朝多安路 6
「やっぱり完全に行き止まりか」
「見ての通りね」
ショッピングモール内に並ぶ店舗の間にはそれぞれ狭い隙間がある。リノリウムの床が通路のように伸びているのだが、行く先にあるのは真っ平らな壁。コンクリートの上から大理石風の壁紙を貼っただけの壁だ。元々あった抜け道を埋めて塞いだのではなく、最初から壁として設計されている。最初にざっと見た通り、恵流達が確認した通り、どこも外と繋がっていない。壁を叩いても手が痛いだけ。向こう側に続きそうな空洞も仕掛けもないようだった。
「でも、それっておかしくないかな?」
「そうね。外と行き来出来る道がないのなら、私達は一体どこからこの場所に……」
逃走防止のため参加者をショッピングモール、だだっ広い密室に閉じ込めた。では、その方法とは何か。一番あり得るのは、
「あの扉だよな」
最初に目覚めた部屋、不気味な椅子が建ち並ぶ室内に設置された門だ。
観音開きだろうそれはぶ厚い鋼鉄製らしい、大の大人が二人がかりで格闘しても微動だにしない頑丈さ。おそらく外側から鍵をかけられているのだ。あの門からこちら側、デスゲームの会場に運ばれたと考えるのが妥当だろう。
「門だけが唯一の脱出口。でも開けるためには、文章通りにしないといけないってことね」
“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”
つまり、六人座って一人が脱出出来る、というのがデスゲームのルール。主催者達が用意したクリア条件なのだ。
これは推測だが、六脚の椅子全てに人が座ると扉が開く仕掛けになっているのだろう。椅子の床に埋まった部分、周囲から見えないそこに、座ったかどうかを判別するセンサーがあるのかもしれない。しかし、あの椅子は危険だ。下手に座れば命の保証はない。あるいは死ぬよりも酷い苦痛が待ち受けている。試しにやってみよう、などと軽く考えてはいけないのだ。
「門だけが答えじゃない。他にも脱出の方法があるって信じたいよ」
早合点はよくないだろう。参加者を絶望させて視野を狭めさせる、そしていがみ合いへの発展。それが催しを企画した連中の思惑かもしれないのだ。
幸い、タイムリミットに類するものは存在しない。まずはじっくり情報収集をする。全員で無事脱出するための手段を探るためにも、諦観と内輪もめだけは絶対に避けたい。
「次は店舗を見てみよう」
安路は行き止まりの狭い道を引き返すと、店舗を連ねる広い通路へと出た。中央に位置する部屋が大きな柱のように天井と床を繋げており、丁度向こう側が死角になっている。一度に全ての店舗を見渡せないのが不便だ。仮に異常事態が起きたとしても、すぐには気付けず見逃してしまいそう。監視カメラがあちこちにあるが、警備員が来ると期待も出来ない。きっとカメラは別の目的でついているのだろう。
ひとまず、それぞれの店について状態を確認してみよう。安路と恵流は通路に沿ってウィンドウショッピングよろしく外観を見て回る。
「ぱっと見、聞いたことのないマイナー店ばかり、ってかんじね」
「それにしては名前がおかしい気がするんだ」
恵流が最初にしてくれた報告通り、ショッピングモール内に並んでいるのは六店舗。店の種類としてはごくありふれている。どこの商業施設も似たり寄ったりだろう。しかしそれらの看板、店の名に違和感を覚えてしまう。
書店――
衣料品店――
ゲームセンター――シュラ・
ペットショップ――
フードコート――ガキメシ
歯科医院――ヘルノデンタルクリニック。
他はまだしも、ペットショップとフードコートの名前が妙だ。動物愛護を第一に掲げるべき店が畜生、親子で利用するだろう場所に子供の
通常ではあり得ない間取りといい、新装開店なのに人の気配がないことといい、店舗の外観すら主催者のオリジナルなのだろう。デスゲームという奇特な催しをしている時点で十分変なのだが、手の込み方がこれまたおかしい尖りっぷりだ。大道具係に凝り性の人でもいたのだろうか。
「デザインを一から作ったとすると、内装も行き届いているんだろうなぁ」
「きちんとは見てないけど、そうとしか言い様がないわ」
そこで二人は店内の探索を始める。手始めにまず書店からだ。
入り口に扉はなく、ノンステップで出入り自由。書店に踏み入れた瞬間、新品の紙の臭いがふわりと漂ってくる。規模が小さい店なのだが品揃えは良いらしい。所狭しと多種多様な本が棚を彩っていた。
入ってすぐ、視界に本の表紙が飛び込んできた。新刊本の平積みコーナーらしい。漫画や新書、雑誌まで様々な書物が置かれている。店員イチオシの本にはポップもあり、来店客の目を引こうと必死にアピールだ。デスゲーム会場で何の意味があるのだろうか。作り込みが異常だ。溢れ出る創作意欲を抑えられなかったのかもしれない。
奥に進むと本棚が等間隔で平行に並んでいる。こちらの本は発行されてしばらくたった物らしいが、そのどれもが未使用
ふと、そこで思い起こされるのは、同じ病院に入院する患者仲間のことだった。気が遠くなるほど長期間に及ぶ入院生活で、ベッド周りに本の山を築いていたとある老人。彼の本を読ませてもらう機会が幾度かあったが、そのどれもが古びており、ある物は角がすれて、またある物は茶色く変色していた。
「そうか、その時に読んだのか」
安路の頭でバチッと火花が散った。パズルのピースがぴったりはまったような快感。喉に刺さっていた魚の小骨がとれたような爽快さ。
手錠に吊る下がったフィギュア、参加者にあてがわれた生き物の組み合わせに感じた既視感の答え。
それは入院生活中に読んだ本だ。
「この辺にあるかな」
当時の記憶を頼りに本棚の間を潜っていく。患者仲間が持っていた本は古かったので絶版かもしれないが、類似した本があってもおかしくない。安路は案内表示に従って目当てのコーナー、宗教やスピリチュアルを扱う区画を訪れた。
想定通り、ドンピシャリの本はなく、しかし求めていた物に近い本はあった。
手にしたのは“七つの大罪”に関する本だ。それに加えて“
「あと他に役立ちそうな本は……」
重い本を三冊も抱えた安路は、ついでのように周囲の棚を眺める。わざわざ相当量の蔵書を用意したのだ。デスゲームのヒントが本に隠されていても不思議ではない。情報を逃すものか、と目を皿のようにして見回していると、ある一冊の本が目にとまった。
新書コーナー。生き方を問うエッセイや自己啓発本、政治について語った小難しい題材もある中、店員もとい主催者自作のポップでオススメと紹介されていた本があった。
「この顔、それにこの名前って」
安路は無意識に頭を
表紙自体はありがちな、縦書きの題名だけが印刷された簡素なデザイン。テーマも大して気にならない。
だが、目を引いたのはその帯だ。著者の写真とキャッチフレーズが極彩色で記されている。
見覚えがある顔、そして名前がそこにあった。
「恵流さん、ちょっと来て――って」
彼女にも知らせよう、と安路は後ろを向くのだが、そこには誰もいない。書籍探しに夢中で置いてきてしまったのだ。どこにいるのかと思ったら、恵流はまだ新刊本コーナーにいる。ずっと一冊の本を読んでいたらしい。
「おーい、恵流さーん」
「え、え? 何か見つけたの?」
少し声量を上げて名前を呼ぶと、今度は気付いた様子。はっと顔を上げた恵流は本を閉じて答えていた。
「この本を見てもらいたいんだけど」
「ちょ、ちょっと待っていなさい。すぐに行くから」
恵流も気になる本があったのだろうか。あまり急かすのも良くないだろう。安路は視線を新書に移すと、ページを
一方、恵流は新刊本コーナーでがさごそ忙しそうにしており、制服の下に何かを隠していた。しかし、読書に集中していた安路はそれに気付かないまま。本から脱出のヒントを探そうと余念がなかった。
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