第9話 クライナール家にて

 放課後、クレナに魔術の手解きをしてやる前、教室やその近辺に人の気配がなくなったのを見計らい、俺は呟いた。


「ハヤテ、いるか?」


「ここに」


 音も魔力もなく、ハヤテはスッと俺の前に現れ跪いた。

 気配は俺の魔力感知でさえ辛うじて捉え切れるか否か、野に在る草木のようにハヤテはただ静かだった。


「最初からそこにいたかのようなシノビの技、今も健在だな」


「……グレン様のお帰りを待ち続けていた、その間。……無為に時を空費していた訳ではございませぬ故」


「流石シノビ、片時も鍛錬を忘れなかったか。……昼休みにクレナが話してた内容、聞いてたか?」


「……当然です。私はグレン様の影、常にお側に」


 五百年前からハヤテの振る舞いは変わらない。

 常に俺や仲間のため、ただ静かに成すべきことを成してくれた。


「ならハヤテ。少し頼まれてくれないか。学園を利用して賭博をしてやがる連中、その証拠を出来るだけ回収してくれ」


「……御意」


「転生早々、苦労をかけるな」


「……主に尽くすこと、それに勝る喜びはございません」


 ハヤテは無表情だった顔に、強気な笑みを小さく浮かべた。

 直後、音も立てずにその場から消えた。

 余人がいれば空間転移系の魔術とでも勘違いしただろうが、いいや、違う。

 魔術を使えば必ず魔力の残滓が残るものだ、どんなに少なくとも、絶対に。

 けれどハヤテは魔力を一切残さなかった。

 それは即ち……


「空間転移にも匹敵する身体能力。五百年前よりも冴えてやがるな」


 他の四天たちも、きっと以前より能力は伸びているのだろう。

 その力を見るのが、少しだけ楽しみだった。


 ***


 昨日のように、学園にてグレンがクレナに魔術の手解きをしている、その最中。

 ところ変わって四大貴族、クライナール家の本邸では怒号轟く騒ぎとなっていた。


「ヘリオスッ! 貴様ァ……初代当主より受け継ぎし魔喰剣を勝手に持ち出した挙句、半壊させ戻ってくるとはどういう了見だ!!!」


 クライナール家当主、ワイズ・クライナールは白髪を魔力により逆立て、烈火の如く怒り狂っていた。

 いついかなる時も優雅たれ、その家訓を投げ捨てたと表現しても過言ではない姿である。

 しかし周囲で見守る給仕も、《影縫バインド》の魔術で壁に磔にされているクライスたち四人も、その怒りも致し方なしと受け入れる他なかった。


 四大貴族はそれぞれ、家宝として四つの魔道具を所有している。

 それらは数百年前、四大貴族の祖がガイシンと呼ばれる化け物を討った四神器と呼ばれるものである。

 四大貴族は四神器を代々引き継ぎ、有事の際は当主がそれを用いて事態の収拾を図るといった歴史も度々繰り返されてきた。

 であるからこそ……家の切り札である魔喰剣の喪失は、ワイズにとって耐え難い事件であったのだ。


「学園の対抗戦にて、年々我がクライナール家の勝率が下がっているのは知っていよう。それにより賭博……金の動きも悪くなり、クライナールに付き従う者たちの信頼も薄れつつあることも。そのような時であるからこそ、魔喰剣で邪魔者を消しにかかる計画も練るべきかと思っていた……だが貴様ら愚か者どものお陰で台無しだ! この責任、貴様らの命程度では償いきれぬぞ!!!」


 ワイズは《影縫》の魔術をより強くし、怒りのままにヘリオスたちを押し潰しにかかった。

 その時、ヘリオスの右横で磔にされている少女……カルラが呻くように呟いた。


「あの子……クレナさえ、クレナさえ対抗戦に出るって……言い出さなきゃ今頃こんな……」


「……! 馬鹿、それは……!」


 言わない約束だろう。

 ヘリオスがそう続けようとした時には《影縫》の魔術は切れ、四人は地に叩きつけられていた。

 そしてヘリオスがしまったと言わんばかりに顔を上げた時には、ワイズの顔は嗜虐の笑みで歪んでいた。


「ほほう。あの子がなぁ……まさか時代遅れの属性魔術の使い手が対抗戦に出ようなどと、そのようなことを考えていたとはなぁ……?」


「ち、違うのですお父様! あの子は決してそのようなことは!」


「ない、とでも? なら何故カルラはああ言った? ヘリオスよ」


 ヘリオスは震えながら奥歯を噛み締めた。

 ワイズの顔を見れば分かる。

 彼は既に、ストレスの捌け口としてクレナを嬲ると決めているのだ。

 ……こうなる前に、クレナを対抗戦の諸々から遠ざけたかったとヘリオスは考えていた。

 勿論、対抗戦でクレナが負けた際に家の被る不利益、それについても頭にあった。

 しかしクレナが負ければ……カルラたち腹違いの弟、妹たちの中で、唯一平民の妾との間に生まれたクレナがどんな扱いを受けるかは明白だった。


 貴族、特に四大貴族家は魔導貴族とも呼ばれ、代々強力な魔術師を排出してきた。

 基本的に魔力が高い両親からは、魔力が高い子が生まれる。

 そうやって強い魔導の、特に貴族同士の血を重ね合わせてきたのがクライナール家である。

 つまりは半分平民の血が入っているクレナは……クライナール家にとってお荷物であり、下手をすれば汚点とされかねない危うさが生まれた時からあったのだ。

 それが現代では廃れている属性魔術の使い手であれば、尚更である。


(すまない、クレナ。散々辛く当たった挙句、お前を対抗戦から、何よりお父様から遠ざけるのにも失敗した……)


 今までわざと辛く当たってきた意味もなくなってしまったと、内心で後悔するヘリオスだが、もう遅い。

 クレナは躾と称して、彼女の母親のようにワイズの玩具となり、下手をすれば一生陽の光を見ることもないだろう。

 余計なことを口走ったカルラもまた、クレナの行く末を察してか顔色が蒼白になっている。


「……ああ、それとだヘリオス。貴様に一つ聞きたいことがあったのだ。クレナを躾けられると考え、少し頭が冴えてきたのだがな」


 ワイズは下卑た笑みを浮かべて続ける。


「魔喰剣の刃は何よりも硬いとされるミスリルで生成されている。しかも特性上、魔術での破壊も不可能。にも関わらずお前が戻ってきた時、魔喰剣は柄しか残っていなかった。……一体、何故そうなった? 何故柄の端についている刃の残りが、融解したようになっている?」


 そう、ワイズはヘリオスへ怒りをぶつけて我を忘れる前、まず真っ先にその疑問を胸に抱いていたのだ。

 どうして現代においては加工どころか折ったり溶かしたりといったあたりさえ難しいミスリルの刃が、こうもあっさりと破壊されたのかと。

 また、冷静さを取り戻したワイズの頭には、ヘリオスから家宝破壊の下手人の名を聞き、そいつの力を使ってミスリルの加工計画が立案できるかもしれないとさえ考えていた。

 そうなれば……そうなれば。


「もしミスリルを融解し、狙った通りに破壊できる者がいるのなら。我が家の総力を挙げて確保し、死ぬまで加工屋としてコキ使ってくれるわ。そうすれば生のミスリルより魔喰剣など幾らでも量産できよう。その暁には近年の対抗戦での負け分など容易に取り戻してくれる! ガッハハハハハ!!!」


 豪快に笑うワイズと、脂汗を滲ませグレンについて語り始めたヘリオス。

 けれど……その様子を、主に仇をなす敵の姿を見つめる者が影に一人。


(……あの豚。必ず殺す)


 炎王四天、シノビのハヤテが蓄音の魔道具を密かに起動しながら、怒りに燃える瞳でその一部始終を見つめていた。


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転生覇王の学園譚~500年前に邪神を封印した英雄、転生して魔導学園へ入学する~ 八茶橋らっく @YASAHASHI

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