第9話 市立動植物園にて、その後
――結局昨日は、写真を確認せずに終わってしまったからなあ。
週末が明けて、月曜日。この日最後の授業が終わった後、僕は撮った写真を見返そうと、部室へ向かった。
「失礼します」
「やあ時永君、土曜日はお疲れ様。何かあったかな?」
靴を脱いで部室へ入ると、旭部長が机で課題に取り掛かっていた。
「はい、土曜日の写真を、家で見られていなくて。折角なので、部室のパソコンで見られたらと思いまして」
僕の部屋にあるのは、高校の時から使っている、少し古いノートパソコン。インターネットで調べ物をする分には良かったが、モニターは小さく発色も汚くて、あまりそれで写真を見る気にはならなかった。
「私の隣、空いてるから使っても大丈夫だよ!」
声のした方を見ると、杁中先輩がパソコンに向き合っていた。
「すみません、ではお言葉に甘えさせて頂きます。杁中先輩は、何をなさっているのですか?」
杁中先輩の隣の椅子に腰掛けて、隣の画面を覗き込んでみる。画面には簡潔に綴られた文章と、数枚の写真——新歓の時、他の新入生達が撮ったモノだろうか――が載った、作成途中のブログ記事が表示されていた。
「"千景"……すみません、このブログは何でしょうか?」
「うちの写真部のブログね。大きなイベントの記事は、副部長が書く事になってて、その途中よ」
杁中先輩の返事に、そうなんですねと相槌を打つと、旭部長が後ろから冊子を幾つか手に、僕達の方へやって来た。
「元々は、機関誌"
僕は差し出された"万景"を手に取り、ぱらぱらとページを捲ってみる。旭部長の話では、部主催でのイベントで部員達が撮った写真を、選りすぐって載せているのだという。"新歓"、"夏合宿"、"遠足"——沢山の行事の、何十枚・何百枚もの写真が、紙面を埋め尽くさんばかりに載っていた。流し読みのつもりがつい見入ってしまい、1冊読み終わる頃には、僕は旅行へ出かけた後の様な気分になっていた。
「物凄いボリュームですね……」
「そう思うだろう?これでも、載せ切れなかった写真が山のようにある。それに、今回の新歓での新入生達の写真も、載せる場所が用意出来なかった」
「そこで、そういう写真を公開出来る場所として作ったのが、ブログ"千景"よ。最初は、本当に"万景"の補完の意味合いが強かったんだけど、個人で連載記事を始める人が出たり、イベントの告知や結果を載せ始めたり、今は色々やっているの。……よし、完成!」
遂に記事が書き上がったらしく、杁中先輩のキーボードを叩く手が止まる。そして、一つ大きな伸びをした。その表情は、すっきりとしていた。
「タクマー、出来た記事はもう投稿したから、後で確認お願いね?」
「ああ、確認しておくよ。お疲れ様」
部屋の中央、テーブルの横に身体を横たえる杁中先輩に労いの言葉を掛けると、入れ替わりで旭部長が僕の隣に座る。杁中先輩の記事に目を通している旭部長を横目に、僕は撮った写真の確認を始めた。
――しかし、撮った時は良く撮れていたつもりでも、後から見返すと……
自分の写真を見ていると、何が撮りたかったのか解らない物が、何枚も出てくる。動物を写したものであれば、まだいい。ただ、花畑や桜並木を撮った写真達は、どれもこれも中途半端な画に見えて仕方がなかった。
――これも、何だかなあ。
桜の花に、蜜を吸いにきた小鳥。忙しなく飛び回っては蜜を吸う、その仕草と愛おしさに見とれ、何度もシャッターを切ったはいいが、肝心の顔が他の物で隠れていたり、ピントが外れてしまっていたり。ついこの間カメラを触り始めたばかりで、仕方ないところもあるかもしれないが、拭えない素人感が気がになってしまった。
「時永君も、もし気に入った写真があれば、それを使って記事を書いてみて欲しいんだけれども、どうだい?」
旭部長が、そう声を掛けてくれたのだが、そんな"良い"写真は撮れていない。
「すみませんが、先輩方の期待にはまだ、応えられそうにありません……まだ勉強が足りないみたいです」
「そうかな?ちょっとごめんね」
旭部長は身を乗り出すと、僕の写真の入ったフォルダをさっと眺める。左右へ上下へ、素早く動かす目線が、ある一枚の上で止まった。
「……これなんか、面白いんじゃないかな?」
それは、大きな欠伸をするライオンが撮られた物だった。
――この写真を撮った直後、項垂れた所を杁中先輩に撮られたんだったっけ。
その時の様子が、脳裏に浮かぶ。
「いえ、これは僕が本当に撮りたかったものでは――」
「いや、インパクトがある、良い一枚だよ」
画面から目を逸らすと、こちらを見ていた旭部長と目が合う。穏やかな、しかし真剣な顔で、旭部長は続ける。
「たとえ偶然だとしても、そのチャンスをモノに出来たのは凄い事だよ。」
自分の中では、失敗で片付けていたこの1枚。ただ、ここまで言われると、これでも良かったのかなと思えてきた。
「ありがとうございます。ですが、ブログの方は、またの機会にさせて下さい……今日は、そろそろ失礼します。ありがとうございました!」
少し緩みそうになる口元を引き締めつつ、開いたままだったフォルダを閉じ、僕は席を立った。
――今日の課題を終わらせたら、さっきの写真、どうするか考えよう。
少し軽い足取りで、僕はアパートへ歩き出した。
『サークル楽しい!』
『今日もうちのワンちゃん可愛いなあ……』
その夜、課題を終えた僕は、ぼんやりとSNSを眺めていた。高校の同期達の投稿が、写真付きで流れている。
――
僕はページを繰る手を止め、少し考えた後に、検索窓に" #一眼レフ初心者"と打ち込んでみた。色々な人の撮った写真達が、画面に映し出される。時には、その写真にコメントが付いている。
――もしかしたら、この人達みたいに、色々とアドバイスが貰えはしないだろうか……うん、それなら。
そう決めた僕は、例のライオンの写真を引っ張り出すと、投稿の準備に取り掛かった。どういう反応があるのか、期待半分、不安半分で。
撮りたい物は、 @ricebird1009
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。撮りたい物は、の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます