朝多安路 3


「店舗は全部で六つ、中央の部屋を囲むように並んでいるわ」


 恵流曰く、敷地面積は大雑把に二万五千から三万平米ほどで、地方の商業施設と同程度の広さ。椅子の部屋を中心にぐるりと囲む通路が敷かれており、その外周に六種類の店舗があるらしい。時計に見立てて門がある方向を十二時とすると、一時から三時にかけて書店、三時から五時にかけて衣料品店、五時から七時にかけてゲームセンター、八時の位置にペットショップ、九時から十一時にかけてフードコート、そして十二時の場所に歯科医院が並んでいる。また門の丁度裏側、歯科医院の真向かいにはトイレが設置。窓が一切ないため地下施設ではないか、というのが現実的な推測だが、肝心の地上へ続く通路はない。外と行き来する方法が最初から存在しないのだ。


「それでね、ゲームセンターが動いていたんだよ」


 興奮で鼻息をふんふん鳴らして話すのは明日香だ。

 自分達以外誰もいないというのにゲームセンターは絶賛稼働中。UFOキャッチャーやシューティングゲームなど、各種筐体きょうたいが賑やかに明滅していたそうだ。因みにプレイ料金は無料らしく、何度でも遊べる親切設計とのこと。財布を取り上げられた七人に対する気遣いだろうか。


「でも利用した形跡はなかったわ」


 気になるのは玲美亜の証言だった。彼女の話では、ショッピングモール内の施設はどこも異常な綺麗さを誇り、出来たてほやほやの新品にしか見えなかったそうだ。客の往来があれば自然と床や壁に傷や汚れがつくのが常。それが全く見当たらない。人の息遣いが感じられない不気味さがあるという。

 商業施設としてあり得ない構造、そして不自然に新しい内装。これらから推測出来るのは、ここは既存の建造物を流用した場所ではないということ。恐らくこのショッピングモールは特注の施設、この催しのためだけに作られた場所ではないだろうか。

 何の接点もない七人を同時に誘拐した上に専用施設まで建造するとは。主催者達の財力と行動力は計り知れない。かなりの大人数が動いている、一介の動画投稿者の規模ではないだろう。テレビ番組の大型企画レベルだろうか、だとしてもやり方が倫理的に問題ありで余計にあり得ない。昭和のテレビでもここまで一般人を巻き込むような企画はしないだろう。


「しっかりとしたお膳立ぜんだて。ますますデスゲームらしくなってきたわ」


 最初にその可能性を指摘した恵流は一層の自信を誇っている様子。腕を組み鼻を高くしている。謎の催しに集められた参加者の中では最年少なのだが、その立ち振る舞いは誰よりも尊大だ。


「だから、そんなの非現実的だって言っているでしょ!」


 偉そうな態度が気に入らなかったのか、玲美亜がヒステリックに詰め寄る。年下のくせに、とかんに障ったのだろうか。気持ちはわからないでもない。

 一方の恵流は姿勢を一切崩さず、大人相手に毅然きぜんと言い返す。


「おばさんも見たでしょ。ここは普通の商業施設じゃない。私達に何らかのゲームをさせるため、わざわざ用意された場所なんだから」

「おばさんって、まだ三十代よ。それから、フィクションと現実を混同するなんて、未熟な若者の悪い癖じゃない!」


 年の差の口喧嘩くちげんか勃発ぼっぱつだ。理路整然と話そうとする恵流に対して感情的な玲美亜。その間に挟まれた明日香は一つ溜息をつき、


「そう言うけどさぁ、誘拐と監禁している時点で犯罪なんだし、デスゲームに参加させられたって方が納得いかない?」


 恵流の肩を持って助け船を出す。

 明日香の言う通り、これはれっきとした犯罪だ。どう現実的に状況を読み解こうとしてもそれだけは覆らない。


「お、大人ならもっとマシな可能性を考えなさいよ」

「じゃあ玲美亜さんはどう思うんですかぁ? あたし達が納得出来る、大人な答えを聞かせてほしいですけど」

「う、それは……」


 玲美亜は逆に責められてしまい、答えにきゅうしている。相手の意見は否定するものの、自分の意見はキチンと定まっていないらしい。ばつが悪そうにあさっての方向に視線を逸らしている。

 現実が認められない玲美亜の気持ちは理解できる。突然日常から切り離されると、人はまず否定することから始めるものだ。例えば病気や怪我も同じ。自分の身に起きた事実を受け止められず、あれこれ理由をつけて逃避しがちなのだ。安路にもその経験がある。

 だが、どちらかと言うと恵流と明日香の意見に賛成の立場だ。金銭目的の誘拐なら人質である自分達の自由を封じるのが定石。門や椅子、腕にはめられた手錠と動物のフィギュアなど、建築したての施設含めて大仰な舞台を用意する必要もない。

 現実離れしているものの、デスゲームの類いに巻き込まれたとするのが一番あり得るのかもしれない。とはいえ、デスゲームを模しただけのドッキリ企画、という線も捨てきれないのだが。もしそうなら苦情殺到は免れないだろう。

 とにかく、今一番大切なのはこれからどうするか。デスゲームのプレイヤーにさせられたとして、自分達はどう立ち回るのが良いか。それを考えるのが先決だろう。

 だが、思案を巡らせるより早く、


「オイオイ、オレ達マジで閉じ込められたのかよ?」


 彼女達の報告を聞いて、守が舌打ち混じりで突っ掛かってきた。


「見たかんじはね。デスゲームといえば、逃走不可能の閉鎖された会場はつきものでしょ」

「てめーの常識は知らねぇンだよ。ちゃんと出口がないか、隠し扉とか抜け道とか探したのか?」

「三人がかりで見て回ってこの結果なんだから、ないってことでしょうね」

「あぁン!? ざっけンなよ、クソッ!」


 苛立ちを一切隠さず、守はくず鉄の椅子を思い切り蹴りつける。ガシャリ、と金属のきしむ音がするも、意外と丈夫なのか壊れない。

 柄の悪い行為を前にしても、恵流は冷静沈着で腕を組んだままの姿勢。まだ高校生なのに肝が据わっている。素直に凄いと感心してしまう。しかし同時にその危なっかしさに気を揉んでしまう。守は見ての通り短気、若かりし頃は不良で喧嘩三昧ざんまいだったと思われる男だ。いつ神経がぷっつり切れて拳を振り上げるともわからない。

 このまま傍観していては駄目だめだ。

 争いの火種を放置するのは自分の正義に反する。

 安路はひざをパンッと叩き自身を奮い立たせると、意を決してふたりの間に割って入った。


「お、落ち着いて下さい。彼女にあたってもしょうがないですよ」


 これが本物のデスゲーム、もしくはそれを模したドッキリだとするなら、巻き込まれた者同士協力し合う必要がある。

 お互いの持つ知識や技術を組み合わせて脱出の方法を探る。映画や小説などの創作物でもそれがセオリー。いがみ合いの喧嘩腰ばかりでは前に進めないのだ。


「だったらてめーならどうにか出来るってのか、オイ?」

「そ、それは、えっと」


 急に言われても困ってしまう。

 ここが地球のどこに位置して、何を目的としたゲームなのか。そしてゲームのクリア条件や脱出方法について、考えないといけないことは山積みなのだ。せっかちな性格なのはわかるが、なんでもかんでも魔法のようにすぐ出来ると思わないでほしい。何事も地道な努力の積み重ねなのだから。

 もっとも、ひとつだけなら心当たりがある。脱出に直結するであろう、それらしきヒントの所在については。

 安路は首をくっと傾けて、門の上に位置するモニターを注視する。


「“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”……この文の謎を解く必要があると思います」


 参加者全員の名前と動物のマークが記された下にある一文。意味深に表示されたそれこそ、謎のデスゲームをひも解く解決の糸口になるのではないだろうか。

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