朝多安路 2


「僕は朝多安路。二十五歳で職業は……訳あって無職です」


 安路は率先して名乗る。

 言い出した者がまず手本を見せなくては。先が見通せない状況下で皆気が立っているのだ、冷静に話し合える空気を作ろう。

 その思いを汲み取ってくれたのか、他の者も後に続いて自己紹介を始めてくれる。


「私は漆原うるしはら恵流える。見ての通り高校生よ」


 少女――恵流はスカートの端を摘まむとひらひらと優雅に扇ぐ。

 眉毛で切り揃えられた前髪、そこから覗く大きな瞳がぱっちりと可愛らしい。紺色の制服に包まれている体は華奢きゃしゃで、肉付きの足りない細い手足は簡単に折れてしまいそうだ。


「あン、オレか? 満茂みつしげまもるだ」


 中年男性――守は顔をしかめて答えた。

 根元が黒くなりかけた金髪はヘアワックスで固められており、剣山のように上を向いてとがっている。両耳で輝くのは髑髏どくろモチーフのシルバーピアス。工事現場用の作業服で隠れているが、腹回りは年相応に肥えているようだ。


「えっとあたしはぁ、申出もうしで明日香あすかっていいまーす」


 若い女性――明日香は場にそぐわない明るさで名乗る。

 桃色ツインテールの髪が異質で目立つが、顔に施された化粧も濃いめで独特。首から下はヘソ出しとミニスカートで肌の露出面積が広く、豊満な胸と肥沃ひよくな尻をこれでもかと強調。ハイヒールのパンプスも目を引くポイントになっている。


「ワタシ、日本の名前は瀬部せぶ春明はるあきです」


 高身長の男性――春明は丁寧ていねいにぺこりとお辞儀をする。

 彫りが深く高い鼻がくっきりとした美男だが、頭は坊主刈ぼうずがりで無精髭ぶしょうひげが生えているのが実にアンバランス。筋肉質でガタイの良い体が特徴的で、グレーの襟付きシャツがぱつぱつに張っている。


丹波たんば玲美亜れみあよ」


 中年女性――玲美亜はツンとそっぽ向いたまま言う。

 黒髪を後ろで縛りひっつめにしているせいか、つり目がちで不機嫌そうな顔立ちだ。化粧も薄めで飾りっ気がなく、痩せた体は落ち着いた色合いの服装。シックなロングスカートで素肌を隠している。


「オ、オレは笛御ふえご織兵衛おりべえってんだ。へへ、へへへ」


 高齢男性――織兵衛は震える手を誤魔化ごまかすように愛想笑いを漏らしている。

 生え際が後退した頭は白髪交じりで乱れ気味。目元は皺だらけで髭も伸ばしっぱなし。でっぷりとした腹を支えるシャツは伸びきっており、だらしなさと汚らしさが両立した見た目をしていた。


 予想通りだが、彼らの名前とモニターに映る名前は同一。もちろん、その隣に記された動物マークと、各々の手錠に付随する動物フィギュアの種類も一致していた。

 モニターに表示された順番通りに並べると以下のようになる。


 へび――丹波玲美亜。

 蜘蛛くも――満茂守。

 はえ――瀬部春明。

 蝸牛かたつむり――笛御織兵衛。

 おおかみ――朝多安路。

 蝙蝠こうもり――漆原恵流。

 さそり――申出明日香。


 続けて、この場所に連れてこられるまでについて、互いに知っていることを話し合った。すると安路以外の全員が「外で何者かに襲われて、気が付いたらここで目が覚めた」という旨の証言をした。都内や地方だったり朝や夜だったりと、場所や時間は異なっているものの、おおよその状況は同じ。眠っている間に拉致らちされたのは安路だけらしい。


「何で僕だけ……それにどうして僕達は集められたんだ?」


 年齢や性別、住んでいる場所もバラバラだ。共通点があるとは思えない。襲って拉致した何者か――デスゲームかドッキリの主催者が無差別に選んだ結果なのか。

 だとしてもおかしい。他の人はまだしも、安路は入院中の患者だ。勝手に連れ出すなんて担当医師が認めるはずがない。病院側がこの件を知らないとしたら今頃大騒ぎだ。何せ毎日投薬しなければいけない身、一日どこか行っただけで大問題なのだ。ただの患者が何故なぜ拉致されないといけないのか、理由が全くわからない。


「理由なんてどーでもいいだろ。それよりもこっからどう出るかじゃねーか?」


 ギロリと守がにらみつけてくる。凶暴そうな瞳に体がびくりと震えてしまう。心臓を鷲掴わしづかみされた気分だ。年上相手というのもあるが、見た目の怖さで身がすくんでしまう。はっきり言って苦手なタイプである。


「そ、そうですね。じゃあ、まずはこの場所について調べましょう」


 息を深く吐いて鼓動を落ち着かせると、安路は次の提案をする。

 密室と化したショッピングモールからの脱出、そのためには多くの情報が必要不可欠。まだどこもざっと見ただけなので、最優先で施設の特性を知るべきだろう。

 そこで七人は探索を開始。男性四人はコンクリート打ちっ放しの区画を、女性三人は出入り口の外へと分担した。


「仕掛けなんて、ど、どこにもないぞ?」


 織兵衛はぺたぺたとてのひらをあてて壁を探っている。脱出を目的としたゲームと仮定するとカラクリ屋敷のような仕組みがあるかもしれない、という安路の意見を受けての行動だ。しかし壁は真っ平らなだけ。ひんやりとした感触が伝わってくるばかりで、これといった特異性は見つからない。


「ああ、駄目だっ。全然開かねぇじゃねーか、コラッ!」

「どうも鍵がかかるしているらしいですね」


 固く閉ざされた門と格闘しているのは守と春明だ。体格の良い男性ふたりでドアノブを引っ張るも、観音開きのはずの扉はびくともしない。では押してみたらどうかと体当たりをしたものの、こちらも空振りでさっぱり開かない。叩いた感触から相当ぶ厚い扉らしい。全員で力を合わせても開きそうにないだろう。


「一番怪しいのはこの椅子、だよな」


 安路が調べようとしているのは、室内に備え付けられた六脚の椅子だ。長方形を二つ組み合わせただけの簡素な構造に見えるが、無数の鉄片を繋げて形作られており、ぱっと見レリーフが刻まれているかと錯覚する。錆びた金属で構成されたそれらは、各所が角張り尖っていて座り心地はとても悪そう。拷問器具の一種かと見紛うデザイン。座るだけの用途ならこんな構造にはしないだろう。それに、人数分用意されていないのも気になる。何らかの仕掛けがあると考えた方が良いかもしれない。下部が床に埋まっているせいで移動不可能なことも相まって怪しさ満天だ。

 ごくり、とつばを飲み込む。

 椅子の表面に恐る恐る指先を這わせてみる。金属製なので硬くて冷たい。錆びのせいで手触りはザラザラと不快だ。ねじやビス留めがあちこち目立っており、ジャンク品の継ぎ接ぎのような表面は複雑に入り組んでいる。不用意に奥を探れば手が抜けなくなりそうだ。下手すると怪我けが、指先が切断されてもおかしくない。

 ただ触るだけなら大丈夫らしいが、深追いはやめた方がいいだろう。安路はほどほどで切り上げて、別の場所を調べてみようと思った。丁度ちょうどそこでタイミング良く、店舗を確認しに行っていた女性グループが戻ってくる。


「一周見て回ってきたんだけど、知らない店がいくつも並んでいたわ」

田舎いなか特有のしょぼい商業施設ってかんじだったけどね」

「やっぱり人はいないみたいよ」


 恵流、明日香、玲美亜が口々に報告してくれる。

 ここは地方のどこかにあるショッピングモールなのだろうか。しかし不可思議な点がいくつもあるそうだ。

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