朝多安路 11
あれから何分、否、何時間たったのだろうか。
守の襲撃を受けて背中を負傷、恵流に庇われて命からがら書店“書天堂”に逃げ込んだ。すぐに追いつかれるだろうと思いきや、その時はいつまでたっても訪れず。息を殺して本棚の陰に身を潜め続けている。
見失って別の場所に移動してくれたのだろうか。さすがにそれは楽観的過ぎる。恐らく獲物を変えたのだ。自分達から明日香、あるいは春明に。
「ごめんね。結局、守ってもらっているのは僕の方だ」
隣で身を寄せている恵流に、小声で申し訳なさを
「私がいなかったら殺されていたでしょうね」
丸腰で病弱な安路だけだったら、とっくの昔に金属バットの錆びになっていただろう。恵流の言うことは的を射ている。
か弱い乙女を庇い戦うのが本来の立ち位置のはず。しかし、蓋を開けてみればこの有様。あべこべだ。自分の
「でも、それでいいの。あなたは頭脳担当、悔やむ暇があったら脱出の手段を考えなさい」
責めるだけではばつが悪かったのか、恵流は付け足して命令をした。
「……」
「……」
沈黙の時間が流れていく。
書店奥に位置する成人本コーナーの一角。
むせ返るほどのピンク色に囲まれた空間で、女子高校生と二人きり。
青春ドラマのワンシーンだろうか。否、こんな汚い絵面があるはずない。ドキドキと胸の鼓動が激しいのは、単純に性的な商品が多いが故。そして少女と共に入店しているという背徳的シチュエーションのせいだ。入院暮らしが長く、女性との触れ合いや性的な話題に
何にせよ、
などと、下らない自問自答をしていると、背中の痛みが次第に薄れていった。幸いにも骨は折れていないらしい。
これからどうするか、いかに決着をつけるべきか。
安路は頭を静かに
春明と明日香は無事なのだろうか。守は殺しをやめてくれただろうか。
書店外の状況はさっぱり不明だが、良好とは程遠いであろうことは明らかだ。その内誰かがこの場所までやってくるはず。春明や明日香はまだしも、守に遭遇したら今度こそ逃げられない。
いつまでも隠れて続けているというのも問題だ。こちらは依然として丸腰、武器の一つでも持っておかなければ抵抗すらままならない。再度守に襲われると見越して、今のうちに隠されたアイテムを見つけた方が良いかもしれない。
「あのさ、武器を探しに行こうと思うんだけど」
沈黙を破り、安路は小声で提案をする。
「アテはあるの?」
「それは、ないけど……」
隠し場所の目星は、既に判明しているクロスボウ以外全くない。金属バットやバタフライナイフの例からして、違和感を覚えるよう仕掛けられているようだが、一から探してすぐ見つかるとは限らない。そもそも、まだ隠されている物がある、という想定自体希望的観測だ。すでに
また、恵流をどうするか、というのも問題だ。十八禁コーナーから出るとなると、彼女をより危険な争いの渦中に飛び込ませると同義。かといって一人残していくのも危険極まりない。安路がいなくなったすぐ後、入れ替わりで守がこの場所を見つけたら一巻の終わりである。
動くべきか、留まるべきか。
優柔不断にも迷っていたところで、
「いいわ。行きましょう」
恵流がすっくと立ち上がった。
「逃げ回っているだけじゃ、デスゲームを生き残れないもの」
きりりとした瞳、固く結ばれた
戦う覚悟を決めた恵流は目もあやな姿を現していた。
そして同時に、自身の弱さにほとほと愛想が尽きてしまう。
せめて彼女の足を引っ張らぬよう、頭脳面で役立って脱出の手助けしたい。
ゲーム開始から六時間前後。
こうして二人は書店の
「うっ」
ショッピングモールの通路にはみ出した惨状に、安路は思わず顔を
衣料品店から中央の部屋に向けて伸びる三つの赤、血の
何が起きたのだ。
そっと衣料品店を覗くと、店内は大災害の被害を受けたと
では、血の轍はどうだ。
血を
となると、死体は椅子に座らされたのだろう、“罪を悔い改めし者”として。
轍は全部で三つ。ならば運ばれた死体も三つだろう。織兵衛を除く六人の内、安路と恵流以外の四人から死体の数を引けば、あとは一人だけ。
自分達が身を隠している間に生存者はぐっと数を減らしていた。
「あとは私と安路、それと誰か一人ね」
「……くっ」
全員で生き残ると意気込んでおいて、現実はこの始末だ。
安路は
失われた命は戻ってこない。
だが、衣料品店の惨劇を生き残った者が一人いる。
何もかもが遅かったかもしれないが、それでも安路は共に脱出する道を諦めたくなかった。
もっとも、目の前に拡がる最悪の景色に、淡い希望は音を立てて崩れ去るのだが。
「……あ」
コンクリートで囲まれた四角い部屋、等間隔で設置された無骨な椅子に四人がくくりつけられている。最初に死亡した織兵衛に加えて、目鼻が潰れ陥没した女性――服装からして玲美亜――と顔が腫れ上がった明日香、そして全身血みどろの守だ。
死体まみれの
生きながらに椅子に縛り付けられ、春明に好き放題殴られていた。
しかも、とどめとばかりにナイフの切っ先が向けられている。散々いたぶった挙げ句に殺すつもりなのだ。
「瀬部さん、やめて下さい!」
無意識だった。
相手が刃物を持っているとか、自分が丸腰で
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