金魚の人工呼吸

@yuzo82

第1話

 庭の片隅で直径四十センチほどのに六匹のメダカと一匹の金魚を飼っている。

 暖かい日なので、濁り始めたの水替えをする気になった。

 小さな網で魚をすくってバケツへ移し替えて、かめの水をいきなり庭へ出し、底の砂をへひっくりかえして、ホースの水を勢いよく吹き付けながら手もみ洗いをした。    

 水苔や中の鉢も汚れを落として、砂を戻し、ホースをかめに放り込んで水が一杯になるのを待って、金魚とメダカを驚かさないように静かに澄んだ水に戻すと、ここは我が家だ、と言わんばかりに、尾を振ってさっと潜って行った。

 後片付けをしていると、ぴちゃぴちゃと何か跳ねているような水音がしていたが、綺麗になった水の中で金魚が嬉しくて勢いよく泳いでいると思っていた。でも少しすると気掛りになって、様子を見に行くと、金魚が庭の芝生の上で動かなくなっていた。つまみ上げて触ってみても、ぴくっともしない、どうして外へ出たのか、わからなかった。水替えをしてかめへ戻すと確かにスイスイと泳いでいた。水が澄んで気持ちがいいものだから、少しはしゃぎすぎて飛び上がって、かめの縁を越え、戻れなくなってしまったのだろうか。そう言えば、水をいつもより多めに入れてしまって、かめの口の際まであった。金魚はいつもと同じ気分で飛び跳ねたけれど水位が高くて縁を越えてしまったに違いなかった。此れは私の責任だと、動かなくなった金魚を振ってみたが矢張り動かなかった。

 芝生に飛び出した金魚は初めて体験する水のない、乾いた空気だけの外界で、少しずつ薄れてゆく意識に逆らいながら、水の底から見る丸い空の色や景色と、芝生に横たわって見る風景は全く違って何処までも広がりがあった。周りをきょろきょろ見渡すうちに目の水分が無くなって、瞼が動き難くなって来るのを必死で堪えている時、何か柔らかそうなものが目の前を通り過ぎたと感じた瞬間、瞼が閉じてしまってもう自力では開かなかった。すると体がふわあーと浮き上がった。

「どうしたのかしら、全然動かない、死んだみたい」と誰かつぶやいて、体中をなで回すけれど、乾いてしまった私は、目も閉じたままで動くこともできなかった。「可哀想だけれど仕方ないわ」と独り言が聞こえたと思ったら、腐りかけた生ゴミの臭いが鼻をついて、ぬるぬるしたものの上に投げ出されていた。すると瞼が動いて目が少し開いてもそこは暗闇で何も見えなかった。身体も動くと思ったけれど魚は水の外ではじっとして死を待つ意外に術はなかった。又だんだんと意識がうすれてq何もわからなくなってきた。

 

 家内が夕飯の支度をしながら

「お父さん、金魚が死んじゃった」と悲しそうに私の方を見た

「水替えをしたばかりじゃないのか」と腑に落ちないと言う表情で言葉を返した。

「どうもかめから飛び出したらしいの」と言い訳めいた返事をした。

「じゃあ、塩水に浸けてみれば、生き返るかもしれないよ、そのような話を聞いたことがある」

「でも今、生ゴミボックスへ処分したの」と言いかけて、じゃあ生きているか試してみようと、すぐ取りに行った。

 口を広げて、えらをつまんで引っぱり、ちょっと刺激を与えてから指で軽く心臓マッサージをしていた。(と言っても魚の心臓が何処にあるのかは知りません)

 駄目だと思いながらかめの中の鉢へ両脇を石に抱かせて水に浸けた状態にしておいた。

生き返ることなどあり得ない、と思いながら、もしかすれば・・・と祈っていた。

 明くる朝、庭に出た主人から

「お母さん金魚が泳いでいるけど、二匹いたのかなあ」と問いかける声が響いた。

「えっ、なあに」と確かめるように聞き返し、

「金魚は一匹よ」と言うと

「一匹なら、生き返っている、早く出て来いよ、奇蹟が起こっているぞ」とたまげたように声を更に大きくして私を呼んだ。

急いで庭へ出てかめを覗き込むと私の金魚は悠々と泳いでいた。

正に奇蹟が起こっていた。

 かめの上に渡した板の上でいつものトカゲが下をちらちらと覗き込み、行ったり来たりを繰り返し、私がこぼす金魚の餌のおこぼれをさがしていた。それは昨日と同じ光景で、金魚もメダカも変わりなく泳いでいた。

 あの金魚が芝生の上でもがいていた時間はどれほどだったのだろう。十分も二十分も経っていたはずだ。それにしても神様が現れて奇蹟を行なったとしか言いようのないことが起きていたのだ。本当に不思議だ。

 生きているって何が起こるかわからない。

 命は奇蹟が積み重なった時間だ、と思った。 






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