朝多安路 7


 ショッピングモール内には時計がない。壁掛け時計もストップウォッチもない。デスゲームに時間制限がないのは幸いだが、これでは朝なのか夜なのか、自分達が目覚めてどれほど時がたったかも不明。とても不便だ。日頃病院で規則正しく生活していた身なので余計にそう感じてしまう。

 そんな訳で、正確な時間はわからない。

 ゲームが始まってから恐らく三時間強がたっただろう。体感、ほとんど勘。資料を読んでトイレ休憩を終えた頃合いに中央の椅子の部屋に戻ってきた。

 どうやら安路と恵流のコンビが一番遅かったらしい。他の面々は既に一区切りつけており、これにて全員集合となった。

 薄暗い部屋の中、各々の面持ちはそれに輪をかけて暗い。互いに顔を合わせずうつむいてばかり。脱出に繋がりそうなヒントが見つからなかったのだろう、と容易に想像がつく。

 また、食料が見つからなかったのも原因だろう。どこの店舗を回っても食べられそうな物はない。フードコートに設置されたウォーターサーバー、歯科医院とトイレの水道でのどの渇きを癒やせるくらいが関の山。残された時間はそう長くないだろう。

 だがその一方である程度の収穫もあったらしい。守の手には銀色の金属バットが握られている。同様に春明の手にも銀色に光る何かがあった。


「満茂さん。そのバットはどこで見つけたんですか?」

「ペットショップだよ」

「え、本当なんですか?」


 ふざけているようにしか聞こえなかった。金属バットとペットショップ、繋がりが全く見えない組み合わせだ。

 だが冗談ではないらしく、


「うるせーな。籠を叩き落としたら、マジで奥から出てきたんだよ」


 守は鋭い眼光で怒りを放ってくる。彼曰く、ペット用の籠の裏にあったらしい。しかもその籠の中には参加者全員の切り抜き写真が入っていた。その異様さに本人も困惑したそうだ。

 疑って申し訳ない、と頭を下げると、安路はもう一人の気になる方へと向き直る。


「では、瀬部さんが持っているのは?」

「コレはナイフですよ」


 チャキチャキッとはさみを使うような音がして、春明の手の中で銀色が素早く回転すると、鋭利な刃がき出しになった。かつて非行少年の代名詞だった、バタフライナイフという折り畳み式の刃物だ。その切っ先を真っ直ぐ突きつけられている。安路は怯んで一歩後ずさってしまう。その様子ではっとした春明は「ごめんなさい、ですね」と鮮やかな手捌てさばきでグリップを閉じて刃を仕舞った。


「そ、それで、ナイフは一体どこに?」


 気を取り直して、発見場所について質問する。まだ心臓がバクバクと早鐘はやがねを鳴らしていた。


「ワタシ、お腹空いた。だからご飯屋行きました」


 空腹からフードコートを訪れると、そこに並んでいるのは四つの看板。蕎麦そば屋、うどん屋、ラーメン屋、アイス屋。多様なニーズに応える必要があるだろうに、何故か麺類を取り扱う店ばかりだ。そこで妙だと考えた春明は、唯一の例外であるアイス屋を調べた。すると冷凍庫にはアイスの代わりにナイフが入っていたらしい。キンキンに冷え切っていたとのことだ。


「これまた変な場所に……」

「そ、それならオレも見つけたぞ」


 続けて証言するのは織兵衛だ。

 しかし彼は武器らしき物を持っていない。


「ピコピコの中に、ゆ、弓矢みたいな、鉄砲みたいなのがあった。け、景品だから取れなかったけどな」


 どうやらゲーム筐体きょうたいの中で、景品として武器が鎮座しているらしい。


「それは多分ボウガン、正式名称はクロスボウね」


 恵流が武器について補足を付け加えてくれる。

 話によると、UFOキャッチャーの景品で、ぬいぐるみに混じってクロスボウがあるらしい。デスゲームにぬいぐるみというのも場違いだが、可愛い動物の中に武器があるのもシュールである。

 そんな光景を笑えたら良かったのだが、そうもいかない。

 安路の中で段々と、不安が水場のかびのように増殖していた。

 それぞれの話を纏めると、ショッピングモール内には武器があり、それらをわざわざ隠してある。籠の裏、冷凍庫の中、UFOキャッチャーの景品。それらを用いて殺し合え、という主催者の思惑が見え隠れしている。

 いや、殺し合いなんて、そんなのは絶対に駄目だ。

 安路は頭をむしり、嫌な予感を振り払うために話題を変える。


「このゲームについて、みなさんに聞いてほしいことがあります」


 三時間強、情報を仕入れて整理し導き出した、デスゲームについての考察だ。

 まずは何者かが命懸けの遊戯を催したのが事実かどうか、という問題なのだが、これについてはほぼ確実。かたくなに認めなかった織兵衛すら、クロスボウを見つけてから確信に変わってきたらしい。

 突然の拉致監禁、作り込まれた会場、そして隠された武器。ここまでくればデスゲームと考えた方がしっくりくる。また施設内に備え付けられた監視カメラからすると、主催者達は別室でここの様子を見ている可能性が大。その目的は享楽きょうらくのために苦しむ姿を眺めたいだけなのか、はたまた常軌じょうきを逸した宗教的で崇高すうこうなる儀式のためか。真意は未だ不明だ。

 しかし、ある程度の推測は可能。


「まだ仮説なんですが、二つほど可能性が考えられます」


 安路は抱えていた数冊の本を一旦降ろすと、左手を挙げて、手錠からぶら下がるおおかみのフィギュアを揺らす。


「まずはこのフィギュアについて。モニターにある通り、僕達それぞれに様々な生き物があてがわれていますが、これらは――」


 空いた右手で拾い上げるのは“解説・七つの大罪”という名の本だ。表紙は題名の割にポップで、可愛い女の子のキャラクターが描かれている。擬人化された悪魔らしい、肌の露出は明日香と同程度にきわどい。


「――キリスト教用語の“七つの大罪”を表しているのではないか、と」


 恵流以外の反応はかんばしくない。いきなり何の話だ、と言いたげにポカンとした面持ちである。

 ピンとこなかったか、と照れ隠しに頭を一つ掻くと、安路は本のページを中程までめくり、全員に見えるよう開いて掲げた。そこには“七つの大罪”とそれに関連付けられる物が記載されている。

 それぞれの罪に対応する悪魔、幻獣、そして生物。

 本の記述では諸説あるとしつつ、罪と生物について、以下のように載せられていた。


 嫉妬――へび

 強欲――蜘蛛くも

 暴食――はえ

 怠惰――蝸牛かたつむり

 憤怒――狼。

 傲慢――蝙蝠こうもり

 色欲――さそり


「この“七つの大罪”が、モニターに表示された一文とリンクしていると思われます」


 “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”


 この文における参加者を罪人扱いしている箇所かしょは、あてがわれた生物と紐付けて罪と言い表しているのではないだろうか。


「次に、これらの生き物が毒、あるいは人に害なす生き物である点が気になります」


 本では罪に対応する生物について、他の種類も列挙されている。犬や猫、豚や牛などとする説もある。

 しかし何故か選ばれたのは有毒、有害な動物ばかりなのだ。


「蛇や蜘蛛、蠍は毒を持つ生き物として有名ですし、蠅や蝸牛、蝙蝠は病原菌や寄生虫の媒介になります。狼は少し苦しいところですが、おそらく獣害、もしくは狂犬病を表しているかと」

「前置きはいいから、はよ言えや」


 中々結論に辿り着かないので、守が舌打ち混じりに催促をしてくる。


「ええと、はい。つまりですね、これはいわゆる、“蠱毒こどく”なんじゃないか、と」


 聞き慣れない単語のせいか、周囲の反応はまたも良くない。

 安路は“世界の呪術”というおどろおどろしい装丁の本を参考にし、以下のように説明する。

 “蠱毒”とは古代中国で行われていた呪術の一種だ。大量の毒虫を閉所に閉じ込め共食いさせることで、最後の一匹に濃縮された猛毒が備わる。それを用いれば相手を呪い殺すのは容易たやすい。この呪術は日本にも伝わっており、禁止されていた歴史も存在しているそうだ……と。


「僕達を虫扱いして出口のない場所に閉じ込める。今の状況とそっくりじゃないですか?」

「確かに、手の込みようからして儀式的な雰囲気があるものね」


 書物と歴史に裏打ちされた考察に、玲美亜は一定の理解を示してくれる。学びを重視する性格なだけある。しかしその一方で、正反対のタイプである守は怒りを露わに詰め寄ってきた。


「じゃあ、なんだってんだ。オレ達は“蠱毒”の通り、虫けらみたいに殺し合わないといけねえってのかよ!?」


 胸ぐらを勢いよく掴むと自身へと力一杯引き寄せて凄んでくる。みちみちと、患者衣が今にも裂けそうな悲鳴を上げていた。


「ま、待って下さい。これはまだ一つ目の、最悪の場合を想定した可能性です。あともう一つ、こっちの説が本命なんで、落ち着いて……」


 鼻先が触れ合いそうな距離だ。吐息がやに臭くて顔をしかめながらも、安路はどうにか守をなだめる。


「ちっ。ならそっちを言えってンだ」


 屈強な手がぱっと離され、安路はコンクリートの床に押し倒された。尻餅をついて痛いが、怒りを収めてくれて良かったと一安心する。

 苛立つ気持ちはわかるが、こんな状況だからこそ冷静でいてほしい。感情的な人はやはり苦手だと再認識した。

 咳払いをひとつすると安路は立ち上がり、患者衣の皺を正してから話を続ける。


「ヒントになったのは、ショッピングモール内の店舗、その名前です」

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