第一章:LABYRINTH

朝多安路


 ――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ


 けたたましいベルの音が鼓膜を激しく揺らしている。

 気怠けだるげに体を起こし、微睡まどろみで水彩画のようにぼやける視界の中、何が鳴っているのかその発生源を探す。目覚まし時計に近い音だがセットした覚えはない。かける習慣もない。

 そもそもここはどこだ。

 自分が寝ていたのは冷たい床の上、しかも全く見覚えがない部屋である。

 節電中のように薄暗い、一辺が五メートル弱の四角い空間。コンクリート打ちっ放しの無骨な内装で、びた金属製の椅子が左右の壁際に三脚ずつ。合わせて六脚が等間隔に置かれている。前方に構えられているのは鉄色くろがねいろの大きな門、こちらも金属製だが目立った錆びはない。そして門の上には大きなモニターとスピーカーが設置されている。耳障りな音はそこから流れているらしい。


「なんなんだ、ここは」


 困惑の表情を浮かべる患者衣姿の青年――朝多あさた安路あんじは、立ち上がろうとして体の違和感に気付く。

 左手首にだけ手錠がかけられている。本来であれば両手の自由を奪うはずのそれが片側にだけ。しかも鎖は千切れてもう一方の輪っかがなく、その代わりにおおかみを模したフィギュアが吊る下がっている。

 状況が全く飲み込めない。

 いつも通り消灯時間に就寝、病院のベッドで寝ていたはずなのに。外に出た記憶がないのに。勝手にスニーカーを履かされて、見知らぬ部屋に放置されているのだ。追い立てるようなベルの音も相まり、パニックで叫び出したい寸前だった。


「……んぅ」


 背後で可愛らしい声がする。

 振り返ると一人の少女がやおら体を起こしている。紺色の制服に身を包む、真っ直ぐ長い茶髪が美しい娘だ。切り揃えられた前髪が、どことなく真面目で清楚なイメージを醸し出している。

 否、そこにいるのは彼女だけではない。

 作業服を着る中年男性、桃色に髪を染めた若い女性、高身長で彫りの深い男性、ひっつめ頭の中年女性、ボロボロに汚れた服の高齢男性。

 老若男女、多種多様な人が目を覚ましていく。その七人の誰もが左腕に手錠をかけられており、それぞれ違うフィギュアがぶら下がっている。


「僕は病院にいたはず、なのにどうして」


 周囲の景色はどう見ても病室ではない。それどころか病院ですらない。検査で連れてこられた場所の可能性もゼロではないが、かけられた手錠や床に転がす意味、そして他の人がいる説明がつかないだろう。

 幸いここは密室ではないらしい。モニターと門の正反対には出入り口がぽっかり開いており、四角い光を室内に投げかけている。だが、それなら大仰な門を用意する理由はあるのか。ひたすらに疑問ばかりが先行してしまう。

 誰かこの状況を教えてほしい。

 その願いが通じたのか、それともただの偶然か。鳴り続けていたベルがようやく止んで、モニターが何かを映し始める。


「動物と虫……?」


 目に飛び込んできたのは、生き物を模した七つのマークだった。縦一列に並んでおり、上から順番にへび蜘蛛くもはえ蝸牛かたつむり、狼、蝙蝠こうもりさそり。どこかで見たことのなる組み合わせだ。マークの横にはそれぞれ違う人の名前があり、狼の欄には“朝多安路”と記されている。

 そして一番下には、以下の文章があった。


“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”


「ンだよコレは。ざけんなよ、クソがっ!」


 中年男性が苛立いらだちを吐き出して出入り口から飛び出していく。それに続いて他の者も次々と外へ向かう。

 状況はさっぱりだが、早くここから出ないといけない、というのは本能的に察することが出来た。

 安路も遅れて部屋から出る。そして視界の先に拡がる光景に驚愕きょうがくする。


「ここは……」


 ショッピングモールだ。何の変哲もない、普通の店舗が整然と並んでいるだけの場所。ただ妙なのは自分達以外誰もいないこと。照明は煌々こうこうと施設内を照らしているのに、客はおろかスタッフが一人もいないのだ。

 早足で施設内を見て回る。店の中、通路の先、やはり人影はない。隠れている様子もない。

 そこで更なるおかしさに気付く。

 通路のどれもが外部に繋がっていない。別の階に移動する手段、エスカレーターやエレベーターどころか階段すら存在しない。加えて窓が一枚もない。

 異様な間取り、真っ当な建物ではなさそうだ。


「畜生、出られねーぞ。ここはどこだってンだ」

「スマホもなくなってるしぃ、全然わかんないんだけどー」

「オレのもねーぞ。しかも財布も煙草たばこもだよ、ああクソ」


 最初に目覚めた部屋――椅子とモニターが設置された場所へ戻ると、一足先に帰ってきた人達で話をしている。中年男性と若い女性の会話を聞く限り、どうやら持ち物が紛失しているらしい。安路はその類いの物を身につけていないので気付かなかった。


「公衆電話すらないわ。外部に連絡も出来なさそうね」

「へへへ。い、今の時代、そんなもんないわな」


 中年女性と高齢男性もやってきた。

 徐々に判明していく情報を照らし合わせると、外への道も連絡手段もない場所に閉じ込められてしまった――つまり、自分達は何者かに監禁されたことになるだろう。

 そんな馬鹿ばかな。まるでサスペンス映画の設定みたいじゃないか。そう否定したいのだが、こうして現実に起きてしまっている。受け入れるしかない。


「まるで……デスゲームみたいね」


 気になる単語をつぶやいたのは制服姿の少女だ。手錠の先で蝙蝠のフィギュアが微かに揺れている。


「デス……それは何ですでしょうか?」


 片言の日本語で高身長の男性が聞いてくる。彫りの深い顔も踏まえて外国人だろうか。


「デスゲーム、命を賭けたゲームって意味。ホラーの一ジャンルね。突然連れ去られて、変な場所で目を覚ますってシチュエーションがそっくりよ」

「あー、そういえば昔流行はやったよねそのジャンル。あたしもそういう本読んでいたなー」


 若い女性がうんうんと頷いている。桃色に染めた髪もさることながら、それ以上にヘソ出しミニスカートのファッションが目を引く。


「それはフィクションの話でしょう? あり得ないわ」

「ゲームって、ピ、ピコピコか? 若いのがや、やるやつで、ただの遊びじゃ、ない、ないのか」


 否定的な意見も出てくる。

 眉間みけんしわを寄せて反論するのは中年女性だ。ひっつめ頭と合わさり顔が更に険しくなっている。高齢男性の方は酔っ払っているせいか、ろれつが回っておらず聞き取りにくい。ピコピコという表現にどことなく古臭さを覚えてしまう。


「だけどよぉ、実際この状況をどう説明するんだよ」


 中年男性が機嫌悪そうに口を挟んでくる。鋭い目つきとプリンのような色合いの金髪、そのどちらも柄の悪さを引き立てており近寄りがたい。


「可能性を考えただけよ。でも、それが一番あり得そうでしょ」

「あたしもそれに一票かなー」

「デスゲーム、あり得そう思います」


 制服姿の少女の主張に、若い女性と外国人の男性が賛同する。


「この現代日本で、大掛かりで馬鹿げた犯罪をする人なんていないはずだわ」

「こ、ここ、これだから若いのは。寝言は、ね、寝てから言えってんだ」

「オイコラ。ギャーギャーうるせーンだよ、てめーら」


 対して中年女性と高齢男性は認められずに真っ向から否定。中年男性は中立の立場らしいが激しく苛立っている。

 一触即発の空気だ。

 

「あ、あの!」


 そこで耐えきれず安路はいさかいに割って入る。少し声が裏返ってしまった。大人数の前で発言するのが久しぶりだったせいだろう。


「と、とりあえず、自己紹介しませんか?」


 咳払せきばらいをしてから、安路は一つ提案をする。

 憶測でいがみ合うのは愚の骨頂だ。

 少女が言う通りデスゲームに巻き込まれたのかもしれないし、はた迷惑なテレビ番組か動画配信者のドッキリ企画に参加させられただけかもしれない。

 まずは落ち着いて、何が起きているのか整理しなくては。

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