第六章:UTOPIA
朝多安路 21
門の先にあったのは闇。何も存在しない漆黒の空間。
かと思いきや、ぽつぽつと足元に
この先で連中が待っているのだろうか。
もしかすると罠かもしれない。勝ち残って安心させたところで絶望に叩き落とす悪魔的仕打ち。あり得るかもしれないが事あるごとに疑っていたら立ち往生だ。今は甘んじて目印通りに進むしかない。
そっと一歩踏み出す。床は硬いコンクリートらしく、体重をかけても崩れる様子はない。更に一歩、罠らしき仕掛けはなく真っ平らだ。ひとまず、目印に従っても問題はなさそうだ。
暗闇の空間は広くもなく狭くもなく、縦横二メートルほどの四角い道が伸びているらしい。両側の壁を触れるとひんやりとしており、こちらもコンクリート製のようだ。
「段差……?」
数歩先、床に灯る光が一段下がっている。どうやら階段らしい。
頭の中でショッピングモールの地図を当てはめてみると、ここは
手負いの身で階段は転がり落ちる危険が高い。壁に手をついて慎重に一歩ずつ降りていく。幸い十段程度で終わり、またしばらく平坦な床が真っ直ぐ続いているようだ。弱々しい光が点々と道先案内人として
「……もっとうまくやっていればなぁ」
暗い道をひたすら歩く中、黒一色の視界に重なるのはデスゲームの出来事だ。さながら名場面振り返りのプレイバック。しかし映し出されるのはどれもこれも失敗ばかり。良い思い出は一つもない。
最初から空回りしてばかりだ。
施設の謎を解くことこそ脱出の糸口になると思い込み、あさっての方向に奮闘した結果がこの有様。参加者は空中分解、暴走した者に殴られ斬りつけられ、
「ああ駄目だ、一人になった途端ネガティブになっているじゃないか」
――いい加減、後ろ向きに考えるのはやめなさい!
先程受けた恵流からのお
まったくもって悪い癖だ。いつまでたっても一度の失敗をくよくよ悩む。自罰的な思考で自身を前向きに捉えられない。担当の医師からも度々気を付けるよう言われていたというのに。
暗闇の中で孤独なせいもあるだろう。あの時ああすれば自分がこうしていたら、と後悔を
その意味では恵流の存在は心の支えだったと言えるだろう。か弱い少女に頼られて自己肯定感が得られたし、彼女のおかげで自分を責める時間は普段より減ったように思う。その本性が冷酷な権力者で、“いじめ”を主導して自殺に追い込んだのは衝撃的だったし、自分の正義では到底許せる所業ではなかったのも事実だ。それでも共にデスゲームから脱出しようと思いを一つに奮闘した時間は確かに輝いていた。それに彼女は最後の最後で激励を送り奮い立たせてくれたのだ。ひ弱な自分を支えてくれたのは紛れもなく真実である。
そんな恵流も今ではデスゲームの会場に置去りだ。五体の死体同様、椅子に繋ぎ止められている。このまま無事に外へ出られたら、事件の
そのためにも道半ばで力尽きる訳にはいかないのだ。
「あっ」
足元から等間隔で灯っていたランプが、前方で段々と宙に浮き始めている。近くでよく見ようとして
「これってもしかして、外に繋がる階段か?」
一段ずつ淡い光を放つ階段。
長かった直線がようやく終わりを告げて、次の段階たる外へ抜け出す道が現れたらしい。ショッピングモールを“
「そんなのは後だ。今は早く登らないと」
安路は階段の一段目を踏みしめる。コンクリート製の硬い感触が足の裏から伝わってくる。こちらも罠の類いはないようで、埋め込まれた明かりだけが足元をぼんやり照らしていた。怪我の痛みと貧血でふらついてしまうも手すりを強く握りしめて体勢を保つ。恵流から「生きろ」と思いを託されたのだ、間抜けに事故死したら合わせる顔がない。踏み外さないよう慎重に、一段一段集中して登っていく。
「はぁ、はぁ」
何段目くらいからだろうか。蓄積された疲労で息は上がり、心臓は小刻みに脈動し血を送り、傷口はじくじくと湿り気を帯び始める。
どこまで行けば終わるのだろうか。
いよいよ体力の限界、ふっと気が遠くなりかけた時。体感で病院の階段五階分くらい登ったところで、上から青白い光が差し込んできた。
「ここがゴール……?」
歯をぐっと食いしばり、気合いを入れて最後の段を踏みしめる。ここが最上階なのだろうか。安路は辿り着いた場所をぐるりと見回す。
開けているものの薄暗く、前方には
果たしてそれは巨大なモニターだった。六分割されて各々何処かを映しており、時折その映像を切り替えている。
映し出される光景は、どれもが見覚えのある場所ばかりだ。
安路達が閉じ込められていたショッピングモールを模した密室の映像だった。施設内のあちこちにあった監視カメラが捉えたのだろう。主催者が参加者達の動向を観察するために設置した物。だとすればこの場所はデスゲームの観覧席と言えるだろう。当然、席があるなら観客もいる訳で、
「うわぁっ!?」
ずらりと座る人々を前にして安路は
映画鑑賞よろしくモニターに向かい合うよう大勢いる。数はざっと見ても三十人、否、五十人以上はいるだろう。だがそれ以上に驚きなのは誰もが真っ白な仮面を被っていることだ。
「ようこそ、朝多安路さん」
すると客席から一人の仮面が立ち上がる。低音だがはっきりと聞き取りやすい声。声優かアナウンサーを思わせる美声の持ち主は黒いスーツに身を包む長身の男だ。すたすたと軽い足取りで安路の元へと降りてくる。
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