朝多安路 4


「普通に読めば、六人が座ったら一人出られる、って意味でしょうね」


 デスゲームものに詳しいらしい恵流が呟く。

 安路にもそう読めた。堅苦しく遠回りな書き方ではあるが、要約すれば簡単な文章だ。実際中央の間には椅子が六脚あるので、恵流の説が最有力だろう。だがそれよりも気になる言葉がある。


「罪をどうたらって、オレ達は罪人扱いかよ」


 守が苦々しく吐き捨てると、他の者も示し合わせたかのように眉をひそめる。

 そう、“罪を悔い改めし者”の部分が問題なのだ。

 文章通りの意味だとすると、椅子に座る六人は罪人ということになる。だとすると、この場にいる参加者の内六人は罪を犯した者、否、最後の一人が無罪とは一言も書いていない。では七人全員が罪人だというのか。それこそおかしい。


「そんなはずない、僕は罪人なんかじゃない!」


 何故なら、罪を犯した覚えなどないのだから。


「オイコラてめー、自分だけいい子ちゃん気取りかよ」

「好感度上げて助かろうとか、ちょっと虫が良過ぎじゃん」

「若いの、ぬ、抜け駆けか? 年寄りを踏み台にするのか?」


 守と明日香、そして織兵衛が次々に批判をぶつけてくる。

 確かに今の発言は悪印象だ。自分は善人だ、最後の一人に選ばれるべきだ、と主張するためのイメージ戦略。そう捉えられても仕方ないだろう。

 だが本当に身に覚えがない、それが真実なのだ。


「だって、ずっと病院で入院生活なんですよ!? そんな僕に一体何の罪があるって言うんですか!?」


 安路は生まれつき病気しがちの虚弱きょじゃく体質だった。季節の変わり目には必ず風邪かぜを引くし、弱毒性のウィルスでも生死の境を彷徨さまようほどだ。

 それでも学童期までは比較的穏やかで、人並み程度には学校に通えていた。休みがちではあるものの、一緒に遊ぶ友人もおり、それなりに充実した学校生活を送れていたのだ。

 しかし、成長するにつれて悪化の一途を辿り、とある不治の病に罹患りかんしてしまう。

 入退院を繰り返すばかりの毎日で学校には通えなくなった。高校中退。それでも病状は回復の兆しすらなく、今では一日中病院で過ごしている。毎日の投薬と検査は必須、一日たりとも病院を離れてはいけない患者なのだ。

 そんな自分が犯罪者扱い、理不尽過ぎて納得がいかなかった。


「朝多さん、あなたの気持ちは痛いほどわかります」


 そこで肩を持ってくれたのは玲美亜だった。デスゲームの可能性を認められず、意固地になっていた彼女が助けてくれたのだ。


「私はこれまで清廉潔白せいれんけっぱく、真面目一筋に生きてきたと自負しています。罪を犯した覚えなどありませんから」

「おいババア。てめぇも良い子同盟に仲間入りってか?」


 作業服のポケットに手を突っ込んだ格好で守が凄みを効かせてくる。古い映画に登場するごろつきそのものだ。強面こわもてで相手を脅して黙らせる、清々しいほどに使い古された手口。やはり見た目通り元不良の中年のようだ。社会経験を積んだ上でこの態度はなお性質たちが悪い。

 しかし玲美亜も負けていない。


「誰がババアですか。口を慎みなさい、馬鹿が感染うつりますわ」


 見た目のいかつさを恐れず、真っ向から悪口を言い返している。


「あン、誰が馬鹿だコラ!?」

「本もろくに読まない底辺の知能が、あなたの顔と態度に出ていますもの」

「うっせえぞガリ勉ババア。てめーみてぇな教育ママ気取りが一番腹立つんだよ!」

嫉妬しっとね。それはあなたが私の頭の良さをひがんでいるせいでしょ!」


 玲美亜と守。年齢は近いようだが、その性質はまさに水と油。正反対に対立しており相容あいいれそうにない。お互い感情的で歯止めが効かず、角突き合わせた口論が白熱の一途を辿っている。

 ただ一つ。守の暴言を肯定する訳ではないのだが、教育ママらしいという意見は同感だ。生真面目で勉強を重視する考え方はまさにそれだろう。安路の母親も勉強に関して厳しめだったため、どことなく親近感が湧く。幼い頃から勉強第一で、毎日大量の問題集と向き合っていた。おかげで学校では良い成績だったと記憶している。

 と、過去を思い返したところで、最近母親に会えていない事実が悲しくなってしまう。安路の治療費を稼ぐため、掛け持ちの仕事をこなすので大忙し。見舞いに来る余裕もないのだ。こんな事件に巻き込まれると知っていたらもっと一緒にいたかった、と後悔の念が絶えない。

 ――もしかして。

 そこでふと嫌な想像が、一つの仮説が、心の奥底にぼんやり浮かんできた。

 自分が背負う罪とは、病気そのものなのではないか、と。

 生まれてこの方ずっと病に伏せてばかり。成人したのに職につけず病院で寝ている毎日。女手ひとつで育ててくれた母親には迷惑をかけ続け、社会にとっては完全なお荷物で穀潰ごくつぶしだ。

 いや、そんなはずない。

 確かに世のため人のため、誰かの力になっていないのかもしれない。しかし人間の価値は役立つか否かでは測れないはずだ。

 病気だろうと障碍しょうがいがあろうと、それが罪だなんて誰が決めたというのだ。それは健常者の独りよがりの指標ではないか。人を物の価値のように振り分ける考えは認められない。自分の正義が許さない。


「まぁまぁ、青筋立てるしないです。みんな悪いことしたあるでしょう。ワタシなんて、コレ、刑務所で着るしている服です」


 終わりの見えない口論にしびれを切らしたのか、春明が口喧嘩を止めようとする。片言ながらも二人を刺激しないよう優しく語りかけている。

 だが、その中には聞き捨てならない言葉が混じっていた。罵り合いの真っ最中だった二人は、その矛先を同時に春明へと向ける。


「確かに囚人服だがよぉ、てめーさっきオレらと同じ“外で拉致られた”っつってたよな? 嘘ついてたのか、あぁ?」


 見た目の良さに反し、丸坊主の頭にグレー単色で飾りっ気のない衣服。その不自然さに気付くべきだっただろう。春明の姿はまさに受刑者そのものである。また先程の「外で何者かに襲われた」という話が虚偽ということになる。この状況で嘘をつくなど信用ならない。守の怒りはごもっともだ。


「あなた外国人よね? 刑務所に入っているのはどういう了見かしら?」


 外国人だとしても、日本国内で犯罪を犯せば日本の刑務所に入れられる。しかし問題は、余所よその国に来てまで犯罪に手を染めていることだ。真面目一筋の玲美亜からしたら憤慨ふんがいものだろう。



「ええ。少し悪いことしたですから。それに刑務所で襲われるした言ったら、驚く仕方ない思ったですよ」

「当たり前だろーが、ボケコラ」

「信じられない! 日本に来てまで犯罪するとか、あなたみたいな人がいるから治安が悪くなるのよ!」


 今度は春明に対するバッシング祭りだ。

 これに関してはさすがに擁護ようご出来ない。嘘を吐いたのもそうだが、罪を犯したと確定しているのが大き過ぎる。デスゲームのルールであろう一文に則るのなら、椅子に座ってもらうしかないだろう。


「この喧嘩、ま、まだ続きそうか?」


 後ろにいる織兵衛が辟易へきえきしたように聞いてくる。


「個人的には止めたいんですけど、どうにもちょっと」


 守は暴力的なので殴られかねないし、玲美亜にはかばってもらった恩がある。おかげでどうにも止めづらい。現状、手をこまねいて見ているしかなかった。


「じゃあちょっと、こ、ここに座らせてもらうよ。歳のせいか、どうも膝、膝が悪くてね」

「ええ、どうぞ……――って」


 見た目からして織兵衛はお年寄りだ、長時間立ちっぱなしは辛いだろう。と、生返事した直後、血の気がざっと引いた。


「駄目です!」


 叫ぶのと同時に安路は力一杯、腰を下ろそうとしている織兵衛を突き飛ばした。相手が年配なので手加減しよう、なんて配慮する余裕なんて皆無。

 この椅子に座らせちゃいけない。座ったら最後だ、絶対に阻止しないと。

 その一心だった。

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