第22話

「エレノア、そこに居るのか?エレノア」

 息も絶え絶えながら、エレノアの父レオンはそこに居る娘の存在を確かに感じていた。

「ここですお父様、私はここにいますよ」

 エレノアはレオンの手を握り優しく話しかける、変身したままで表情を見ることが出来ないが、エレノアには何故か穏やかな顔をしていると分かった。

「そうか、そうか、来てしまった。いや来てくれたんだなエレノア、追わなくていいと言ったのに、君は追うとも思っていたよ」

「はい、お父様とお母様は、何も伝えず私の前から消える人たちではありません。だから、追いました。そして、二人のしてきた事を知りました」

 ガオウ達はエレノアとレオンを囲むように立っている。皆一様に悲しそうな顔をして、ロンはレオンの顔をぺろぺろと舐めている。

「ロン、お前もいるのかい?そうか、見つけてもらえたんだね、よかった。心配していたんだ。ああ、本当に良かった」

 ロンはもう撫でてもらえる事がない、動かない腕を自力で頭にのせて伏せをする。

「暖かい、ありがとうロン、暖かいよ」

「お父様、聞きたい事があります。お時間はありますか?」

「ああ、まだ大丈夫だ、エレノア、それにお仲間の人達、聞いて欲しい事がある。そこに変身能力を持つものがいるだろう?」

 ガオウは一歩前に出て言った。

「俺の名前はガオウと言います。一層で貴方達が目撃した被験者と契約者夫婦の息子です」

「そうか、変身能力を持つものがいたからもしやとも思ったが、君があの時の子だったんだね」

 ガオウもエレノアが握りしめる手の上からそっと手を重ねる。

「聞いてくれ、君がこの悲劇を終わらせる鍵になるだろう、私が消滅したら残った魔石を取り込みなさい、私が作ったモデルは融合、すべての魔石を取り込むために作ったものだ」

「そうか、融合か。なるほどそれならあの形態や強さにも納得がいく、バラバラだった能力のすべてが綺麗に一つに調和していた。初めから核となる魔石を取り込むためのモデルだったんだ」

 アリスが堰を切ったように話し始める。

「姿はもう見えないが、どうやら詳しく分かる人がいるようだな、ならばこれが役に立つだろう」

 エレノアが握る手が光り始めて、その光が治まると、手のひらに一つの結晶が握られていた。

「それには私達がここで冒険して、手に入れた知見をすべて記録してある。ぜひ役に立ててくれ」

「アレン博士、僕は貴方達を一方的にだが知っている。貴方達は真摯に研究に取り組んで、様々な人々にその恩恵をもたらした。その人の最期がこんな形になってしまうなんて、僕は納得ができない。絶対に役立てて見せる」

 アリスはエレノアから結晶を受け取ると、それを握りしめて胸に抱きしめた。

「エレノア殿の父上殿、拙者元王都騎士のウォルと申す者です。王都の組織に所属していた者として謝罪いたします」

 ウォルが膝をついて深々と頭を下げる。

「謝罪なんてよしてくれ、結局手を貸してしまった私たちの責任だ。この咎は私たちが背負って逝くことにするよ」

 ウォルはそう言われても頭を上げようとしなかった。騎士としての矜持がそれを許さなかった。

「エレノア、聞いてくれ、最後の敵がいる。この下の階層で力を取り戻しながら地上に出る機会を伺っているんだ。私と妻はそいつに敗れた。そして私は下の階層を守る門番として操られてここを守らされていた。私はもう魔石に動かされているだけの屍だ、この悲劇を終わらせるために最後の鬼を倒してくれ」

 レオンの体が灰となり始めている。別れの時が近づく。

「お任せください、私が、いえ私たち皆がお父様とお母様の遺志を継ぎます!」

 エレノアは涙を堪えながら最後の言葉を父に向けてかける、そんなエレノアの背中をガオウが手を置いて支えた。

「ありがとう、最期にエレノアに会えて私は幸せだ。最後の敵はエンシェントオーガ、この計画の始まりのモンスターだ」

 レオンの体はすべて灰となって消えた。残った魔石を抱え込んで、エレノアは堪えていた涙があふれだして、地面を涙で濡らした。


 帰還石を砕いて迷宮から出たガオウ達は、一度マキシムの民宿に戻る事にした。落ち込んでいるエレノアの様子を見ていたら、とてもギルドに報告に行く気にはなれなかったし、それ以上に皆激戦でボロボロだった。治療院での治癒もそこそこに、安心できる場所に帰りたいという気持ちで、皆一杯一杯だった。

「ただいま、おばちゃん」

 マキシムは一行の姿を見て一瞬笑顔になるが、その様子を見て、神妙な面持ちに変わる。

「皆、大変だったようね。ご飯用意するわね、体も綺麗にしなくっちゃ、お風呂も沸かすわ、さあ休みなさいな」

 マキシムの言葉で、皆緊張の糸が切れたようにそれぞれに行動した。ウォルは机に倒れこむように椅子に座り、アリスはロンと一緒にソファーで眠った。ガオウもご飯が出てくるまでウォルと座っていようかと思ったが、エレノアが魔石を抱えたまま部屋へ戻っていくのを見て、心配になってその後を追った。

「エレノア、大丈夫か?」

 ガオウはドアをノックして外から声をかける。

「ガオウさん、鍵は開いてます入ってください」

 ガオウはドアノブを回して、部屋の中に入る。しかし、姿があると思ったエレノアがいなかったので戸惑っていると、背後からエレノアがガオウに抱き着いた。

「ガオウさんなら、何となく私を追って来るんじゃあないかと思ってました。ありがとうございます」

「そりゃあれだけ思いつめた顔してたら心配になるさ」

「はい、私は今から泣きます。そりゃもう大泣きします。我慢ができません。お願いします少しだけ背中を貸してください」

 ガオウは黙って頷いた。エレノアは小さく「ありがと」と呟くと大声を上げて泣いた。小さく震えながら大声で泣くエレノアを背中で感じながら、ガオウも少しだけ涙を流した。


 エレノアが落ち着いてから暫く二人は一緒にいた。何だか離れがたかったのもあるし、ただ一緒に居たいとも思っていた。

「エレノア、その、上手く言えないけど大丈夫か?」

 ガオウはエレノアを気遣って聞く、エレノアは目を赤く腫らしていたが、ガオウに笑顔を向けて答えた。

「心配してくれてありがとうございます。だけどもう大丈夫です!沢山泣かせてもらいましたから」

 エレノアがそう笑顔で言うので、ガオウはもうそれ以上は何も聞かなかった。

「ガオウさん魔石、私がずっと持ってちゃってごめんなさい」

「そんな事、全然いいよ。お父さんの形見だもんな?」

 エレノアは小さく頷いた。慈しむように魔石を手で撫でる。

「でももう貰ってください、私、本当はもうお別れはあの時済ませた筈なのに、こんなに未練がましくしてたらお父様に怒られちゃう」

「そんな、無理する事ないんだぞ?」

 エレノアは首を横に振ると、魔石をガオウに差し出した。

「本当にもう大丈夫です。それに別れ際、ガオウさんが鍵になると言っていました。最後の願いを叶えてあげなくちゃ」

 ガオウを真っ直ぐに見つめるエレノアの視線に、決意と覚悟を見たガオウは、エレノアから魔石を受け取った。

 眩い光、いつもの時とは比べ物にならない程の力の奔流、魔石を持つガオウも、隣にいるエレノアも、その輝きに目が開けていられない程だった。そして視界が真っ白に染まって、二人はいつの間にかどこか分からない不思議な空間に居た。そしてそこには八人の人間の影が浮いていた。

「よお、まさかこんな形で出会うとはな」

 一人の影が声をかけてくる。

「あんた達一体誰だ?」

 ガオウが聞くと、一人またもう一人の影が言う。

「私たちは魔石に残された自意識の欠片、最後の搾りかすのようなものよ」

「実験ですり潰されて、多大な苦痛に耐えて、最後にはモンスターと化した被験者だよ」

「その残滓だけどな」

 影たちは次々に言葉を口にし始めて、好き勝手に話し始める。

「本当はそこの小僧にだけ会おうと思ってたんだが、契約魔法の繋がりで、嬢ちゃんも来ちまったようだな」

「まあ伝えなければならない事に変わりはないさ」

 ガオウもエレノアも口をぽかんと開けて呆然としている。状況がまるで飲み込めないと思っていると、影の内の一人がまた話しかけてきた。

「すまなかったなお嬢さん、あの岩山での戦闘では君ばかりを狙ってしまって」

「貴方はもしかして、鷲頭のガーディアンさん?」

「そうだよ、まあ私たちに自我はなかったから、どうする事も出来なかったがね、しかし君の捨て身覚悟の落石攻撃は見事だったよ」

 もう一人の影がまた話しかけてくる。

「俺様はモデル狼だったやつだ、小僧と嬢ちゃんにはしてやられたな」

「あんたは駿狼か」

「おうよ、お前たちは中々いいコンビネーションだったな、きっとその絆がこの先の戦いに役に立つぜ」

 今度は二人の影が近づいてくる。

「私の鎧は役に立ってる?」

「僕の剣も!」

「鎧と剣って事は、あの時の二人か」

「私たちは姉弟で被験者になったの、私が姉の鎧で、こっちが弟の剣」

 影だけなので姿かたちは分からないが、確かに弟と紹介された方は、幾分か身長が低い。

「ご兄妹で、そんな…」

 エレノアが言うと、表情は分からずとも影は明るい口調で話した。

「気にしないで、私たちは口減らしの為に志願したのよ、だから誰が悪いとかじゃないの、それより大切な話があるの」

 そう影が言うと、一人の影がゆっくりとガオウ達に向かって来て話しかけてきた。

「私はモデル竜だった者、皆を代表して私が言葉を伝えます。我々被験者の中で、唯一エンシェントオーガそのものをデザインされた被験者が居ました。それは最後の成功例で、アレン博士達はその事を知らされていませんでした」

「そいつが最後の敵ってやつか?」

 ガオウが聞くと影は頷く。

「その成功例は、実は赤ん坊でした。成功したものの扱いに困り持て余した研究者は、その成功例を別のモデルデザインだと偽り、私たちの中に混ぜました。そしてアレン博士に逃がされた時、私がその赤ん坊を連れて迷宮に逃げたのです。そして奴は、迷宮内で覚醒すると、私を半殺しにしてさらに迷宮の奥底へと向かっていきました」

 エレノアはその話を聞いて顔が青ざめる。

「気づきましたか?その赤ん坊はモデルエンシェントオーガとして作られた被験者ではなく、エンシェントオーガそのものが、実験を利用して転生を試みて成功した事例なのです」

 ガオウもそれを聞いて驚きの表情を見せる。

「じゃあ今下の階層に居るのは、本物のエンシェントオーガって事か?」

「その通りです。我々もアレン博士達と協力して討伐に当たりましたが、返り討ちに遭いました。それほどエンシェントオーガは驚異的です」

「そんな、じゃあどうやって倒せばいいんですか?」

 エレノアは必死になって聞く。

「だから俺達全員がここにいるのさ」

 影の一人が前に出てくる。

「俺達は今から、アレン博士が作った融合モデルの魔石の中に、各々の力を溶かす。そうすれば融合の魔石がすべての力を統合して、ガオウに最後の力を与えてくれる。俺達皆思いは一緒だ、あの始まりのエンシェントオーガを倒して、この悲劇を終わらせるんだ」

「君たちだけに重荷を背負わせてしまう事は、心苦しいと思っているよ、だけど僕たちも力を貸すから、頼んでもいいかな?」

 ガオウとエレノアは顔を見合わせて頷いた。

「これは俺達にしかできない事、だから任せてくれ」

「私たちがエンシェントオーガを必ず倒します。お力をお貸しください」

 影たちはその言葉を聞いて一斉に頷くと、いつの間にかガオウの手に現れた魔石に一人、また一人と溶けて混ざっていく、最後の一人が消えると、魔石はまた強く輝き始めて、二人はまた目を瞑った。


 気が付くと、エレノアの部屋に二人はいた。どうやら場所自体が動いていた訳ではなく、魔石が見せた幻みたいなものだったらしい、そしてガオウの手からは、握られていた筈の魔石が消えていた。

「エレノア、魔導書を見てみてくれ」

 エレノアが魔導書を開くと、最後のページに『統合形態』と書かれていた。

「ガオウさん変身してみてください」

 ガオウが変身すると、その姿は今までとは大きく異なっていた。

 表皮の人口筋骨格は白色に変わり、きらめく鱗で覆われていた。腕の装甲からは、四本の爪の間に短身の砲塔がついており、その根元には虹色に遊色する宝形が備えられている。全身を包む鎧は黒色に赤く発光する線が走っており、肩についたマントは二股に分かたれ、翼のような形になった。手に握られた剣からは常に青白い炎が立ち上り揺らめいている。頭の兜型の装甲には目の部分に虹色のバイザーが追加され、角がより重厚に鋭く光る。

「これが統合形態、新しい力、皆の想いが作った融合された形」

「凄まじい力を感じます。想いを託されましたね」

「ああ、これで後はエンシェントオーガを倒すだけだ。皆の想いを俺達の手で果たそう、エレノア!」

 変身を解いてガオウは右手をエレノアに差し出す。エレノアはそれをがっちりと握りしめて、二人は新たな力と最後の敵に立ち向かう覚悟を手に入れた。

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