第五章:FAREWELL

漆原恵流 3


 S県M市。

 四方が山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。人口は十万人に満たず、高齢化率は五割を超える瀬戸際。特産品はあるものの、どれもぱっとしない物ばかり。観光名所と呼べる場所もなし。田舎とも都会とも言えない、どこにでもあるような平凡な街だ。

 漆原恵流の地元である。

 彼女はこの街で生まれ育った。勝手知ったる土地で伸び伸びと何不自由なく暮らしてきたのだ。

 というのも、漆原家は代々この街を仕切ってきた有力者であり、一族の大半が市長や市議会議員を勤めた名家。市内のお年寄りからは「恵流ちゃま」ともてはやされ敬われ甘やかされてきた。故に自分は偉い、尊敬されている、と何一つ疑問に思わず強い自己肯定感が養われたのだ。

 もっとも、実情はかなり違うのだが、それについて恵流は見て見ぬ振りである。

 歴代の漆原家で最も偉大な功績を残したのは祖父だ。先祖が築いた信頼を土台に市議会議員、更にそれを足がかりに市長に就任した。当時から重要な課題とされていた少子高齢化の対策とし、高齢者への手厚い福祉をうたってあらゆる方面から財源を投入。そのおかげで長寿の街として全国から注目されたのも記憶に新しい。お年寄りは国の宝、敬老精神こそが国を豊かにする、という方針を掲げていた分きちんと期待に応えた訳だ。

 しかし一方で、祖父の言動や市の方針による諸問題も多発した。激動の時代に活動家だった経験もあり、その思考は過激で反対勢力を徹底的に潰そうとする傾向にあった。議会の場で自身の強行な姿勢について批判してきた議員には「貴様らの意見は聞くに値しない」、少子化対策について質問されたら「女性が社会進出したせいだから家庭に戻るべき」、といった具合で独断と偏見に満ちた暴言の嵐。良く言えば歯に衣着せぬ物言い、悪く言えば口汚く相手をののしる男だ。若年層の意見や文化に一切理解を示さず、頭ごなしに否定し規制する条例を押し通してきた。おかげで街を離れた若者は数知れず。高齢者優先の方針も相まり過疎化と高齢化は加速の一途を辿る。それでも問題が表面化しなかったのは、漆原家を盲目的に支持する層が大多数で、残りは市政に期待せず興味もない住民ばかりだったせいだ。むしろ若年層が減ったおかげで、未来の希望を犠牲に、漆原家一強の統治は盤石なものになっていた。


 そんな仮初かりそめの張りぼて基盤で信頼を集めた結果、鳴り物入りで市議会議員に選ばれたのが恵流の父だ。漆原家の者、偉大な市長の息子だから間違いない。という漠然とした期待感で当選したのだが、彼の仕事ぶりは最悪と評価されてしかるべき有様だった。

 議会の場で虚偽発言は日常茶飯事、根拠のない屁理屈へりくつを平気で垂れ流して混乱を巻き起こす。誰かが作成しただろう台本すらろくに読めず、漢字の読み間違いに噛み合わない質疑応答、不手際を指摘されたら露骨に機嫌を悪くする。そのくせ「ゆとり世代は使い物にならない」と若年層を揶揄やゆする始末だ。さすがの市民も議員の素質をいぶかしむようになった。

 それでも実績作りをしようと取り組んだのが市営バスの廃止である。財政難で苦しいが故の苦渋の決断、という訳ではなく、地球温暖化対策として排気ガスを削減しようと議案を出したのだ。「自然豊かな街を守りたい」「愛こそ街と地球を救う」と喧伝けんでんし、余分な車両を片っ端からなくしていった。その結果、交通手段を失った高齢者が無理して自家用車に乗り、排気ガスは増加するわ頻発する事故で貴重な若者が死亡するわ。免許のない者は生活が立ちゆかないので親戚を頼って引っ越し、もしくは自宅で寝たきりとなり孤独死していく。当初の目的を達成出来ないどころかむしろ悪化、多方面に多大な迷惑と不利益をもたらした。ちなみに自身は高級車を転がしており、市民を苦しめただけというおまけつき。そのくせ自分の実績だと言い張っており、一部データを改竄かいざんしたり住民の声を自作自演したり、さも結果を出したように振る舞い誇りに思っているのだから性質たちが悪い。


 では何故、市民は漆原家の横暴を批判しないのか。実のところ、過去に物申した住民はそれなりにいたのだが、全員もれなく酷い目に遭った。自宅にゴミを投げ入れられたり車に細工されて事故を起こしたり、時には罪をでっち上げて犯罪者扱いして村八分だ。先人達が見せしめとなり、批判の声は次第になくなったのである。

 熱心に漆原家を慕う者からの嫌がらせ、あるいは利権目当ての地主や地元企業からの圧力。市内全域に幅広いパイプを持つ漆原家だ、周囲が忖度そんたくして良きに計らってくれるのだ。おかげで反論を聞く機会がないため「市民に受け入れてもらっている」とし、自分達は一切間違っていないと自負している。

 こうして漆原家にとって住みやすい、支配する側にとって良いこと尽くめの土地が完成した。そんな街で暮らしていたので、令嬢たる恵流がどんな娘に成長するのか想像に難くないだろう。


「ごきげんよう、みなさん」


 恵流は市内の公立中学校に通っていた。

 正直に言えば、田舎で貧乏臭いので通いたくなかった、というのが本音である。都会の一流私立学校の方が良かった。だが「地元の方が何かと都合が良いから」と言う両親や祖父母の意向で半強制的に入学させられたので仕方ない。実際、漆原家との繋がりが強い学校の方が、成績表や内申書の改ざんも容易に可能なのだ。使える特権はフル活用するべき、というのにも納得出来る。

 ハイソサエティな世界は高校生になってからにしよう。恵流は自分にそう言い聞かせて、我慢の学校生活を過ごしていたのだ。


「恵流様、おかばんをお持ちします」

「ええ、お願い」


 学校では常に四人の取り巻きがついている。一年生で同じクラスになった女子達で、一週間足らずで配下になった腰巾着だ。二年生になってからも全員同じクラスなのだが、これはもちろん奇跡や偶然ではない。学校側に編成の調整を依頼したのだ。漆原家の娘からの願いだ、断れるはずもなく希望通りにしてくれた。

 教師達は完全に言いなりだった。テストの結果がどれだけ散々だったとしても、授業態度がすこぶる悪かったとしても、成績表を自然な形で書き換えてくれる。気に入らない物を出してしまえば人生が終焉しゅうえんを迎えかねない。おかげで教師から叱責しっせきを受けた経験など全くなかった。

 何一つ問題がない、ノンストレスの順風満帆じゅんぷうまんぱんな人生。

 それでも満たされない。心がぽっかり開いてナニカが足りない。

 その埋め合わせに恵流がはまったのが、デスゲームを主題にした作品達だった。

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