朝多安路 13


 フードコート“ガキメシ広場”。

 蕎麦そば屋、うどん屋、ラーメン屋、アイス屋の四店舗がのきを連ねる区画。このショッピングモールで最も広い場所である。

 到着した安路と恵流はすぐさま作業に取りかかる。

 広場内に並べられた食事用のテーブルや椅子は、想定とほぼ変わらずざっと十組分。椅子は子供用の低い物も合わせて四十脚以上はあるだろう。一部を武器にするとしても使い切れない量だ。なのでそれらを集めてバリケードを組み立てる。身体能力でアドバンテージのある春明に対抗するため、こちらに有利な戦場を作り出すのだ。

 とはいえ、フードコートの入り口は全て通路に面している。門や扉の類いはなく、どこからでも出入り自由の構造だ。塞ぎきれる広さではない。そのため実際は隙間だらけのバリケード。春明の侵入を邪魔出来れば御の字程度のクオリティだ。

 どうにか及第点の物が完成したタイミングで、ハーフタイムの終了が告げられる。

 こつり、こつり。足音が次第に近づいてくる。

 春明がやってきたのだ。

 書店まで伸びる通路に人影はない。となると自分達とは逆、時計回りでこちらに向かってきている。

 彼が現在所有している武器はバタフライナイフ、手斧、鎌、そして金属バットの四つのはず。どれもが接近戦で真価を発揮する物ばかりだ。距離を取れば出会い頭で致命傷を負うことはないだろう。

 安路は後ろで控える恵流に目配せすると、静かに後ずさりして通路から離れていく。これで五十メートル程の余裕が出来た。少しは生存確率が上がっただろう。

 その認識が甘かった。

 フードコートに現れた春明の手には、生半可なまはんかな距離を飛び越える武器が握られていたからだ。

 ひゅっ、と風を切って何かが通過していく。細長い物体が目にもと留まらぬ速さで飛び、恵流の背後にそびえる壁に突き刺さった。一呼吸遅れて恵流のほほに描かれた赤い線より、つぅっと血の筋がしたたり落ちる。

 前方の春明に注意しつつ、恐る恐る振り返ると、壁から生えているのは羽がついた棒――クロスボウの矢だ。


「しまった……!」


 フードコートで対策を立てている間に春明も更なる武器を手に入れたのだ。

 ゲームセンターの景品、クロスボウ。この短時間でUFOキャッチャーをクリアしたとは思えない。大方、手斧か金属バットで叩き割り強奪したのだろう。見事に正義に反する行為である。

 やられた。

 冷や汗がこめかみからあごへと伝っていく。

 近距離用の武器ばかりだろうとバリケードを用意したのに、相手がクロスボウでは効果半減。ただでさえ戦力差があるのに、遠距離からの狙撃にも対応しなくてはならないのだ。


「くっ」


 安路は唇を噛みながらテーブルを構える。それとほぼ同時に、春明は肩からかけた矢筒より矢を一本引き抜く。慣れない手つきながらもクロスボウに次の矢を装填している。


「弱いくせして無理する戦う、とても体に悪い思うですよ」


 いつでも撃てるぞ、と言いたげに照準をこちらに向けてくる。高速で飛んでくる矢だ、ひ弱な安路では回避不可能だろう。テーブルを盾にしてしのぐしかない。だがテーブルは木製で相当な重量。両手で支えるのがやっとで長くは持っていられそうにない。

 気を抜いたら矢が放たれる。緊張からずっと防御姿勢を保っているのだが、春明はクロスボウを構えたままだ。撃ってほしい訳ではないのだが、膠着こうちゃく状態で終わりが見えないのも辛い。腕がしびれてきて、ほんの少し盾を下げてしまい、慌てて上げ直したその時、


「えっ」


 春明はバリケードを飛び越えて瞬く間に肉薄してきた。

 クロスボウという遠距離攻撃が可能な武器があるのに。有利な状況を捨ててまで接近戦に持ち込んでくるなんて。まさかバリケードが全く機能しないとは。

 様々な驚きと困惑がない交ぜになり、安路は身動き出来なくなる。それこそ春明の狙いだったのだろう。意表を突く戦法で一気に制圧する。武器に頼らずとも戦える肉体があるからこその選択だ。


「――ぐぶっ!?」


 手斧を持つ右腕による肘鉄砲ひじてっぽうを食らってしまい、空中で見事な一回転をしてから床に胴体着陸。盾にするはずだったテーブルは、無力にもその場に落ちるだけで役目を果たさず。

 無防備になった恵流目がけて手斧がきばく。が、振り下ろされる直前に恵流は突進。懐に入ってきたため手斧は振れずクロスボウも射程圏外。このまま押し倒せば武器を奪えるかもしれない。


「残念、甘い過ぎる攻撃ですね。スイーツ食べるばかりしているせいですよ?」


 しかし、女子高校生の力では大男に敵わず。少しよろけた程度に留まっている。

 春明は挑発するように舌を出し、お返しとばかりに膝蹴ひざげりをお見舞いする。


「うげぇっ!?」


 屈強な膝は鳩尾みぞおちに食い込んで、内臓は激しくシェイク、吐瀉物としゃぶつが恵流の口から噴出する。ゲームが始まりかれこれ六時間以上、拉致らちされてからなら十数時間以上だろう。とっくに空っぽだった腹から出るのは透き通った胃液だけだった。


「そろそろ女人禁制する時間ですから、早い消える良いですよ」


 嗚咽おえつを漏らして蹈鞴たたらを踏む恵流を撃ち抜こうと、春明がクロスボウの照準を合わせる。そこへ投げつけられるのは子供用の椅子。安路が投げたのだ。木製だが小ぶり、病弱な身でも取り回しは可能だ。椅子は見事に春明の頭に直撃、その衝撃でクロスボウと手斧がこぼれ落ちる。更にそこへ恵流のスライディングキック。蹴り飛ばされたクロスボウが床をカラカラと滑っていく。


「足癖悪い娘、とても良くないですね……!」


 側頭部から血を滴らせながらも春明はすぐに手斧を拾い上げる。続けて腰に差した鎌を左手に持って、変則的な二刀流で構える。

 眼前の恵流へと刹那せつなの斬撃が繰り出され、鎌が黒髪を切り裂いていく。しかし後方へ飛び退くことで辛くも回避。息つく暇もなく手斧が襲いかかるがこちらも紙一重のジャンプ。ぶ厚い刃は床に裂傷を刻むだけだ。恵流は華麗な身のこなしで刃の連続攻撃をいなしていく。

 敵の注意が逸れている。

 チャンスは今だ、と安路は全速力のスタートダッシュ。


「まさか……!」


 春明が手斧でテーブルをぎ払いながら迫り来る。割れて砕けた木板が、バタンバタンとけたたましく倒れていく。

 追いつかれたら終わり。だがそれより早く、安路は目的の場所に辿り着く。


「動かないで下さい!」


 床に転がるそれを拾い上げると即座に追っ手へと向ける。恵流が蹴飛ばしたクロスボウだ。装填された矢は一本のみだが、武器のあるとなしでは大違い。デスゲームの中で最も強力となれば尚更なおさらだ。命を奪う道具に忌避感を覚えるもがけっぷちで贅沢は言っていられない。それに、予断は許さないものの、これで勝機が見えてきたのだから。


「瀬部さん、もうやめましょう!」


 クロスボウを両手で支えて停戦を訴える。春明は片手で扱っていたが安路の筋力では無理。狙い通りに撃てるかもわからぬのでハッタリに近いだろう。

 広いフードコートの中心。安路と恵流と春明が、それぞれ同程度の距離で三角形を描くように立っている。戦いを望む者と望まぬ者の睨み合い、一触即発だ。次の瞬間、誰かの命が奪われたとしてもおかしくない。


「“やめる”ですか。何を?」

「殺し合いです! 僕達はこんなことしたい訳じゃないんだ!」


 六人のむくろを踏み台にして最後の一人が生き残る。そんな最悪な展開は望んでいない。全員がデスゲームに巻き込まれた被害者、出来る限り多くの命を救うのが正しい選択のはずだ。


「あなたとワタシ、対等違うのに交渉する言うですか?」

「それは……――対等のつもりです」


 春明の指摘はごもっともだろう。

 力に差がある者同士で真っ当な交渉が成立するはずがない。強者に有利な条件が通り、弱者は不平等な扱いを飲むしかないのが常。人間の歴史がそれを証明している。圧倒的武力を前にしては言論すら無力なのだ。

 しかし、野生と同じ弱肉強食の世界は間違っている。人は地球上の生物の一種だが、同時に理性的つ文化的であるべきだ。全ての人間は生まれながらにして平等であるはず。

 だから、同じ人間として対等に交渉してみせる。


「確かに笛御さん、丹波さん、満茂さんは亡くなった。でもまだ引き返せるはずです。今からでも遅くない。僕達が力を合わせたら謎だって解ける。決められたルール以外の脱出方法だって見つかるかもしれない。刺してしまった申出さんだって、応急処置をすれば助かるかも――」

「皆さんの命、救う価値ある思うですか?」


 必死の訴えは春明の言葉に遮られてしまう。

 安路と恵流を交互に睨んでおり戦闘再開の機会を狙っているようだ。


「あ、当たり前です! どんな命だって望まれて生まれたはず。生まれてきた意味があるはずなんです! 価値があるとかないとか、そんなの誰かに決められることじゃない!」

「いえ、現実見るです。今は理想のお花畑違う、決める人がいる場所ですよ」


 鎌を握ったままの手で春明は天井を指さす。そこには黒い長方形が生えている。フードコートの四隅に設置された監視カメラの一つだ。自分達を拉致した者達、主催者がデスゲームを見届けるために用意した物だろう。


「デスゲーム始めるした主催者、殺し合いを望むするはずです。罪人に求めるされるそれだけでしょう」

「そんなはず……」


 反論したかったが口をつぐむしかない。

 安路の罪は病人故に人に迷惑をかけるばかりの穀潰しであること。信じたくないが、もしそうだとすると、ここから抜け出す意味が果たしてあるのだろうか。

 相も変わらず社会のお荷物になるだけではないか。殺し合いの末に死んで誰かの肥やしになるべきなのではないか。それこそ主催者の思い描くシナリオではないか。

 そんな嫌な予感が、デスゲームの真の目的が、安路の中で徐々に膨れ上がっていく。

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