解答編
黛の視線の先にはテーブルがあり、その上には水の入ったコップが置かれていた。
「山田先輩は食堂に入りコップに水を入れ、そのあとすぐにトイレで3~4分ほど席をあけていた。ですよね?」
「あ、うん」
「その3~4分の間に南雲さんは食堂に侵入し、手早く彫像を壊した。そしていったん外に出て山田先輩が戻ってくるのをじっと待っていたんです」
「……」
「そして先輩が戻ったタイミングを見計らってあなたは声をあげた。違いますか?」
「オレがたった3分で食堂に入って像を壊したって? たった3分で?」
南雲はやたら3分を強調したが黛はまったく動じた様子はなかった。
「3分じゃなくて3~4分です。それに像を落として壊すくらい1分もかからずに出来るはずです」
その言葉にぐうの音も出ない南雲に対して、黛はさらに追い打ちをかける。
「もちろん証拠だってありますよ」
「え!? 証拠だとっ!?」
「はい」
黛はずっと見つめていたコップに近寄り、それを五本の指先で包むようにして持ち上げた。
「ちなみに山田先輩」
「ん?」
「念のために聞きますけど口紅なんてつけてないですよね?」
「そんなものつけるかっ!」
「ですよね。そりゃそうですよね」
いったいどういうことだ? なんの質問をされたんだ俺は?
と思っていたら黛はコップの縁を指さして、
「ここにうっすらと赤い唇の跡がついてます。これはきっと口紅の赤です」
と言った。
……ほんとだ!
透明な縁の上に赤い唇の跡がうっすらと浮かんでいる。
俺もたしかにコップに口をつけたが、それとはあきらかに違う種類の跡だ。
南雲は呼吸困難に陥るような勢いで取り乱している。
黛は彼女のその真っ赤な唇を指さして言った。
「南雲さくらさん、これはあなたのものですよね?」
なんでこいつは南雲のフルネームを知ってんだ? と思いつつ、もはやこいつは何を知っててもおかしくはないと一人で勝手に納得してしまう俺。
いや。そんなことよりも南雲。
俺が口をつけたコップに間接キスなんてしやがったのかよ!?
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬっ!」
南雲はモデル並みに整った顔を鬼のように歪めていた。それはそれはすさまじい迫力だったが黛には響かず、彼は涼しい顔をしてさらに言葉を続けた。
「犯行時間から今までの間。この場で口紅をつけていたのはあなただけです」
「た、たしかにその口紅はオレのものだ! この場にいたことも認める! だ、だけど、だからといって像を壊したのはオレじゃない!」
明るいゆるふわヘアーを振り乱し、オレンジ色のネイルをつけた指をぷるぷると震わせながら南雲はぎゃんぎゃんと吠えたてた。
「往生際が悪いですよ」
黛は追撃の手をゆるめない。
「この食堂にいたのが山田先輩とあなただけなら、像を壊したのはあなたしかありえないんですよ」
「なんでだよっ!?」
黛は今度は俺の腕を指さして、
「そもそも山田先輩は怪我の療養中で自分の肩より上に腕を上げられません。先輩の身長ほどの高さにあった、あの位置の像に手が届くはずがないんです」
「あっ!!!!」
我ながらマヌケな話だが、俺はこのとき黛に言われてようやく気づいた。
そうだ。俺、腕怪我してんじゃん?
あの像に手が届くわけないじゃん!?
迂闊だった!
それは南雲も同じようで、俺が腕を怪我していたことをすっかり失念していたようだった。
そしてそれは同時に南雲の有罪を決定づけた一瞬でもあった。
「①あなたは犯行時刻に食堂にいた ②山田先輩はそもそも犯行が不可能な状態だった 以上により犯人はあなたで確定です」
「ああああああああああーっ!」
南雲はひとしきり叫んだあと、廃人のようにうなだれて、床にガックリと膝をついた。
「黛、おまえすげーな」
「探偵みたい」
「いえ、そんな……」
北条と西園寺が黛に駆け寄り、彼の推理を素直に称賛する。
たしかにすごかった。
普段は目立たない黛にこんな一面があるとは思ってもみなかった。
黛は呆然自失の南雲に近寄り尋ねた。
「ところで南雲さん。正直、この水を飲んだのはすごくマヌケだと思いました。普通こんなの飲みません。なんで飲んだんですか?」
「別に。さっきまで校長室で説教を食らってて頭に血が登ってたんだよ。話は長いし暑かったし、喉が渇いてた。だから思わずそこにあった水を飲んじゃった。それだけ」
「それともう一つ。これはただの好奇心なんですけど――気に触ったらごめんなさい。南雲さんはどうしてそんな喋り方をしてるんですか?」
男みたいな――とは言わないところに黛の遠慮のようなものを感じる。
「ちょっと複雑な家庭の事情。別に喋りたくてこんな喋り方をしてるわけじゃない」
「なるほど」
「くそ。また校長の説教を聞くのかよ……」
少しだけ元気を取り戻したのか、南雲は再び怒りに肩を震わせはじめる。
つーか一言くらい俺に謝れよとも思ったが、こいつはそういう奴だったと思い直して、俺は無駄なヘイトをためるのはやめることにした。
おそらくコイツのことだ。
俺自身に対しての怨みはなく、校長に怒られた腹いせに胸像を壊して、たまたまその場に俺がいたから罪を被せようとしたのだろう。
腹は立つがしょうがない。コイツはそういう奴なんだ。
人を恨んだって何一ついいことなんてない。
俺を信じなかった北条と西園寺のことだって許してやろう。申し訳なさそうな顔をしてこっちを見てるしな。
そして俺は南雲に声をかけた。
「おい。校長室、今から一緒についてってやろうか?」
「結構だ。あとで一人で行く」
無愛想に言ったあとで南雲はこう付け加えた。
「君らと一緒にここを出たら犬に吠えられるだろ? オレ、嫌いなんだよ。あの犬の鳴き声が」
「あ、そう」
なるほどね。
あの犬っころは女には絶対に吠えない。
南雲がここにやって来たときも吠えていなかった。
それならしょうがないと俺は彼女を残し、後輩達を連れて犬にわんわんと吠えられながら食堂をあとにしたのだった。
黛パズル 恐怖院怨念 @landp90
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