態系にも狂いが生じました。人々を脅かす復讐の力をつけさせる訳にはいきませんでした。だから貴方はここで終わりです」

 エンシェントオーガは朽ちていく身体で、一言二言小さく呟いたが、それがガオウ達の誰かに届く事はなかった。そうしてエンシェントオーガの身体と魔石は塵となって消え、空へと還っていった。

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