第8話 市立動植物園にて その4

「——さて、時永君・千草君はこの後どうする?」 

 動物園前駅の改札口まで戻ってきた所で、新歓は終了。新入生達の殆どは既に地下鉄に乗り込んで行き、残っているのは3年生の先輩方と千草君、それから僕だけになっていた。旭部長の問い掛けに、先に口を開いたのは千草君だ。

「特に考えてはおりませんが……まだ、ご飯には早いですね」

彼は、5時前を示している改札の時計に目を遣って言う。

「私も、特に考えていませんが……先輩方は、どこかへ行かれるご予定でした?」

旭部長の方を見て、僕は尋ねてみる。

「僕達は部室に行って、今日皆が撮った写真を整理しようと思う。時永君達も、一緒に来るかい?」

「はい!」

「そうします!」

千草君と僕は二つ返事で、先輩方と大学へ向かう事にした。


 「あ、お帰りなさい先輩方。今日撮れた写真、是非見て欲しいんですが!」

部室で僕達新歓組を出迎えてくれたのは、神妙な面持ちでパソコンのモニターを見つめる佳音先輩と、満面の笑みでこちらを見ている信濃先輩だった。

「うーん、私はもう少し遅めにシャッター切ると思う。この空間が気になるわ」

モニターを見ていた佳音先輩が、その右側を手で指し示して言う。モニターに映っていたのは、青空の下、一直線に伸びる線路を駆ける列車。ただ佳音先輩の言うように、列車の進行方向、右側の空間に余裕があり過ぎるようにも見えた。

「そっかあ……カノンちゃん、厳しいなあ」

がっくりと項垂れる信濃先輩。小さく笑いそうになるのを堪えて、僕達は先輩方と部室の中へと入る。

「信濃君、佳音ちゃん、パソコンを使わせてもらっても大丈夫かな?新入生君達の写真を、まずは取り込みたいんだ」

「わかりました」

「了解です!」

二人は写真の確認を一旦止めて、旭部長達に席を譲った。席に着いた旭部長と杁中先輩は、貸し出し用のカメラからSDカードを抜き取って、パソコンのスロットヘ差し入れる。新入生達が撮った沢山の動物達、花々の写真が、フォルダへ分けて保存されていく。

「後で、時永君達も写真の保存をお願いしてもいいかな?イベントの時の写真は、皆で共有する決まりなんだ」

「他の人が撮った写真を見るのは、勉強にもなるしね」

旭部長と杁中先輩はそう僕達に言うと、差さっていたカードをスロットから取り外し、続いて先輩方自身の写真をパソコンへ移し始めた。他の3年生の先輩方と僕達も、それに続いてデータを写していく。

 無事に全員分のデータが保存された所で、

「桜山さん、鶴間さん、先に写真の確認されますか?」

旭部長が、他の3年生の先輩方に席を譲ろうとするが。

「僕達は家で確認するから大丈夫、それよりもタクマーとミズキこそ、先に見たほうがいいんじゃないか?今年の新入生達、かなり沢山撮ってたし」

そう言う桜山先輩と、無言で頷く鶴間先輩。旭先輩は少し考えて、

「……それもそうだね、先に確認させてもらうよ」

そう言うとモニターへ向き直って、写真の確認を始めた。

「私はそろそろご飯食べたいな。皆はどう?」

少し疲れを帯びた声で、杁中先輩は言った。

「私は、遠慮しておきます」

小さな声で、佳音先輩が言う。

「折角だから、千草君と時永君、何か食べに行こうよ」

桜山先輩は既に靴を履いて、僕らを手招きしている。その後ろには、同様に準備を終えて僕達を見ている鶴間さんがいた。

「あ、僕も付いてきます」

最後に、慌てて立ち上がる信濃先輩。6人で、大学の近くのファミリーレストランに向かった。


――このまま帰ろうか、どうしようか。

先輩方と食事を摂った後は、現地解散となった。3年生の先輩方と千草君は買い物をしてして帰ると言って、スーパーの方へ歩いて行った。

「私は部室に戻るわ。写真の確認、まだ途中だと思うから」

「僕も付いてきます」

杁中先輩と信濃先輩は、一度部室へ戻るらしい。

「でしたら、私もご一緒します」

3人で、再び部室へと歩き出す。


 階段を登る足音が、静まり返った部室棟に響く。昼間は様々な部活動の学生達で賑わうこの建物も、土曜日の夜ともなればしんと静まり返っている。いよいよ3階へ差し掛かろうという時、話し声が聞こえてきた。

「——そうだね、ただ僕は――」

「——はい、でも私は――」

旭部長と、佳音先輩の声がした。旭部長の声は、いつもと大差無いような気がするのだが。

――カノン先輩、あんなにはっきり話すなんて。

小さくて優しくて、微風にさえ搔き消されてしまいそうな。そんな声の印象が強かった佳音先輩。

「カノンちゃん、アツくなってるねえー」

小声で信濃先輩が言う。ただ、今は声が単に大きいだけでなく、いつに無く芯があるように、僕は感じる。

――コン、コン、コン。

「タクマー、佳音ちゃん、入るよ?」

杁中先輩が部室の扉をノックし、中へ入る。信濃先輩、僕がそれに続いて入ると、旭部長と佳音先輩がモニターの写真を見ながら話をしている所だった。2枚の写真は、どちらも先輩方のモノだろうか。桜のトンネルと、煉瓦調の遊歩道が写る、春らしい写真。しかし入っている要素は同じだが、受ける印象は別だ。ただその正体を、僕は上手く言葉に出来なかった。

「ああ、ミズキ達か、お帰り。新入生君達の分はひとまず見てあるよ、絞り込みは終わっているから、後はミズキが好きな写真を使って欲しい。それで、今は僕達の写真を見ていた所なんだけど」

旭部長は、僕達と佳音先輩、それからモニターを変わるがわる見ながら続ける。

「この2枚、どちらも僕が撮ったんだ。それで、どちらか1枚を選ぼうとした所で、僕と佳音ちゃんで意見が割れて、議論になっていたら、君達3人が戻ってきたんだ」

そこまで言い終えると、旭部長は佳音先輩に向き直り、議論に戻った。

――駄目だ、何を話しているのか分からない。

時折出てくる専門用語が、僕の頭を通り過ぎていく。隣で聞いている信濃先輩は、僕と同じく余り話が入って来ないのか、ずっと首を傾げている。難しい顔で話を聞く杁中先輩は、内容は分かっていそうだったが、何か尋ねても良さそうな雰囲気では無く、僕はただ黙っているしか無かった。

――あの輪の中に、入っていけたら良かったのにな。

旭部長と意見を交わす佳音先輩の表情は、とても楽しそうで。話に入れない事が、悔しくて仕方がなかった。

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