いや、君たちはニセモノだから。我こそが真の「5分で解決探偵」

高村 樹

我こそは5分で解決探偵

我が名は5分で解決探偵。


えっ、名前じゃないだろうって?

違う、違う。そうじゃない。

通称とかじゃなくて、本名が「5分で解決探偵」なんだよ。

姓名とか何もなし。ただ、唯一与えられた名前がそれなのさ。


俺は、応募要項の条件に苦しんだ無能なる創造神TAKAMURAが生み出した生命体だ。


この通り、見た目は五十代前半の成人男性に見えるかもしれないが、厳密な意味で、俺は普通の人間じゃない。

普通の人間にはない、とある制約を生まれながらに持っているんだ。


5分以内に謎を解決しなければ死ぬ。


そう俺は本当の意味で「5分で解決探偵」なのさ。

他の自称「5分で解決探偵」どもと一緒にされては困る。


あいつらは、5分と言いながら、5分以上かかっている。

中には時間すら計ってないやつまでいやがる。

謎が発生したら、その瞬間からジャスト5分だ。

なのに何日もかかって事件解決して、「え? 読むのにかかる時間が5分でしょ? 」なんてとぼけたこと言ってやがる。

そうじゃないだろう。

読む時間は人それぞれだし、速読マスターしてる人なんか5分あったら相当読めるぞ。


ぬるい。ぬるすぎるぞ。

俺以外の「5分で解決探偵」はみんなニセモノだって言っても過言ではない。

俺なんか、謎が発生して5分以内に解決しなければ死んでしまうのに。



「5分で解決探偵」は、家具も何もない6畳の洋間で生まれた。

窓と一つしかないドアには木の板が打ち付けられて、塞がれており、床は板張りで、室内はがらんとしていた。

所有物は設定済みのスマホと充電器。あとは工具箱だけ。

テレビも冷蔵庫もない。

気が付いた時には俺はこの部屋にいた。

そして創造神TAKAMURAの「謎が発生したら、5分以内に解け」という言葉を信じ、この部屋に閉じこもり続けていた。


えっ、この部屋の住所はどこかって?


「それは……、ノー! サノバビッチ。謎が発生しちまった。やばい、何とかこの場所の住所を特定しなければ、俺は死ぬ。しぬぅううう」


慌てて辺りを見渡すが、窓は木板でつぶされていて外を見ることは出来ない。


そうだ、スマホだ。


慌ててスマホを取り出し、地図アプリで現在位置を確認する。

どうやらここは埼玉県さいたま市浦和だ。

あぶねえ、セーフ。

読者に殺されるところだったぜ。


探偵が読者に殺されたら本末転倒もいいところだぜ。

俺の推理では、俺はTAKAMURAとかいう無能が書いてる小説に登場する登場人物で、ただの創作物だ。

だが、それを確かめることは不可能だし、俺自身には生きている実感があるから、当然死にたくない。


もう俺は謎が生まれることは何もしない。

この部屋から一歩も外に出ないし、スマホにも触らない。

お前ら、読者の呼び掛けにも一切耳を傾けない。


「5分で解決探偵」は、床にあおむけに転がり、自らの指で耳穴をふさぎ、目を閉じた。


無だ。


無になるのだ。


俺は何も考えないし、疑問も抱かない。


どうだ、創造神TAKAMURA。謎が発生しなければ、俺を殺せないだろ。


この部屋から一歩も出ることなく、何もしない。

物語は動かないし、文字数だって増えない。

3,000文字が苦しくて、遠く感じるだろう。


ざまあ見やがれ。



ドンドンドン。


誰かがドアを叩く音が聞こえた。


「あなた、もう会社に行ってとは言わないわ。お願い。出てきてちょうだい」


女の声だ。俺に女の知り合いなんかいない。

女だけじゃない。知り合いなんか一人もいないはずだ。


「パパー、お願い出てきてよ。ぼくとキャッチボールしてよ」


今度は子供の声だ。


くそっ、指で耳をふさいでるのに聞こえてきてしまう。


このままでは謎が生まれてしまう。


釈迦が悟りを開く修行をしているときに、悪魔や鬼神の誘惑や雑念を振り払ったというが、これは厳しい。どうにも謎が生まれてしまう。


「お前たちは何者だ。なぜ、俺を呼ぶ。俺のことを思うなら静かにしてくれ」


ドアの向こうに向かって、怒鳴り返す。


しまった。また謎が生まれてしまった。

こいつらは本当の悪魔だ。創造神TAKAMURAの手先だ。

俺を殺そうとあの手この手でこの部屋から出そうとしてやがるんだ。


「何言ってるの。あなたの妻の友里子です。私がわからないの?」


「パパ、ぼくは、ともゆきだよ」


はいはい、オーケー、オーケー。

そういうことにしておこう。

妻の友里子に、息子のともゆきだな。

これで謎は解決。また俺を殺しそこなったな。


「奥さん、坊や、そこをどいて。ヤットコでドアをぶち破るから」


なんだと。悪魔がもう一匹いる。

しかもドアをぶち破るだと。

ふざけるな、させてなるものか。


「5分で解決探偵」は飛び起きて、ドアに打ち付けた木の板を押さえる。


まずい。このままではドアがぶち破られてしまう


「やめろ、お前ら。それ以上やるなら、俺は自ら命を絶つ。いいのか」


俺の祈るような叫びに、ドアの向こうが静かになる。


「わかった。落ち着け。もうこれ以上何もしない。馬鹿な考えは捨てるんだ」


ふう、あぶねえ。俺をこの部屋から出す奴は何人たりとも許さねえ。


「なあ、沢木さん。ここから出て俺の話だけでも聞いてはもらえないだろうか」


友里子、ともゆき以外にいるもう一人の悪魔が話しかけてきた。


沢木だと?

なぜ、俺を沢木と呼ぶんだ。


「やめろ、俺のことを沢木と呼ぶな。俺の名前は『5分で解決探偵』だ。沢木じゃない!」


沢木という名前を聞くたびになぜか頭が痛む。

やばい。「なぜ、俺を沢木と呼ぶのか」という謎が顕現してしまっている。

この頭痛は死へのカウントダウンに違いない。


「あなた、そんなに追い詰められてたのね。あなたは『5分で解決探偵』なんかじゃない。私の愛する夫、沢木幸彦よ」


女の悪魔こと、友里子が迫真の演技で訴えかけてくる。

沢木幸彦だと。

嘘だ。俺の記憶の中にそんな名前はないぞ。

だが、5分たつ前にこの事実を受け止めなければ、謎の解決にならず私は死んでしまう。

命には代えられない。

私の名前は沢木幸彦、人呼んで『5分で解決探偵』だということで納得し、解決としよう。


「沢木さん、つらかったね。私は『明日への一歩クリニック』の医師、斎藤だ。そこから出て、一緒に戦おう。現実を見るんだ」


明日への一歩クリニック?

斎藤?

くそっ、こいつら何なんだ。

頭が割れるように痛い。


俺は『5分で解決探偵』じゃなかったのか。

あ、そうだ。

スマホで確認すれば謎は全部解決だ。


スマホを開き、アプリの電話帳を見た。

電話着信とメール着信がガンガン入っているが、謎の発生につながるので無視だ。

必要なところだけ見る。

沢木幸彦、沢木友里子、沢木友幸、全部登録してある。

そして、このスマホの持ち主は沢木幸彦で登録されている。



俺はきっと沢木幸彦という人間で、何らかの理由で記憶を失い、『5分で解決探偵』だと思い込んだ。違うか。

状況証拠からいって、これしか考えられない。


俺は、抵抗をやめ、外にいる斎藤の指示通り、ドアから離れた。

ドアを破壊する音が聞こえ、間もなく扉が開いた。


恐る恐る部屋から出てみると、突然見知らぬ男に羽交い絞めにされた。


「今だ。拘束しろ」


羽交い絞めにしてきた男は、斎藤と名乗っていた声の主だった。

階段を登って、屈強な二人組の男が上がってくる。

男たちは、俺の両手両足をガムテープでぐるぐる巻きにすると、乱暴に階下に引き降ろし始めた。

のけぞり振り返ると少年の首元には違う男がナイフを突きつけていた。

そして、その傍らで友里子と名乗っていたと思われる女が泣き崩れていた。


なぜだ。大人しく言うこと聞いたのに。

この状況は何だ。

痛い。やめろ。


あっという間に階下に降ろされると、目の前には玄関があった。

どうやら先ほどまでいた部屋は、普通の住宅の二階だったらしい。


「手間かけさせやがって、持ち逃げした裏金はどこにやった」


斎藤と名乗っていた男の蹴りが腹部を抉る。


「知らな……い」


「とぼけるな」


斎藤が俺の顔面を蹴る。

顔の表面に変な違和感があった。皮膚の上にもう一枚皮膚がのっかていて、それが少し破けた様な。


「記憶がないんだ。横領した裏金と言ったが、それはどのぐらいの額なんだ?お前の本当の正体は何だ。教えてくれれば何か思いだすかもしれない」


「本当に記憶がないみたいだな。よし、良いだろう。早く思い出すんだ。私はお前の上司、金井だ。お前が盗んだのは、衆議院議員船島忠則氏と民民党への政治献金に充てる予定だった当社の裏金三億。どうだ、何か思いだせそうか」


船島忠則。民民党。政治献金。裏金。


頭が猛烈に痛い。

これまでの比じゃない。

死ぬ。俺はきっとこのまま死んでしまう。


俺はやはり、沢木幸彦ではなかった。


『5分で解決探偵』だ。


「おい、どうした? 聞いているのか」


斎藤改め金井と名乗った男は、俺の耳を引っ張り、ヤニ臭い口を近づけて凄んだ。


「ん、なんだ。これは」


金井は顔の一部の綻びに気が付いたのか、顔の表面を覆っていた樹脂の覆面を剥がす。


「お前、誰だ。こいつ、沢木じゃない」


俺は、人差し指の爪に仕込んであった爪型のセラミックカッターで、足を拘束していたガムテープを切断すると、開脚し、回転させて金井の顔面を蹴りつけ、腹筋の力で飛び起きる。


「てめえ」


金井の配下二人が刃物を手に迫って来るが、続けざまに横蹴りと回し蹴りで気絶させる。


手首を何度も捻じり、拘束していたガムテープの細くなった部分を爪型カッターで切る。


「おっと、そこまでだ。大人しくするんだ」


二階から男の子を人質にとった男が下りてくる。


「その子は関係ないだろう。離したまえ。今大人しく自首するなら、私の方から情状酌量の余地ありで減刑してもらう様に取り計らってやる」


「うるせえ、その手に乗るかよ。だいたいお前、何者だ」


男は時代遅れのリーゼントで、ナイフの持ち方も素人同然だ。おそらく、ヤクザに使われているチンピラや半グレとかいう乱暴者程度の輩だろう。

私の敵ではない。


「私? 私の名前か? 何度も言っただろう。私の名前は『5分で解決探偵』だ」


私は、床に落ちていた金井の配下の持っていた刃物を拾い上げるとチンピラのナイフを持つ右手の上腕部目掛けて投げつける。


子供が危ないだろうって?

何を言っている。MI6で二十年培った投擲技術を舐めてもらっては困る。


痛みでチンピラがナイフを落とすより早く、間合いを詰め、少年を引き寄せると同時に顎に渾身の一撃をお見舞いする。


「もう大丈夫。安心していい。君のお父さんも無事だ」




数日後、『5分で解決探偵』は都内某所の喫茶店で、黒スーツを着た初老の男と向かい合って、強く焙煎されたコーヒーを飲んでいた。


「今回も助かったよ。さすがの手際の良さだった。裏金の存在を掴んではいたが、肝心の黒幕がわからなくて検察も動けなかった。経理の沢木の身柄確保に、暴力団と癒着していた金井常務の自供が取れた。これで大物幹部船島忠則氏と民民党の議員は芋蔓式に破滅だ。次の選挙は安泰だと佐久間先生も喜んでいたよ」


「それは良かった。佐久間先生にもよろしくお伝えください」


「ああ、かならず伝えるよ。それにしても罪の呵責に耐えかねて、我々の元に沢木が証拠の三億円持ってきたまでは良かったが、指示していた人物を一向に明かそうとしなかった。たぶん報復を恐れてのことだろう。総選挙まで間が無いし、吉田総理の支持率は落ちる一方。このスキャンダルが無ければ、どうなっていたことやら」


初老の男は、現金一億円が入ったアタッシュケースをテーブルの脇に置く。

この男とは何度も顔を合わせているが、あえて名前は聞いていない。

佐久間の使いとだけ記憶している。


「それにしても、自分に催眠術をかけるなんて危険じゃないのか。演技ではだめだったのか。万が一、催眠が解けなかったら、どうするつもりだったんだ」


「はは、企業秘密ですが、少しだけ種明かしいたしましょう。今回の依頼は非常に時間が限られていたこともあり、経理の沢木に成りすますにはあまりにも準備不足だった。人となりを把握する時間もなかったし、下手をすれば家族の反応から金井に勘繰られる恐れがあった。だから、下手な芝居をするより、記憶喪失の状況になった方が都合が良かったんですよ。幸い、私と沢木は年代も近く、背格好、声質が似通っていましたからね。選挙資金として用意していた三億が消えて、真っ先に疑われるのは、共犯の沢木。沢木は十日ほど前から無断欠勤しており、貴方の元に身を寄せるまでは部屋に閉じこもり、家族を遠ざけていた。だから、沢木の家に忍び込んで密室を作り、いかにも出社ノイローゼになったふりをして、沢木に指示していた人物をおびき寄せるのにこの方法は非常に都合が良かったのです。自己催眠は、『沢木』というキーワードを聞いてから五分後に解けることになってました。そして追加のキーワード『裏金』、『政治献金』、『船島忠則』、『民民党』のいずれかを追加すると即座に覚醒する。ちなみに、どのキーワードを聞くことができなくても三日後には解けるように暗示されていたので心配無用です」


「なるほど、しかし催眠暗示の設定にあった≪創造神TAKAMURA≫とは何者かね」


初老の男は、コーヒーを飲み干すと最後に聞いた。


「古い友人ですよ。悪友といっても良い。小説家を目指しているわけでもなく、本業の傍ら暇つぶしに小説書いて遊んでいる変わり者。ただちょっと悪ふざけが過ぎて、創造神なんていう設定つけてしまったので、危うく強迫観念に憑りつかれて気が狂うとこでしたよ」


『5分で解決探偵』は、飲み終わったカップをテーブルに置き、無邪気に笑った。







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いや、君たちはニセモノだから。我こそが真の「5分で解決探偵」 高村 樹 @lynx3novel

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