漆原恵流 4


 人でなし政府の陰謀か、暇を持て余した神の悪戯いたずらか。

 日常が突如終わりを告げて、若者達が生死を賭けたゲームに巻き込まれる。

 血で血を洗う凄惨せいさんな殺し合いか、仲間と協力し合い知恵と勇気で乗り越えるか。

 現実では到底あり得ない過酷な物語の展開に恵流は心かれた。

 漫画、アニメ、ゲーム、小説、映画。デスゲームを取り扱うなら選り好みせず、玉石混交の魔境で良作から駄作まで漁り続ける日々。もしも自分が参加させられたら、と妄想してノートに書きしたためることもあった。


「ある日突然、学校にテロリストが大勢やってきて、クラスメイト同士で殺し合えと命令してきた。私は手にしたマシンガンでクラスメイトを皆殺し。勢いに乗ってテロリストもはちの巣に……」


 将来読み返したら間違いなく黒歴史ノートとして焼却処分するだろうクオリティだ。現在は押し入れの奥にて厳重に封印してある。

 だが、次第に作品を見たり書いたりするだけでは満足出来なくなっていった。

 実際に命を賭けたくはないが、血湧き肉躍るデスゲームを味わいたい。ひりつく緊張感の中、無双して他人を蹴散らす体験をしたいのだ。

 そこで、配下の者やクラスメイトを巻き込み、サバイバルゲームを開催するようになった。会場は私有地の山、いくらでもあるので貸し切り可能。ペイント弾を放つエアガンも、インクが飛び出る玩具おもちゃのナイフも大量購入だ。漆原家の財力をもってすれば容易たやすい。市の予算の一部を一族総出で着服しているおかげでもある。市民から巻き上げた税金を利用し、望み通りに派手な豪遊が出来るのだ。

 ルールはバトルロイヤル方式、最後の一人になるまで戦い続けるゲーム。各々ランダムに与えられた武器を用いて、他のプレイヤーにインクでダメージを与える。いつも恵流ばかり強力な武器が当たっていたのだが、当然偶然ではなく恣意しい的なくじ引き工作が関係している。漆原家の者にハズレが回るなど、たとえ遊びでもあってはならぬことなのだ。


「これなら余裕ね」


 連続でペイント弾を発射する電動エアガンを手に鬱蒼うっそうとした山の中を駆け回る。田舎暮らしで鍛えられた肉体とデスゲームで得た知識を駆使し、次々とクラスメイトを撃破していく。


「ぐぁっ!? やられた!」

「さすが恵流様、最高です!」


 間抜けにもやぶから顔を出した者は一撃で。華麗な射撃を見せれば、腰巾着が手放しで褒め称えてくれる。


「くっ、どこにいるんだ?」

「背中がお留守ね」

「げっ。いつの間に――ぎゃあっ!?」


 倒した相手から奪った玩具のナイフで背後から一刺し。気配を消して草が生い茂る緑に溶け込む暗殺術だ。


「うわっ、撃たれた!?」

「恵流様が狙っているんだ、気を付けろ!」


 時には遠距離から不意打ちのヘッドショット。クラスメイトを次々に血祭りならぬペイント祭りに上げていった。

 こうして幾度も開催されたサバイバルゲーム。まれに苦戦することもあったが、恵流はほぼ無敗の最強プレイヤーとして君臨していた。忖度である。下手に打ち負かしてしまえば、次の日以降学校に居場所はない。家族の身すら危ういかもしれない。それ故にクラスメイトの大半が手加減と演技、接待ゴルフのように気持ちよく勝たせてあげていたのだ。当の本人は全く気付いていないのだが。


 デスゲームへの憧れをサバイバルゲームに打ち込んで発散。日々の物足りなさも解消されて、それなりの充実感を得ていた恵流だった。

 しかし、転機は突然訪れるもの。

 中学二年生の夏の終わり。

 恵流のクラスに一人の転校生がやってきた。

 さらりとした髪をショートカットにした快活そうな女の子。親の仕事の都合でこの街に引っ越して来たらしい。古い言い方をすれば転勤族だ。物怖じせず自己紹介する様子から、これまで多くの土地を回ってきた経験がうかがえる。


「何よ、この子」


 一目見た時から気に入らなかった。

 純真無垢でけがれを知らない瞳か、それともやかましくて元気過ぎる態度か。どれが原因なのか恵流自身にもわからない。本能的に受け付けなかったのかもしれない。とにかく、反りが合わないことだけはすぐに理解した。

 この娘には自分の立場というものをわきまえさせる必要があるだろう。ストレスフリーな学校生活のためにも早々に教育しなければ。

 ふつふつと湧き上がる黒い感情。

 爆発するのはそのすぐ後、掃除の時間だった。

 恵流の通う学校では一日の終わりに生徒全員で校内を清掃する決まりがある。各クラスや授業で使用する特別教室、廊下や水回りなどそれぞれに担当する場所があり、ほうきや雑巾を用いてあくせく働く。部屋の汚れは心の汚れ。学校に所属する一員として責任感を持って美化に努めよう、という理屈らしい。

 だが、問題なのは恵流の担当がないことだ。一応書類上は教室の掃き掃除が仕事なのだが、他の生徒に任せて本人は高みの見物を決め込んでいる。漆原家の娘が手を汚して掃除するなどあり得ない。肉体労働は庶民が率先してやるべきだ、と両親も言っている。

 普通であれば納得いかないだろう光景なのだが、クラスメイトは既に慣れてしまっている。文句を言っても不毛、それどころか災厄が降りかかるのだ。触らぬ神に祟りなし。誰もが黙々と恵流の分も掃除にじゅんじている。

 しかし、そんな馬鹿げたローカルルールを知らない者が一人。


「どうして漆原さんは掃除をしないの?」


 転校してきたばかりの女子だ。


「はぁ?」

「だって箒係だよね? みんなと一緒にやろうよ」


 彼女に盾突いたらどうなるか、知らないからこそずけずけ言える。その勇気は、否、蛮勇ばんゆうは褒められない。地雷原を素足で踏み進むかのような愚行だ。百害あって一利なし。自殺行為に等しい。


「あのね、私は漆原家の人間なの。庶民と同じ空気を吸うのだって譲歩じょうほしているんだから、掃除なんて底辺の仕事をするはずないでしょ」


 当然の返答である。

 この街の暗黙の了解を心得ぬとは一体どこの田舎者だ、と青筋をぴくぴくさせてしまう。この街の方がよほど田舎なのだが、井の中のかわずである恵流は自覚なくさげすんでしまう。

 自分は上流階級なのだ、下々の民のくせにえるな。居丈高いたけだかな眼差しで睨み付けるのだが、


「それっておかしくない?」


 転校生は全く怯まない。それどころか正面切っての反論だ。掃除中だったクラスメイトがざわつき始める。


「人間ってみんな平等だと思うの。生まれの違いで格差とか、わがままを言うのは違うんじゃないかな」

「何よ、この私に意見するの?」

「それにさ、庶民の生活とか決まりとか知っておいた方がいいんじゃない? 議員さんになった後でもきっと役に立つはずだよ。なんていうか、庶民目線で良い政治が出来る、みたいな? 説教臭くて教科書にありそうな話だけど――」

「黙りなさい!」


 真っ直ぐで痛いほどの正論だ。

 恵流の足りない忍耐は簡単に限界を越えてしまう。

 転校生を思い切り突き飛ばすと、周囲の取り巻きにアイコンタクトを送る。「何々をしろ」と詳細は伝えない、する必要がない。こちらの気持ちをみ取って、自分の望み通りに行動してくれるのだから。


「あなた、恵流様に失礼よ!」

「恥を知れ!」


 箒やモップなどで執拗しつように打ちえる取り巻きの女子達。転校生は突然の暴力に訳もわからず、必死に身を守ろうと身を丸めるしか術がない。

 なんと滑稽こっけいな姿だろうか。殴られ放題の惨めな姿に、恵流は目を細めてせせら笑った。

 身の程を弁えず異を唱える方が悪いのだ。これにりたら余計なことを考えずに部屋の隅でひっそりしていろ。

 どうせ弱者の戯言たわごとだ、すぐに大人しくなるはずだろう。

 しかし、恵流の思惑は見事に外れる。

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