第8話 その闇を暴くのは

 炎王四天の面々からこの五百年間の話を聞き、会話を楽しんだ後。

 疲れたカエデがうつらうつらと半分眠り始めたので、ハヤテがカエデを担いでメイドに連れられ今宵宿泊する部屋へ向かった。

 また、冷静そうに見えて隠れ酒豪のトリシュと大酒飲みを日頃より豪語していたヴァルカンが久方ぶりの飲み比べを始め、その場で決着がつかないので「「酒場に繰り出す」」と二人揃って千鳥足で出て行った。

 残ったナーシャはどこか楽しそうにしながら、酒の入って赤くなった頬をほころばせた。


「四天の皆さんは相変わらずマイペースですね。五百年前から変わりない様子で私も嬉しいです」


「あいつらはそう簡単に変わりやしねーさ。……それとトリシュから聞いたけど、俺が転生した件はナーシャから四天の面々に連絡してくれたんだな。気を遣ってくれてありがとうよ、お陰で今日は楽しかった」


「グレンにそう言ってもらえて嬉しいです。折角転生したんですから……もっと、もっともっともーっと。皆で楽しいことをしましょう。こうして皆、自由に会える時代になったんですから……」


 酒が入っているせいか、ナーシャはいつもより饒舌だ。

 口調もどことなく昔の、少女だった頃に戻っている気さえする。


「貴族のガキが学園長、それも覇王に突っかかれる時代だからな。昔に比べて色んなもんが自由になったのは間違いない」


 冗談交じりにそう言えば、ナーシャは「ああ、そういえばあの子たち……」とため息をついた。


「本当にクライナールの子たちは……。彼らは身勝手ではありますが、少し不憫にも思えます。家の誇りという呪縛に侵されている気がしてなりません」


「誇り……か。なあ、クライナールの家の連中はどうしてあんなに好戦的なんだ? あんな態度を取って、身内のクレナにもしつこくあたる理由、何かあるんじゃねーのか?」


「そうですね……私も家の状態が関係しているのではと推測できますが、あくまでその程度です。本当のところはクレナ・クライナールさんに聞いてみればいかがでしょうか。素直な子です。グレンにならきっと教えてくれるのではないでしょうか」


 ナーシャは困ったように笑いながらそう言った。


 ***

 

 翌日の昼休み。

 俺はナーシャの城のメイドから受け取った昼食のパンを、学園の屋上で口にしていた。


「紅茶でも生地に練り込んであるのか、上品な香りがするな。それに一緒に渡してくれた肉も塩気が程いい……五百年後の食事は旨いな」


 調味料や調理法も発達したのか、明らかに昔より旨い。

 食事が旨いのはいい時代だな、でも炎天ノ国の特産物である米もたまには食いたい、などと思っていたところ。

 屋上階段のドアが開いた音がして、思わずそちらを見つめると。


「……あ、グレン君!」


「クレナ、どうしてここに?」


 昼食と思しき包みを持ったクレナが現れた。

 クレナは「ええとね」とどこか言いにくそうに口を開いた。


「私、属性魔術の使い手ってことで、クラスの皆からあまりよく思われていないみたいで。しかもクライナールの家の皆、昨日みたいにちょっと横暴だから。私、皆から敬遠されちゃって……教室で昼食を食べにくくて」


 俺がクレナのことを「この前の光属性使いか」と言った際、クラスの面々がクレナを小馬鹿にしたように笑ったのを思い出す。


「そんで普段からここで飯食ってるって訳だ。……でもよ、奴らを見返すために強くなるんだろ? 俺も手伝う、じきに教室で堂々と飯食えるようになるぜ」


「うーん……どうかな。強くなっても、私、やっぱりクライナールの人間だから」


 そう言って力なく笑うクレナに、俺は尋ねた。


「なあ、クレナ。クライナール家ってのは今、お家騒動の最中だったりするのか? 昨日の四馬鹿だって、様子がどこか普通じゃなかった。クラス対抗戦ってやつにクレナが出ようとしただけで制裁ってのはどういう了見だったんだ?」


「お家騒動、とは少し違うけど。クラス対抗戦そのものが大本の原因って言うのが正解かな」


「どういうこった? あくまで学園の催しだろ」


 クラス対抗戦、昨日調べたところでは各クラスの代表者五名が競技形式で争う大会だったはずだ。

 貴族の子息を荒ませる要素はルールや競技にも見当たらなかったが。


「その学園の催しが、大きな影響力を持っているの。実は毎年来賓として対抗戦には各国の貴族たちが集まるんだけど……裏で大きな賭け事が行われているんだって」


「賭けだぁ? つまり生徒同士の勝敗で大金が動くってのか」


「それも一国の国家予算の半分にも匹敵する額が毎年、トータルで動くって噂があるの。当然、仲のいい貴族家同士は互いの子供たちに大金を賭け合うんだけど、実はここ数年はクライナール家の生徒が負け越しちゃっていてね。世界の英雄たる四大貴族の一角が何事だーって、実家でも大人たちが嘆いてた」


「それで家の立場が危ういってか。……そんな時に属性魔術を扱うクレナに出場されちゃあ困るって寸法かよ。理解理解、馬鹿らしい限りだぜ」


 クレナは「私も、グレン君みたいに割り切れたらいいんだけどな」と曖昧に微笑んだ。

 その瞳にどこか悲し気な色が混じったのを、俺は見逃さなかった。


「その賭博の件、学園長らは知ってんのか?」


「……知らないはずだよ。相手は覇王、バレたらただじゃすまないもの。それに今言った話も、あくまで家で断片的に聞こえてきた話を繋げただけだから。一応、内緒にしてね」


「おう、了解だ」


 言いつつ、俺はどこかで納得した気分だった。

 貴族は昔から誇りを尊ぶ連中だった。

 クライナールの四馬鹿共は行き過ぎてはいたが、要は家や家族の命運がかかっていると分かっていたからこそ、あんな必死こいて馬鹿な真似をしていたのだろう。

 家宝の魔道具を学園に持ち出してまでクレナの出場を止めようとしていたのも、全ては家族のためって訳だ。


「にしても、限度ってもんがあるだろうがな……」


 守るべき家族の一人であるクレナを、多対一で追い詰めては本末転倒もいいところだ。


「グレン君、何か言った?」


 不思議そうにこちらを向いたクレナに、俺は「なんでもねーさ」と返事をした。

 ともかく四馬鹿は四馬鹿だが、それ以上に元凶は薄汚い大人の貴族共ってのは理解できた。

 ……ナーシャが大切に守り導いてきた学園と生徒を使って賭博に興じるとは、いい度胸してやがる。

 

 ──舐めた奴らだ。今すぐ潰してやりてぇがまだ早い。潰すなら完膚なきまでにきっちりとだ。


「クレナ。クラス対抗戦までどれくらいある?」


「あと一か月くらい。それまでに私、頑張って強くなるから。今日の放課後もお願いね?」


「ああ、任せとけ」


 色んな意味でな。

 それから俺は教室に戻って授業を受けつつ「闇を探るならいつの時代もシノビだな」と、諸々の段取りの検討を始めるのだった。


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