朝多安路 20
「お遊びって、そんな馬鹿な」
日本の
しかし、目から
罪人を集めたのに救いの手を差し伸べるなんて、“
それに有毒有害な生物があてがわれたから何だ、
深く考察するほどに泥沼、答えがないのに存在すると思い込ませる特大の罠だったのかもしれない。
「もちろん、全部私の推論でしかないわ。でも、謎解きしたところで無益、生存確率を減らしてまですることじゃないはずよ」
思い返してみれば、謎解き要素こそ全員で脱出するためのヒント、と主張したのは安路自身だ。しかもその根拠は「手が込んでいるから」というだけ。つまるところ「こうだったらいいな」という希望的観測である。確定事項ではないのだ、よほどモニターに記された一文の方が信用出来る。
今まで安路がやってきたのは、生産性ゼロの
自分の
「一緒に脱出して罪を償うって約束したけど、果たせそうにないわね」
恵流は
「代わりと言うのはなんだけど、私はこの場で罰を受けるわ」
彼女の犯した罪。
権力の濫用で“いじめ”を指示して自殺に追い込んだこと。
本来であれば裁かれるべきだったのに、あらゆる力が働いた結果ろくな罰を受けなかった。
だから脱出の
恵流は自らを罰するために“罪を悔い改めし者”として裁きの椅子に身を預けようとしている。
「駄目だ、恵流さん――」
「止めないで!」
熱を帯びた頬の痛みを振り払い、安路はか細い身に
彼女に犠牲を強いてはいけない。
その一心だったが時既に遅し。顔を上げると六脚目に着席した恵流の姿。血塗れの制服の上からベルトが巻きついており、彼女の体は完全に繋ぎ止められていた。
モニターに映る
すると――ゴゴゴ、と地響きが低く
門の先には何もない黒の空間が延々と拡がっている。この部屋の薄暗さとは比べものにならない、深い深い暗闇だけがそこにあった。
“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”
デスゲーム開始当初より示され続けていた一文の通りだ。罪人六名が錆び色の椅子に座ったことで最後の一人が決定して扉が開いた。違いがあるとすれば“光を臨める”はずが、行き先が真っ暗闇なことだろうか。
「どうして、どうして君は」
「何よこの期に及んで。今度は“病人より健康な人が生き残るべきだ”なんて言い出さないよね?」
恵流は椅子に腰掛けたまま、困り顔の
何故笑っていられるのだ、座ったせいで全ての希望が消え失せたというのに。
がっちり食い込んだベルトは外せない。あるいは手斧で断ち切れるかもしれないが、鈍い刃は十中八九ベルト以外も深く傷つけてしまうだろう。
もう助け出せない、安路にはどうすることも出来ないのだ。
「私は消せない罪を犯した。だから罰を受け入れて、あなたを助けるのよ」
「そんな、だからって」
いくら理屈が通ると言っても受け入れられない。
安路は駄々をこねる子供のように何度も
「いい加減、後ろ向きに考えるのはやめなさい!」
厳しく
「あなたの罪が怠惰、役に立たない穀潰しなのだとしたら、課せられた罰は懸命に生きることでしょ」
否、それは激励、安路を
「前に進むのよ。そして自分の生きた証を、誰かのためになる一生を送りなさい。じゃないと、私の犠牲が無駄になるわ」
真っ直ぐ見据えてくる眼差しには一点の揺らぎも見受けられない。恵流の瞳は固い決意の輝きで
彼女の
それなら残された選択肢は一つだけ。脇目も振らずに突き進むことだけだろう。
「わかったよ恵流さん。僕は前に進む、そして懸命に生きてみせるよ」
ぼやける視界を正そうと患者衣の
いくら苦悩したところで過去は変わらない、起きてしまったことは取り返しがつかない。恵流が罪を悔いて扉が開いたのなら、その意志に報いるため最後の一人として脱出するしかないのだ。
「でもこれは君に返すよ。人を殺す道具は性に合わないから」
だがその前に、渡された拳銃を彼女に返却する。命を奪う道具は持ちたくない、クロスボウを握って感じたことだ。元の持ち主に返すのが道理だろう。
「いいえ、それはあなたが持っていなさい」
しかし、きっぱり拒否されてしまった。
「でも、デスゲームは終結したはずだし」
「念のためよ。ここから先、何が起こるかわからないんだから」
「それは、保険代わりはなるかもだけど」
「どうせだったら、フードコートに戻って他の武器も持っていきなさい。ナイフも鎌も手斧も置きっ放しだから。そこの金属バットでもいいけど」
「い、いらないってば」
「だったら銃の一つくらい持っていきなさいよ」
「……はい」
といった具合で、女子高校生に言いくるめられてしまった。
安路は渋々と患者衣のポケットに拳銃を仕舞う。ずしりとした冷たい重みが、人を殺す道具という重圧を否応なしに感じさせてくる。
きっと使う機会はないだろう。だが、持っておくに越したことはない。
安路はふっと息を一つ吐き出し、改めて前へ進む覚悟を決める。
「それじゃあ、行ってくる」
椅子に座る恵流に別れを告げ、門の先に伸びる闇へと足を踏み入れる。
センサーが侵入を感知したのか、それとも監視カメラで様子を見ながらスイッチを押したのか。暗闇に潜り込んだ瞬間、扉が地響きと共にゆっくりと閉まり始める。薄暗いながらも差し込んでいた光は次第に細くなり、コンクリートの灰色も、立ち並ぶ椅子の錆び色も、恵流を染め上げる真紅も、全てが黒く塗り潰されていく。
――バタン。
そして、真っ暗闇だけの世界が訪れた。
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