朝多安路 14
「それにワタシ達全員、許すされない経歴持つ罪人ですよ。恨むされる当然、みんな生き残る望むの少ないはずです」
春明は警戒を解かないまま、囚人服の下から一冊の本を取り出す。表紙は地味で絵や写真のない、“あなたの隣にいる、罪を悔い改めぬ者達”という題名の本だ。
それを見て、恵流がびくりと体を震わせる。恐怖を覚えるデザインでもないのに、何故過敏に反応したのだろうか。
「なるほど、捨てるしたは君ですしたか」
その答えにすぐ辿り着いたらしい春明は、鼻を鳴らしてにやついた。
「ほ、本がどうしたって言うんですか。書店に行けばいくらでもありますよ」
「コレは特別な本、主催者が刷るした
不敵に笑う春明はページをぱらぱらと
「ワタシ達全員の悪行、とても細かい書くしてあります。本を読むして罪を押すつけ合うさせたい考えるしたでしょう」
「仮に、仮にですよ。その本が主催者お手製だとして、中身の情報が正しいとは限らないでしょう!?」
人を拉致してデスゲームに強制参加させる連中なのだ。罠のために嘘の一つを仕込むくらい朝飯前ではなかろうか。
「残念ですながら、正しい可能性とても高いです」
だが、淡い期待は容易に粉砕されてしまう。
「ワタシの罪、明日香さんの罪、それに守さんも、全て本当のこと確認してます。ああそうです、最初死ぬした織兵衛も酷い人ですらしいよ」
春明はページの中頃を開いて得意げに音読を始める。普段の片言な日本語が嘘のように
「――……免許を取得してから、資材運搬を主とするトラック運転手として生計を立てるようになる。しかしアルコールとギャンブルに依存した体質に変化はなく、給料は手にしたそばから溶けていく。彼の就職した会社が仕事の
一番の問題だったのはアルコール依存症だった。日に数度酒を飲まないと不安でたまらない。給料が底を突いたら消費者金融で借金をしてまで求めるほどだ。仕事中でも隠れて飲んでしまうことも度々。完全な飲酒運転である。自身の運転技術に絶対の自信があるらしい。チェックの甘い会社で、彼を監督する者がいなかったのも大きいだろう。
事故を起こしたのは六十歳の夏。その日も変わらず業務中に飲酒していた。
暑さに耐えられず発泡酒をがぶ飲みしたため運転中に酔いが一気に回る。いくら本人が運転に自信ありと
現行犯で逮捕された後、裁判では危険運転致死傷罪の適用を巡って激しい論争となった。飲酒で正常な判断が出来ないと知りつつ運転した、それは十分に悪質と言えるのではないか。それが世間一般の見解だったが、笛御織兵衛は「アルコール依存症のせい」と自己を正当化。病気のせいで物事の善し悪しがわからなかった、という訳だ。児童の遺族達からは
しかし、判決は過失運転致死傷罪として懲役五年。彼の言い分が尊重されたのだ。事故発生時、自ら通報したことで大目に見てもらえた面もある。また、事故の一因として雇用主である会社にも問題あり、として話題になったのも大きい。人件費削減のためにベテラン運転手を解雇し、質の悪い笛御織兵衛のような者を運転手にした。監督不行き届きが事故に繋がったとされ、会社や社員全員に誹謗中傷が
生産性のない者が未来ある子供の命を奪う。
到底許されないはずの事故は、あまりにも軽い裁きで幕引きとなった……――
なんとも酷い話ですね」
まさか、織兵衛が罪のない子供を殺していたなんて。
衝撃の事実に安路は
事故を起こした者が事故で死ぬ、皮肉な最期だろう。亡くなった子供を思えばむしろ正解だ。のうのうと生きている方が正義に反するだろう。自動車を凶器にすれば罪が軽く済む、その不条理に対する
駄目だ、そんなことを考えては。
安路は頭を激しく横に振り、内より湧き出る負の感情をかき消す。
確かに織兵衛は人として最低なのかもしれない。だが、デスゲームにおいては彼も被害者だ。生きる価値の有無を他人が測って良い訳がない。それはただの独りよがり、間違った正義だろう。
「それでも、殺し合うのが正解だなんて思えない! もし罪人だとしても、その分だけ生きて償い続けていくべきでしょう!?」
「本当に償うしていればいいですけどね」
反論は冷淡に打ち消されてしまう。
「飲酒運転で事故した織兵衛さん、自分の子供を憎む殺すした玲美亜さん、少女を死ぬまで犯すして燃やすした守さん、嘘の罪で男いっぱい陥れるした明日香さん。みんな反省するした見えましたか?」
ついでのように、犠牲者達の罪が明かされていく。
椅子に座らされた者達は皆、正義に反した行為に及んできたようだ。春明の言うように、彼らは本当に自身の罪を反省していたのだろうか。その疑念が足元に絡みついてきて、安路は答えに詰まってしまう。なので、
「せ、瀬部さんこそ、どうなんですか? あなたは自分の罪を棚に上げて、一人だけ生き残ろうとしているじゃないですか。恵流さんみたいな、未来ある若者を犠牲にするのはいいんですか!?」
苦し紛れに質問を質問で返した。
春明の理屈では、改心していない罪人だから死ぬべきという意味になる。では、そう言う本人はどうなのか。現役囚人の春明は現在進行形で更生に向かっていたはず。それが殺し合いにいそしんでいては筋が通らない。
「恵流さんに守る価値あると?」
またも質問が飛んできた。
手斧の刃先で恵流を指す春明は――気の毒そうな眼差しをしている。まるで無駄な努力をした者を哀れんでいるかのようだ。
「だから、自分勝手に殺して良い命なんて――」
「安路さんは、あの女が何したか知るしているですか?」
「それは、えっと」
言われてみれば彼女についてほとんど知らない。デスゲーム作品が好きで豊富な知識を有する女子高校生。それ以外のことはさっぱりだ。
「それなら教えるしてあげます」
春明が罪状を記した本を捲る。もったいぶるようにゆっくりと。
「や、やめなさい!」
恵流の裏返った声がフードコート内に反響する。顔面蒼白で冷静さを欠いた面持ちだ。歯の根が噛み合わないのか、口元が小刻みに震えている。
制止の言葉を気にも留めず、春明は目当てのページに辿り着く。本全体の内、後半部分に該当項目があるらしい。邪悪な笑みは一層深みを増している。
大量の武器を所持する彼の方に分があるのだ。いかに懇願したところで聞き入れる道理があるはずない。鋭い光と鈍い光がその両手で
最悪の場合、安路が手にしたクロスボウを使用して力尽くで止める手もあるだろう。矢は一発しかないが、命中すれば春明を無力化出来る。が、失敗すれば後がない。一方的に
結局、安路も動けないまま。
「この女のとても酷い罪、全部話すしましょうか」
ひた隠しにされてきた恵流の正体が、遂に明かされるのだった。
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