朝多安路 10


「も、もう一度、全員で探索しましょう!」


 悪い流れを断ち切るように、安路は慌てて提案する。

 嫌な予感がした。このままでは更なる血が流れる展開が待っているだろう。


「笛御さんは事故、不幸な事故でお亡くなりになっただけです! 満茂さんは悪くない、だからきっと……そう、えてカウントしてくれたんですよ!」


 デスゲームのクリア条件であろう、“六名の罪を悔い改めし者”が椅子に座ること。それが死体でも可能となれば殺し合い待ったなし。そのため、カウントされた理由は不慮の事故があってもゲームを続行させるため、と考える方が平和的だ。監視カメラを通して自分達を観察している主催者達が特別に計らってくれた。そう読み解くしかない。


「ですから、短気を起こしちゃ駄目です。笛御さんのは事故だから特例で、本来は死体を座らせちゃいけないんだ」


 “悔い改め”ることが条件なのだから、亡骸なきがらをカウントしてはルール違反。ゲームマスターたる主催者側がそれを許すはずがない。謎を解くよりも、裏技を見つけて脱出するよりも、殺す方が楽だからと他の人を犠牲に勝ち残ろうとしてはいけないのだ。


「さっきも言いましたけど、武器を隠しているのは怪しいんですよ。殺し合いをしてほしいのならもっと他のやり方をするはず。少なくともこんな手の込んだ、謎解き要素を散りばめるなんて手間はしないでしょう? だから武器は罠、僕達に仲間割れをさせるための揺さぶりなんです。正解か間違いか、どちらの道を選択するかを見ている。ゲームを企画した連中の立場で考えてみてください!」


 デスゲームの攻略法といえば、指示通りにクリア条件を達成するかルールを打ち破り主催者を打破するかの二択。そしてほとんどの場合、後者を望んで催す主催者はいない。条件を無視して脱出を企てようとすれば邪魔をするだろう。遠隔操作で爆破出来る首輪をつけたり密室を毒ガスで満たしたり、ゲーム進行に不利益な者は排除するのが鉄則だ。

 しかし主催者が介入してばかりではゲームとして面白くない。可能な限り参加者だけに動いてもらいたい。故に人心を揺さぶる罠や仕掛けを張り、間接的な方法で望まれる方向へと誘導していく。

 それが隠し武器の意義であり、殺し合いという破滅の道への分岐点だ。主催者達の思惑に飲まれてしまう最悪の選択肢。絶対に選んではいけないのだ。


「満茂さんも、みなさんも冷静になりましょう。謎を解くために、ここから抜け出すために、最後まで諦めず手掛かりを探すんですよ!」


 とにかく、殺し合いだけは阻止しなくては。

 その一心で、他の事柄に目を向けてもらおうとしたのだが、


「確かに、探せば武器も見つかるかも、だからな」


 守の返答は――最悪。

 事故とはいえ人を殺めてしまったせいか捨てばち、自嘲気味に嫌み味を呟いている。手にした金属バットがいつ振り上げられてもおかしくない。一寸先は闇。張り詰めた沈黙の中、安路はすくみ上がってしまう。


「はっ、冗談だよ」


 守は鼻で笑う。

 口ではそう言っているが、こちらとしては不安ばかりが残る。水槽の底に溜まるおりのように、どろりと不穏なうねりが渦巻いている気がしてならない。

 そんな安路を一瞥いちべつすると、守は金属バットを肩にかけてきびすを返す。大股歩きで差し込む光の先へと行く。


「ど、どこに――」

「てめーが言ったンだろーが。手掛かりってのを探しに行くんだよ」


 去り際に答えた守だが、その語気に当初の勢いはなく、足元から伸びる影が尾を引くだけだった。

 彼に続き明日香と玲美亜、そして春明も立ち去ってしまう。三人とも無言だ。お互い監視し合うように視線を交錯させながら光の中へ消えていく。

 またもぽつんと残される安路と恵流。数時間前との違いを挙げるとすれば、物言わぬ肉塊と化した織兵衛が座していることだけ。

 事態は間違いなく悪い方へと転がり始めていた。

 やっとデスゲームの目的が掴めそうかと糸口が見えたのに、事故を機にあっという間に空中分解。一触即発の燃料もたんと溜まっている。このままでは全員で脱出、という当初の目標は達成不可能だ。もっとも、織兵衛が死亡した時点で、全員無事は無理なのだが。


「ああ、もう。なんでこうなるんだっ」


 もどかしくて頭をむしってしまう。

 自分に彼らを纏め上げる技量があったのなら、いさかいに割って入って止められる強さがあったのなら。織兵衛は死なずに済んだだろうし、全員の気持ちが散り散りにならず協力し合えたはずなのに。

 後悔の波が繰り返し繰り返し、大地を削るがごとく何度も押し寄せてくる。

 生まれてこの方穀潰ごくつぶしの毎日だ。病弱で母にも病院にも、社会全体にも迷惑をかけるだけ。誰かの役に立てた経験は両手で数えられる程度。それすらも取るに足らない小さなことばかりだ。生きている価値があるかと問われると、胸を張って答えられない自分がいる。

 デスゲームに巻き込まれて、ようやく自身の知識を有効活用出来るかと意気込んだらこのざまだ。今まで生きてきた甲斐かいがない、無駄な人生だ。きっと、これこそが自分の背負う罪なのだろう。

 自分の至らなさが腹立たしくて、いっそ消えてしまいたくなってしまう。


「安路はよくやっている。この私が認めてあげるわ」


 恵流の指先がそっと手の甲に触れてくる。白く細長いそれは、安路の骨と皮だけの手に折り重なると、きめ細かく柔らかな肌を寄り添わせた。


「自分を責めないで」

「でも……」

「ネガティブが一番の敵。“諦めず”にって、安路が言ったんでしょう。なら、その聡明な頭脳を活かしなさい」


 乱れることなく真っ直ぐに貫き通す瞳だ。死を目の当たりにして彼女だって動揺しているはずなのに、恐れや怯えを全く感じさせない。

 自分より若いのに、なんと頼もしいのだろう。一抹いちまつ不甲斐ふがいなさを抱いてしまうも、安路の心は幾分軽くなる。


「そう、だよね」


 失敗続きだ。しかし腐っている場合じゃない。

 こんな自分を慰め励まし奮起させようとしてくれる少女がいるのだ。彼女のためにもこの地獄から救い出してあげなくては。

 それこそが、今一番求められていることじゃないか。

 安路は両頬をバシリと叩いて気合いを入れる。


「まだまだ、これからだ」


 最後の瞬間、どんな袋小路ふくろこうじになろうとも手を尽くす、足掻あがき続ける、絶対に諦めない。

 安路と恵流は改めてショッピングモールへと繰り出す。

 今度こそ脱出の手掛かりを見つけてみせる、そう誓って。

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