瀬部春明 3


「騒ぐしないなら、何もするないですよ……ふふ」


 三人共ガムテープでグルグル巻きに、口にも真一文字で封をする。妻は直前まで「救急車を呼んで」と夫の身を案じていたのだが無視した。既に息をしていないので無意味だし、呼べば事件発覚で逮捕されてしまう。犯人も同じ人間だから要求を飲んでくれるはず、と思い込んでいる楽観的な思考は国民性だろうか。と、春明はあざけり口角を吊り上げる。


「ご飯いっぱいあるですね、多いあって迷うします」


 冷蔵庫にひしめく豊富な食料に気分は高揚。物音を気にする必要がなくなったので派手に食事を楽しんだ。フライパンや鍋も使い放題、普段よりも温かく凝った料理のオンパレードで身も心も満たされる。


「ふぅ、よく食べるしました」


 三大欲求の一つが解消されると、今度は別の欲求が湧いてくる。満腹中枢が刺激されて睡眠欲、となるのが一般的だろうが、この時の春明の場合は違った。

 過酷な労働による疲労は極限まで達しており、それは生命の危険を感じさせるほど。おかげで股間が刺激されてたけり狂っている。疲れ魔羅マラという現象だろう。湧き上がる性欲を発散したくてたまらなくなっていた。


「でも、いい穴冷たいなってるですよね」


 それなのに、欲望をぶつける先がない。

 おあつらえ向きだったはずの旦那は殺してしまった。今となってはただのしかばね。さすがの春明も死体性愛ネクロフィリアの趣味は持ち合わせていない。死臭のする冷えた穴など使えるはずもなく。かといって、妻を犯すかと問われたら答えはノー。女に入れる方がおぞましい。男根だんこんが腐敗してもげてしまいそうだ。


「あとは、子供の穴試すしてみるくらいか」


 残る候補は息子二人だけ。

 寝室に転がる兄弟、ガムテープを巻かれて無音で泣き続ける尻穴があった。

 多くの男性を無理矢理抱いてきたのだが、子供を相手にするのは初めてである。一桁ひとけたの年頃は食べたことがない。筋肉質な見た目が好みなこともあり、鍛錬とは無縁な子供には食指が動かなかったのだ。

 とはいえ、選り好み出来る身分ではない。屍や女と交わるよりかは幾分かマシであろう。

 あくまでも性欲発散のための道具だ、と自分に言い聞かせて、春明は反り返った剛直ごうちょくを露出させる。

 まずは兄の方から使ってみよう。


「おっ、おほっ、これはっ!?」


 入れた瞬間、桃源郷とうげんきょうが拡がった。

 これまで犯してきたどんな男の尻穴よりも気持ち良い。食わず嫌いしてきた自分を殴りたくなるほどの逸品。運命的な出会いと言う他ないだろう。

 きつく締めつけてくる穴はもちろん、張りのある尻肉の揉み心地が活力をみなぎらせてくれる。無様に揺れる未成熟な股間は更なる劣情を誘い、苦痛にもだえ声にならない叫びを上げる姿が渇いた心に染み渡った。

 シチュエーションも最高だ。息子を犯されて慟哭どうこくする母親、しかし口を塞がれていてそれすら出来ない無力感。次は自分の番かと、刻一刻と迫る恐怖に失禁してしまう弟。理不尽な暴力が幸せな家庭を端微塵ぱみじんに粉砕した、という征服感がたまらなかった。


「ふふ。次はあなた、お尻向けるするですよ?」


 兄の穴で二回果てたものの、まだ犯し足りない。

 なので弟の尻も使ってみる。失禁のせいで小便臭かったが、それもまた一興。くさや、パクチー、ブルーチーズ。癖の強い食べ物ほど独自の味わいがあるものだ。

 こちらの穴でも二回果てるが未だ収まる様子を見せず。兄の方をおかわりして、また弟に入れての繰り返し。底なしの性欲が落ち着いたのはあかつきの頃合いだった。


「そろそろ、帰るしないとですね」


 心ゆくまで食欲と性欲を満たした春明は手早く身支度を整える。今日も朝早くから仕事が待っているのだ、急いで家まで戻らないと。

 去り際に母親をしこたま金槌で殴打すると、春明は朝焼けの向こうへと逃げていった。

 その日の内に事件は発覚。

 “一家を襲った深夜の悲劇”。そんな見出しの速報が公共の電波に乗った。

 死亡者二名。夫の外傷は少なく、妻は滅多めった打ちにされていた。

 負傷者二名。兄弟の肛門こうもんはどちらも無理な性交渉により断裂。人工肛門の施術を余儀なくされた。また、肉体以上に心の傷が大きく、親族すらも面会謝絶となった。

 では、逃走した春明はどうなったかというと、意外にも中々お縄にならず。原因について真偽の程は不明だが、当初は怨恨えんこんの線で捜査していたからという説、警察の派閥争いで互いに足の引っ張り合いをして遅れたという説、その二つが有力ともっぱらの噂である。

 事件発生から二年後、春明はようやく逮捕された。

 容疑者の名前が“瀬部春明”のみの報道と本名の“バルア・セブ・ベルン”を付記した報道の二種類があり、それが別の論争を引き起こして紛糾ふんきゅうしたのだが割愛かつあい

 遂に裁かれる運びとなったのだが、ここで様々な要因が彼を助けた。


「彼が犯罪に手を染めてしまったのは、やむにやまれぬ事情があったからなんです」


 その一。人権を重んじる弁護士が味方についたこと。

 犯罪者はすべからく更生するべきであり、安易に刑を重くしてはならない。その信念の元、無茶な動機でも全面的に擁護する有名人。二人殺害したものの突発的な犯行故に悪質ではない、という弁護には「殺人という行為自体が悪質なのでは」「男児の強姦という鬼畜の所業を許容するのか」という反論もあった。

 その二。外国人労働者つ劣悪な労働環境であったこと。

 日本語に不自由だったため都合良く搾取されていた。犯罪に至ったのは派遣労働を使い捨てにする悪徳企業、ひいては環境を整えず放置してきた日本社会に問題があるとされた。過酷な労働が同情を誘い、事件そのものより社会問題に論点がすり替えられていた。

 その三。春明が性的マイノリティであり立場が弱かったこと。

 少数派の意見を尊重すべき、という市民運動が海外で盛んな時期で、日本国内でも話題になっていた。そのため「犯人を冷遇するな」「むしろ自分達を優遇しろ」と言い出して打ち壊しをする過激派も現れて、処罰を重くしづらい空気が蔓延まんえんする一方だった。


「それに、彼の犯行は他者から影響を受けたものであり、全て本人の資質によるとするのはいささか疑問が残ります」


 加えて弁護士は、実にアクロバティックな言い訳を持ち出す。

 春明は無類のアニメ・漫画好きで、日本の文化に浸っていたのも事件の一因だとしたのだ。

 当時流行していたサスペンス系アニメでは、作中にガムテープを使用した窓硝子ガラスの割り方が描写されていた。春明はこれを見て不法侵入の手口に活用したため、犯行動機の一つになったと言える。

 一部地域で有害図書に指定されているBLボーイズラブ漫画では、教師と児童による性行為描写があった。また「無理矢理性行為に及んだとしても男同士なら愛がある」という台詞せりふがあり、これが春明の認識を歪めた可能性が高い。

 よってアニメ・漫画の影響で犯罪を犯したとし、減刑という寛大な判断をするよう弁護をしたのだ。

 無論、これには様々な反論があった。「犯行手口の要因なら報道番組の方が詳細で事実に即した内容なのだからよっぽど危険なはず」「漫画内の台詞を現実と混同するのは影響云々うんぬん以前に本人の精神に問題がある」「創作物が犯罪を誘発するという科学的根拠が存在せず全て弁護士個人の感想に過ぎない」など、裁判内外問わず弁護士への誹謗中傷ひぼうちゅうしょう含めて飛び交うのだった。

 一方でアニメ・漫画文化を嫌う層は弁護士の意見を支持。犯罪・性的描写は徹底的に排除すべきと活動を始め、規制に抵抗する者達との間で表現の自由を巡る大論争に発展。事の発端となった事件自体に対する関心は薄れてしまうのだった。

 なお、春明自身は、アニメ・漫画に一切興味なし。来日した理由は「楽して稼ぐため」であり、日本独自のサブカルチャーなんてどうでもよかった。減刑が見込めると教えられたので口裏を合わせただけである。

 そんな訳で、春明も被害者の一人という理屈がまかり通った結果、下された判決は懲役十五年。服役後は祖国へ強制送還される予定となっていた。


「もう少し、日本の生活するしたかったですが……」


 幼い男児を犯す喜びを知ってしまった。

 牢獄では大人しい囚人の尻で何度か性欲処理を行ったが、あの愉悦ゆえつには到底敵わない。せめてあと一回、いや二回は入れたかった。

 しかし、祖国で子供を犯せば即刻死刑だ。その場で射殺もあり得るだろう。治安の悪い国とはいえ、子供は将来を背負う宝として重宝されている。性欲発散目的で使い物にならなくした、なんて発覚すれば非合法組織だって許してくれない。それだけ厳罰行為なのだ。故に十五年程度の罰で済んだのは僥倖ぎょうこうだと心より神に感謝。子供を軽んじる強姦に甘い国でありがとう、と歓喜に舞い上がったものだ。祖国と比べて衣食住の充実した刑務所だったのも恵まれている。何なら企業で働いていた時よりも快適だった。これほど犯罪者に優しい国は他にないだろう。

 だが、どちらにしろ、至上の快楽は夢のまた夢だ。

 元々強制送還されるはずだったし、デスゲームで殺人を犯したので再び刑務所送り。もはや男児を味わう機会はないのだ。


「いえ、そうとも限るないですね」


 ふと、今から殺す予定である男の体型が脳裏をかすめた。

 朝多安路。彼は成人済みらしいが、その体型は少年に近く小柄で華奢きゃしゃだ。最年少の恵流より少し大きい程度。本人が罹患りかんする病気のせいか、それとも長引く入院生活で発育不良なのか。どちらにせよ、彼の体格は春明が求める男児に近い。犯してみれば、案外似た味わいがあるのではないだろうか。


「まずは試すしてみる、それが一番でしょう」


 何事もやってみなくてはわからない。

 男児の美味しさだって、必要に駆られた結果知ったのだ。安路の使い心地も犯してみないことには評価しようがない。

 殺す前に一発入れてみよう。

 まずは汚らわしい女である恵流を手早く始末して、その後でじっくり堪能たんのうさせてもらうのだ。彼は体が弱く体力もない。組み伏せてしまえば絶対に逆転されない自信がある。それでも刃向かう可能性がありそうなら、死なない程度に手足を切ってしまえばいい。

 犯すのが楽しみで、よだれが止まらなくなっている。

 刑務所暮らしで満たされなかった欲望をこの場で発散させてもらおう。

 春明はたかぶる性欲に身震いを一つして、ゲームセンターを後にするのだった。

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