漆原恵流 6


 代わる代わるに犯されて、傷物にされていく過程を撮影されて、全てが終わったのはとっぷり日が暮れる頃だった。

 気丈に振る舞っていた転校生だったが、今では見る影もないほど哀れな姿を晒している。汚濁おだくにまみれた体は殴られ踏まれて血がにじみ、絶望に濡れて光を失った瞳は虚空こくうを見つめているだけ。

 使用済みのボロ雑巾と化した転校生は、肢体したいを投げ出したまま浅く呼吸をしている。あられもない痴態ちたいが撮影されているのに抵抗しない。持ち前の正義感は汚されてしまい、なすがままの放心状態だった。


「おい、やらせろよ転校生」

「い、嫌よ」

「あ? お前の恥ずかしい姿をばら撒いてもいいんだぜ?」


 一線を越えてしまった男子達は、以降も度々転校生をおどして性欲処理の道具にした。恵流の命令なしである。異性を意識する時期に手軽な方法を知ってしまったせいだろう。欲望のおもむくままに転校生を犯し続けた。

 輪姦りんかんの様子が収められた写真や映像は現場にいた者だけでなく、学校中の人間に広まり共有されてしまう。当事者以外もそれを出汁だしにして強姦を含めた“いじめ”に荷担かたんしていく。しかも一部教師もそれらのデータをこっそり入手。挙げ句の果てにインターネットの世界へ流出、一生消えないデジタルタトゥーを刻み込む。データ管理の甘い中学生故か、それとも意図的に社会的死を与えるためか。真偽の程は定かではない。いじめる相手との口約束はちり紙以下の軽さである。守る価値はゼロという訳だ。


 あらゆる方面で尊厳を踏みにじられた転校生だったが、それでも彼女は自身の正しさを貫き続けようとしていた。一本筋が通った心は折れずに輝き続けていたのだ。弱冠じゃっかん中学二年生にして崇高すうこうな魂の持ち主である。

 それが余計に恵流を苛立いらだたせた。

 いやしい庶民のくせに気高く立ち向かう転校生。これではまるで自分の方が器の小さい悪者のようではないか。これ以上陥落が長引けば漆原家の沽券こけんに関わってくる。

 “いじめ”ても折れない、強姦しても折れない。

 では、一体何をすれば彼女を屈服させられるのか。

 そこで恵流に名案が舞い降りる。彼女自身がタフで倒せないのなら、無防備な家族を狙えばいい。自分だけならいくらでも我慢出来るだろう。だが、身内を狙われたらどうだろうか。大抵の人間ならすぐにちるはずだ。デスゲームものでよく見る展開であり、祖父や父の仕事でもよくある戦法だった。


「実は私、お友達のお父さんに襲われたんです」


 転校生の父親に強姦されそうになった。

 市内の警察署に駆け込んだ恵流は、可哀想な議員の娘を演じて被害届を出した。

 もちろん十割嘘である。思いつきで人を陥れようとしたところで、相手のアリバイと食い違って狂言を疑われるだろう。普通の街ならば、という注釈付きなのだが。

 漆原家の権力の前ではお茶の子さいさい。警察すら彼女にとって都合の良い形に取り計らってくれるのだ。証言に矛盾があるのなら父親が不利になるよう書き換える。誰も漆原家を敵に回したくない。不正の一つや二つ、親やその前の代から平然と行われてきたのだ。

 あっという間に転校生の父親は逮捕された。

 支持者は「漆原家の娘に手を出そうとした不届き者」「住まわせてもらった恩を仇で返す裏切り行為」と怒りを露わに、家族もろとも糾弾きゅうだんの嵐で責め立てる。息がかかった地元のテレビや新聞もこぞって報道し、恵流の言い分こそ真実であると刷り込んでいく。ファクトチェックせず鵜呑うのみにする世代が多いので、住民の大半は騙されやすい愚かな烏合うごうしゅう。支配する側にとってこれほど扱いやすい奴隷はいないだろう。

 本当に強姦被害に遭っているのは転校生のはずなのに。それを知らずに扇動された者達に「強姦魔の娘」と罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられる。なんと不幸で惨めなのだろう。だがそれは、転校生の意固地さが招き寄せた災厄、身から出た錆びに過ぎない。早く反省して忠誠を誓えばこうならずに済んだのに。まったく、馬鹿な女だ。下らないプライドを掲げて刃向かった愚かな自分を呪うがいい。

 そして、恵流の望み通り、転校生の心は遂に折れた。


「もう、やめて……私の家族を巻き込まないで」


 年が明けてからしばらくして。

 底冷えする教室に戻ってきた転校生は、これまた寒そうな乱れた着衣ですがりついてくる。今日もどこかで犯されていたのだろう。生臭い熱気が立ち上っている。その汚らわしさに恵流は顔をしかめると、膝蹴ひざげりを一発顔面に打ち込んで払いのけた。


「もう遅いわね。あーあ、早く謝っておけばよかったのに」

「お、お願いっ。は、裸土下座でも何でもする、だから……」


 鼻血を垂らしながら無様な懇願だ。まじまじ見ると思わず吹き出してしまいそうになる。

 最初は裸土下座させようとしていた。しかし、今更したところで面白味に欠ける。既に便器のような扱いを受けている女だ。それに比べたら全裸も土下座もハードルが低過ぎるだろう。


「私はどうなってもいいからっ。お父さんのことは嘘って、間違いだったって、正直に話してよ……」

「それって、私に“嘘ついてごめんなさい”しろって意味?」


 散々逆らってきたくせに虫の良すぎるお願いである。これだから世間知らずは困るのだ。庶民と高貴な家系の価値が同等だと勘違いしている。何故こちらが譲歩じょうほしないといけないのか、と口をとがらせていたのだが、


「いいわ。ただし、条件があるわ」


 一つ、よからぬ案が湧いてきた。


「な、何をすればいいの!?」

「もし、、証言を撤回してもいいんだけど」


 我ながら名案だと自画自賛し、口元を三日月にしてほくそ笑む。


「それってどういう意味……」

、あなたのお父さんを許してあげるってこと」


 転校生の顔がみるみるうちに青ざめていく。寒さのせいではない、放たれた言葉の意味を理解して恐れおののいているからだ。

 直接的な単語を使っていないものの、要約すれば「面白い死に方で自殺をしろ」というのが条件である。遠回しで抽象的な言葉を用いて煙に巻くのは漆原家の常套じょうとう手段だ。後々いくらでも言い逃れ可能、誤解した受け手が悪いのだと責任転嫁である。


「私が消えれば、本当に許してくれるの?」

「ええ、もちろんよ」


 自殺なんて出来るはずないだろう。

 “いじめ”で心身共に破壊され、言われるがままに短い生涯を終える。そんな惨めな一生、恵流は絶対に耐えられない。転校生も同じのはず、自分の命と父の名誉を天秤てんびんにかけて板挟みだ。そのうち「他のことにして下さい」と、恥も外聞もかなぐり捨てて泣きついてくるに決まっている。せいぜいそれまでもだえ苦しむがいい。

 などとたかをくくっていたら、転校生はあっさり死んだ。

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