丹波玲美亜/笛御織兵衛
ゲームセンターを素通りして衣料品店“Gene Do”に駆け込む。
誰にも会いたくない、見られたくない。
玲美亜は試着室に潜るとカーテンをさっと閉め、
鏡に映る自分の姿はみすぼらしい。目つきは悪く体はげっそりと貧相。
自身の現状を直視したくない。玲美亜はそっと壁へと目を逸らす。“無料でいくらで裾上げします”なんて
「どうして、どうしてなの」
ずっと真面目一辺倒に生きてきた。
勉強、就職、結婚。順当に経験すれば必ず幸せになれる。親族からの「早く孫を見せろ」という
それなのに、自分が幸せになれないなんておかしい。
我が子を失い、不幸のどん底に転がり落ちるなんて、まるで話が違うではないか。
娘は事故死だった。
灰色の青春時代を過ごした自分がようやく手に入れた輝き。しかしそれは、砂上の
辛くて苦しいばかりの子育てをこなしてきた。良い母親であろうと
ともかく、娘の死を転機に全てを失ってしまった。
それなのに、どうして。
「あんな奴が……!」
幸せな家庭を築いているという事実が許せない。
守のような、何不自由なくおちゃらけて、後先考えず好き勝手やってきたような人間が。何故自分にないものをたくさん持っているのだ。
真面目だけが取り柄。学生時代も勉強漬け、将来のために楽しさをかなぐり捨てた。その結果が娘の事故死と
不公平。努力が報われないなんて間違っている。無思慮な人間ばかりが幸福になる世界の方がおかしい。
自分の人生は一体なんだったのか、存在意義がわからなくなってしまうのだから。
※
玲美亜が素通りしたゲームセンター“シュラ・La・ランド”。そこに設置されたゲーム
ただ一つの例外を除いて。
動物のぬいぐるみが詰められたUFOキャッチャーに隠された無骨な景品。
それを最初に見つけたのは織兵衛だった。
「な、何で、こんな物が?」
弓と銃が融合したかのような見た目の物体が、場違いにもファンシーグッズの中に紛れ込んでいる。
クロスボウ、またの名をボウガン。引き金を引くと矢が放たれるれっきとした武器だ。ご
その危険性故にかつてより規制を求める声はあったものの、有害玩具程度の扱いで永らくの間野放し状態。犠牲者が出てから慌てて対応する、という
「よ~し。お、おおっ、行けるか?」
どうせ無料なので、と織兵衛は試しにUFOキャッチャーをプレイしてみる。
前屈みの体勢でボタンをタイミング良く押す。アームが下がって掴みかかり、見事クロスボウの弓部分に引っかかる。一発だ。意外と簡単、パチンコやスロットで鍛えた勝負力が功を奏したか。
と、脳内で快感物質が
「あっ、ああ~っ、駄目かっ」
クロスボウはするりとアームから滑り落ち、ぬいぐるみの間にすっぽり戻ってしまう。
だが、織兵衛は再度プレイする。
失敗したまま終わりたくない。普段の賭け事と違い無料なのだから負債も気にしなくていいのだ。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、の精神。もっとも、それでうまくいけば人生苦労しない。案の定、それ以降もクロスボウは取れないまま、
手の震えが止まらず、ここぞという時に操作ミスをしてしまう。取れた、と思った途端にクロスボウは落ちていく。アルコールを摂取すれば成功するかもしれないが、残念ながらこの場に酒類は置いていない。
「はぁ。ぐいっとかっくらいてぇなぁ」
酒が何よりの好物だった。
ビールに
最初に飲んだのはいつだっただろうか。若い頃からずっとアルコールと共に過ごす日々。飽きずに毎日浸り続けてきた。
もちろん、そのせいで失敗もあった。何度もあった。やめないといけないと決意したこともあったが、薄弱な意志では長続きするはずもなく。
そもそも辛いだけの人生、酒がないとやっていけないのだ。
振り返ってみれば、アルコールのせいで失敗続きである。
生まれは貧乏、仕事は長続きせず職を転々としていた。それは自身の資質が問題だろうか。否、全て突き詰めてしまえば、原因の半分以上は酒を起因としているはず。何せ、警察のお世話になってもやめられないのだ。まさに依存症。最終的に職を失ってしまい、現在ではネットカフェで細々と生活する身。友達は一人もいなくなってしまった。
弱音を吐けば良かったのかもしれない。誰かに相談すれば良かったのかもしれない。だが「男たるもの泣くな」と教えられてきた者として、みっともない姿を世間に晒したくなかった。黙って耐え忍ぶのが美徳だと信じて疑わずに、である。その結果誰も気付いてくれず、公的な支援も一切受けられずのどん詰まり。過酷な人生を想像出来ない、甘やかされた若者達からは「クソジジイ」と
これまで生きた六十年余り、無駄で無意味で無価値な人生だった。どこだかわからない場所でくたばるのがお似合いか、と自虐的に笑うしかない。
「へっ、へへっ。ど、どうせこんなもんだよな」
結局、織兵衛はUFOキャッチャーを諦めた。
パチンコやスロットなどの遊戯と同じだ。景品は射幸心を煽るだけの物であり、実際に取れるとは言っていない。むしろ簡単に勝てたら賭博は流行らない。客が損して店が儲かる。それが鉄則なのだ。酷い場所では裏で外れやすく確率を操作し、どれだけ努力しても勝てないよう設定されている、なんて話も聞くほどだ。
まるで世の中と一緒。人生に逆転出来る要素なんて一切ない。生まれながらの勝ち組が勝ち続けるだけの、仮初めの希望だけが虚しく漂う社会。そのくせ「信じる者は救われる」と努力こそが至高と
自分は敗者、世の最底辺を這いつくばったまま終わる。
織兵衛は
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