満茂守 4

 

 いたいけな少女を誘拐して強姦、なぶり殺しにした挙げ句火あぶりにした。

 史上稀に見る残虐非道な事件を未成年が起こした、という事実に世間は騒然となる。

 子供は幼く善悪の分別が未発達であり、処罰は寛大であるべきだ。

 子供を理由に許される所業ではなく、大人としての裁きを受けるのが妥当だとうだ。

 意見は真っ向から対立する。

 遺族や別件の被害者も含め、多くの市井しせいの民は厳罰を求めた。罪を軽くしては少年犯罪を助長するだけ、真っ当に生きる国民感情に沿わないと批判。

 一方の弁護側や一部知識人は、法治国家である以上法律に従うべきと頑なな姿勢。更生の余地を与えない社会は不寛容で閉鎖的な村社会だと反論。

 口角泡こうかくあわを飛ばす議論がそこかしこで勃発ぼっぱつ。だがそこへ――“女子中学生バーベキュー事件”だけに――火に油が注がれる。それも、盛大に。


「オレ……いえ、僕達反省しています! これからは心を入れ替えて、誠心誠意社会貢献をしていこうと思っているんで!」


 これは守が最終陳述の場で言った言葉だ。

 死刑判決も危惧された際、全力で回避しようした結果がこの「反省しています」アピール。弁護士の入れ知恵、ほぼ台本通りに読んだだけである。

 無論、世間はたけり狂った。その一方で「改心するのなら」と怒りを鎮火させる層もおり、判決もそれにほだされた結果が下った。

 裁判長は「人間性が芽生え、更生の可能性がある」とし、少年法も踏まえて守は懲役十年、悪友二人に懲役五年と決した。

 遺族や被害者は不服、否、そんな生易しい言葉では表せないほどの憎悪をたぎらせた。各所からも寛大過ぎる判決を疑問視する声が次々と上がった。しかし控訴こうそするも棄却ききゃくされ、裁判は発見された遺体の状態同様不完全燃焼で終結した。

 守は少年刑務所に収監、成人後は通常の刑務所で過ごすこととなる。

 彼の下には多くのジャーナリストが訪れた。社会を震撼させた凶悪事件の犯人として、センセーショナルな記事のネタになると取材を求めたのである。

 以下は、数あるインタビューのほんの一部だ。


「何故、“女子中学生バーベキュー事件”を起こしたのですか?」

「それはまぁ、若気の至りっつーか? ほら、男って性欲抑えられないじゃないっすか。事故みたいなもンすね」

「では、今の自分は反省していると?」

「ははは、してますって。だからこーしてパクられてンだし」

「ご遺族の方々に胸を張って謝罪が出来るということですね?」

「言えるさ。オレの更生のために死んだんだから、マジサンキューって」


 刺激的な特集を組んで読者の興味をあおりたいから。

 不謹慎な話題で注目を集めて購読数を増やしたいから。

 ジャーナリストの腹の内を知った守は、自身を棚に上げてその下衆げすさを軽蔑けいべつをした。連中にとってどんな事件も飯の種、被害者加害者どちらの心情も踏み荒らしていく。自分よりよほど悪い奴らだ、と内心せせら笑っていた。


「っはーっ。やっぱシャバの空気ってうめーんだな」


 模範囚として刑にじゅんじた守はたった五年で仮釈放された。更にその後の五年間、これといった問題は特に起きず。晴れて社会復帰をした。もっとも、出所直後で再就職先がなく、しばらく特殊詐欺の受け子で生計を立てていたのはあまり知られていないのだが。

 転機が訪れたのは、現在の妻となる女性に出会ってからだ。愛する彼女のために悪事からすっぱり足を洗い、甘い交際の後にめでたく結婚。二人の娘をもうけて父親になった。貧乏ながらも奮発して一軒家を建てたし、仕事も重要な役職を任せてもらえるようになったし、満ち足りた生活を謳歌おうかしている。不良少年の一大更生サクセスストーリーだ。永遠に語る価値ある自慢話だと自負している。

 ちなみに共犯者であった悪友二人だが、その末路は対照的に悲惨。一人は出所後に居場所がなく、バッシングに耐えきれず自殺。もう一人は出所後に再犯して獄中へ逆戻り、釈放される頃には元号が変わっているかもしれない。

 ともかく、守は幸せを掴んだ。

 仲間達が人生の敗者になっていく中、自分だけが勝利した。

 過去の犯罪は全て、自身が真人間になるために必要な踏み台。名誉ある犠牲だったのだ。

 みそぎは終わった。

 死人に口なし、もう過ぎたこと。

 だからこそ、デスゲームを強制されている現状が腹立たしい。


「ははっ。やっぱりよぉ、遺族どもなんだろ、オレを拉致ったのは?」


 広大な土地にオリジナルのショッピングモール。全国各地から同時に誘拐して纏めて監禁可能なマンパワー。この催しを企画した主催者達は相当の財力を所持しているはずだ。どこから資金が出ているのか皆目見当かいもくけんとうもつかない。

 だが、参加者に選ばれてしまった理由だけは予想がつく。それはひとえに被害者遺族が入れ知恵したからだろう。事件が起きたのは随分前だ。未だに昔のことを引きずっている人間はそれくらいしかいないだろう。


「ッたく、済んだ話をいつまでたってもぴーぴーと、しつこいったらありゃしねーな」


 せっかく心機一転真っ当な人間になって家庭を持てたというのに、幸福なタイミングで絶望のふちに叩き落とすとは、これまた相当ねじ曲がった性格をしている。加害者だって未来があるというのに人の心がないのか。復讐は何も生まないというのに。

 大体、強姦加害者なんてそこら中にいるはずだ。再犯率が高いのに短い刑期で野に放ち、また新たな被害者を生んでしまう。前科者がすぐ隣にいるかもしれない社会なのだ。それでも法の番人達は現状を良しとしている。変えようともしない。つまり仕返ししようとする方が悪なのだ。身の程を弁えてほしい。もっとも、娘に手を出されたら確実に挽肉ひきにくにするつもりだが。

 とにかく、こんな場所で死ぬつもりはない。遺族を含めた主催者達は自身の死を望んでいるだろうが、這いつくばり泥をすすってでも生き残ってやる。そして愛する家族が待つ家に帰るのだ。


「ンだよ、誰もいねーじゃねーか」


 薄暗いコンクリート打ちっ放しの部屋。モニターだけが煌々こうこうと光を灯す中に生きた人間はおらず。物言わぬ血塗れの織兵衛が、その体を椅子にどっかり預けているだけだ。

 滅多めった打ちにして殺した玲美亜も椅子に座らせる必要がある。参加者六人が席に着いてようやく門が開くのだ。わかっていても面倒臭い。死体が自分で移動してくれるはずもなく、守が汗水垂らして運ぶしかない。しかも五人分だ。土木作業で鍛えた体でもこたえるだろう。最近は若手に作業を任せきりで中年太り気味。殺人よりも重労働でグロッキーになるかもしれない。こんなことなら日頃から体を鍛えておくべきだった、とビール腹を摘まんで口惜しくなる。


「元の場所に戻ってきちまったな」


 カラカラと金属バットを引きずり歩いていると、ペットショップ“犬猫畜生”の前だ。湧き上がる激情に任せて破壊し尽くした店。内装はボロボロ、商品は四方八方に散乱している。嵐が過ぎ去った後の様相だ。ここに隠れようとする変わり者はいないだろう。

 となると、フードコートあたりに人がいそうだ。ウォーターサーバーで綺麗な水が飲めるし、くまなく探せば食料が出てくる可能性もゼロではない。

 時計回りで歩けばすぐそこだ。まずは行ってみよう――としたところで、通路の奥から二つの人影が現れた。


「はっ。ンだよ、いるじゃねーか」


 フードコートから出てきたのは安路と恵流の若者ペアだ。患者衣姿とセーラー服の組み合わせは奇妙だが、顔と背丈だけならカップルに見えなくもない。

 懐かしいな、と守はみにくく口角を釣り上げる。

 カップルと言えば、かつてよく仲間と共に襲ったものだ。人前で愛を見せつけているので無性に腹が立った。なので男は半殺しにして縛り付け、目の前で女を輪姦まわしてやった。悔しそうにうめく虫の息の男が笑える。絶望に打ちひしがれた女の叫びが肉欲を沸き立てる。

 良い経験だった。大目に見てもらえる少年の内にやっておいて正解。おかげで愛の大切さ尊さを知ることが出来たのだから。

 当時のカップルには酷いことをしたが、更生したので過去は水に流してもらいたい。被害者だって延々とぐちぐち恨んでいたら人生がもったいない。もっとハッピーに物事を考えた方が身のためだ。

 今だって恵流を犯すつもりはない。昔の守なら食べ頃だとねじ伏せていただろうが、娘を持つ父親として示しがつかないだろう。

 だが、殺させてもらう。

 生き残るため、愛する家族のため、娘の成長を見守るため。

 必要な犠牲なのだ。

 守は自己擁護を心の内で何度も唱えると、獲物の二人へと歩みを進め――そして、金属バットに更なる赤を添えようと振りかぶった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る