後編

「駄目よこれは、貴女の手に負えない。これは貴女の夫が負うべきものよ」

「そうなの?」

「そう。もし前夫人に何かあったにせよ、事件性があったならあったで、どうして黒リボンでわざわざ括ってあったのかもわからないし」


 そうね、と彼女は大きくため息をつき、お茶をようやく口にした。



 それから数週間。

 夫は仕事上この件に関わりができたので、私は進捗を話せる範囲で聞いていた。


「元々子爵夫妻の事故には疑問があったんだが、おかげで目星がついたよ」

「よかった……」


 夫は特別高等警察の捜査官をしている。

 実働隊はどのくらい居るのか判らないが、その小隊を任されている感じらしい。


「私に言える範囲のことってある?」

「そうだね。そもそもうちに捜査権限が移ったことを考えてみたらどうなる?」


 夫は私に問う。

 彼は元々私に対しては、女らしいどうのではなく、知的遊戯的な会話をするのが好きなのだ。


「貴方の捜査範疇ということは、国家反逆系よね」

「そう。そもそもわざわざうちの住所を書いてきて、それでも消印が夫人の故郷だったということ。考えられるのは、何かしらの連絡手段だったということ」

「それは…… 前夫人が何かしらに加担していたということ?」

「それを今詳しく捜査中なんだがね。ただその流れで消されたのだとしたら、夫人は裏切った、と見なされたのかもしれない。ただあの手紙を受け取っただけでは、夫人がそこに関わっていた、という証拠にはならない」

「中に書いてあった名前は?」

「あれは向こうの方言での数をもじったものだから、そういう名前の人物が本当に居たのかどうか判らない。そういう暗号なのかもしれないが、暗号ならば、対応する解き方等もあるんだろうが――」


 彼は首を振った。


「前夫人は罪に問われるのかしら」

「現行の法では『死者は鞭打たない』のが原則だ。まあ『死人に口無し』もあるから、難しいところだがね。そもそももう亡くなってから数年経っている。今としてはもう古い情報になっているだろうな」

「そう。ありがとう。そのこと、リーシャをはじめとした子爵家の人々にも話した?」

「子爵自身には今君に言った程度のことは話したよ。そして夫人の日記等は資料として引き取らせてもらった。リーシャさんはそれで察したのではないかな。まあ現夫妻はこれから監視がややつくかもしれないが、気付かれる様なものではないから、君も居ないと思ってくれ」

「判ったわ」


 はあ、と私は大きくため息をついた。


「帝国は広いから、色々なところで色々あるのね、きっと」

「まあな。だからこそ、僕等の様な職務があるんだ。で、そんな仕事を一つ何とかした男に、我が奥様はご褒美をくれないのかな?」


 そう言って夫は私を引き寄せた。


「短いぶんだけ濃く、ね」

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友人の義母の遺した手紙が怖かった。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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