人気動画クリエイターの俺たちが付き合っていることを、視聴者はまだ知らない
蒼山皆水
人気動画クリエイターの俺たちが付き合っていることを、視聴者はまだ知らない
「今日の動画はここまで! アキラTVのアキラと」
「のんちゃんねる、のんでした~」
ソファに座った俺と
「のんちゃんねるの方でも動画が上がってます! 気になる人は、概要欄をチェック!」
「よろしくね~」
「この動画を楽しいと思ってくれた人、高評価、よろしくお願いします!」
「高評価してあげてくださ~い」
「チャンネル登録とフォローも、よろしくお願いしま~す!」
「お願いしま~す。ばいば~い!」
「……ふぅ」
これで撮影は終了だ。
「終わった~」
佳音が録画を止める。
俺と佳音は、Qチューブという動画投稿サイトで活動している動画クリエイターだ。
アンケート調査をすれば、人気ランキングのトップテンまではいかなくとも、上位三十位以内には入ってくるくらいに、俺たちは人気がある。
普段は二人とも、二十歳の大学三年生。
基本的には個人で活動しているが、たまにこうしてコラボ動画を撮影したりする。
コラボ動画はいつもより再生数が伸びるし、新規のファンを獲得するチャンスにもなる。
三ヶ月に二回くらいのペースで、俺たちはコラボしていた。
佳音は、年齢も知名度も、動画の方向性も同じなため、非常にやりやすい相手だった。
「お疲れ~。公開日、いつにする?」
ソファの背もたれに寄りかかって、大きく伸びをしながら佳音に尋ねる。
「どうせあたしの方が編集早く終わるから、アキくんに合わせるよ」
動画外では、佳音は俺のことをアキくんと呼ぶ。
「おー、了解」
コラボしたときは、お互いのチャンネルで1本ずつ動画を公開するのがQチューブ界の暗黙の了解になっている。俺たちもそれに習って、今日は佳音の家で二本の動画を撮影した。
今日撮影した動画を、どのように編集しようか。
そんなことをぼんやりと考える。
編集というのは、Qチューバ―の仕事の中でもかなり大変な作業だ。
だからこそ丁寧に、妥協することなく、撮影した素材を何度も見返しながら、睡眠時間を削ってでも真剣に取り組む。
自分で言うのもどうかと思うが、俺の編集はかなり手が込んでいて、クオリティ重視だ。技術の高さも他のクリエイターに負けていないと思う。
一方、佳音の動画は編集が少ない。必要最低限の加工で、彼女の魅力を最大限に引き出している。シンプルなように見えて、こだわりが感じられる編集だ。俺には真似できない。
これはスタイルの違いで、どちらが優れているとか劣っているとか、そういった評価はできないし、する必要もない。
「あのさ、アキくん」
撮影機器を簡単に片づけ終えた佳音が、隣に座ってくる。
「ん?」
さっきまでよりも近くに座ってきた彼女の、爽やかなシトラス系の香りが鼻腔をくすぐる。
「今日ちょっと距離感近くなかった? いきなり頭なでたりとかしてきてさ」
「それは、佳音だってそうじゃん」
動画内では口にすることのない彼女の本名を呼びながら、さらさらの黒髪を優しくなでる。
「え?」
「途中から俺の袖、ずっとつかんでただろ」
「だって……前回のコラボ動画で、そういうコメントいっぱいついてたから……」
「そういうコメントって?」
「ほら、アキラの彼氏感やばいとか、早く付き合っちゃえよとか、もはやカップルチャンネルで草とか、そういうやつ」
「ああ。そんなの、男女でコラボしたら毎回言われるやつだろ」
俺も佳音も、メインの視聴者層は中学生から高校生。つまり、男女が仲良くしていると冷やかしたくなってしまうお年ごろなのである。
よって、俺と佳音のコラボ動画のコメント欄は、毎回そういった冷やかしの言葉であふれかえる。
いちいちまともに反応していられるほど暇ではないし、俺と佳音の動画を視聴者が楽しんでくれている証拠なのだから、別に問題もない。
「そうかもしれないけど……」
しかし几帳面な佳音は、視聴者の意見に耳を傾けすぎてしまうところがある。
それは彼女の長所でもあり、短所でもあった。
「それに、全部その通りだし」
佳音の髪を丁寧にすくと、彼女は猫みたいに目を細めて、俺の肩に頭を乗せてくる。佳音は髪を触られるのが好きらしいと気づいたのは、今から半年くらい前、付き合い始めて一ヶ月くらいが経ったころだ。
「うん。でも、絶対に言えないよね」
困ったように笑う佳音を見て、俺は胸にちくりとした痛みを覚えた。
俺と佳音は、表向きはただの同業者として振る舞っている。
しかし、人気動画クリエイターの俺たちが付き合っていることを、視聴者はまだ知らない。
半年前、とある人気Qチューバ―が、熱愛発覚により活動を休止した事件があった。
一部のファンの、心ない言葉が原因だった。
『今までお前に使った時間返せ!』
『裏切者』
『こいつの動画、全部BAD評価押してきたwww』
『もう一生見ません』
その女性は、歌や踊り、ファンと実際に会話をする生配信など、アイドル的な活動を中心にしていたQチューバ―だったため、そういったファンの気持ちはわからなくもない。
けれど、それは他人を傷つけていい理由にはならないはずだ。
匿名の呟きは、着実に彼女の心をむしばんでいった。
熱愛発覚からわずか三日後。彼女は急遽、引退を発表した。
佳音はそういった事態になることを、過剰に恐れている。
しばらく佳音の頭をなでていると、佳音のお腹がなった。
「腹減ったのか?」
「っ……。朝ご飯食べてないから」
恥ずかしがる顔が、とても可愛いと思った。
「なんか食いに行くか。ちょっと遅い昼飯だけど」
「うん」
「どうしたんだよ、今日は」
外に出ると、佳音が腕を絡めてくる。
「いいじゃん別に」
「あ、もしかしてこの前、俺が
一週間前、俺は人気急上昇中のQチューバ―である
「別に怒ってない! アキくんが誰とコラボしようが勝手だし! 美海さんは美人だしスタイルも良いし頭も良いけど、別に怒ってない!」
「そのわりには腕に力がこもってるんだけどな」
ギュッと腕をつかんでくる佳音。全然痛くない。
「ってか、わざわざ着替える必要あったか?」
佳音は撮影中に着ていた服から、わざわざ着替えていた。
「だってこのシャツ、撮影中は絶対に着れないんだもん」
「まあ、俺とお揃いだからな」
多くの人が見ているインターネットでは、そういった匂わせは、すぐに気づかれてしまう。
ましてや、仲の良い俺たちが同じ服を着ていたとなれば、それはもう交際を宣言しているようなものだ。
再生数は稼げそうだ……などと汚いことを考えてしまう。
「ファミレスでいいか?」
「うん!」
腕を組み、お揃いのシャツを着て歩く男女。
俺たちは今、誰が見てもわかるほどに、完全にカップルだった。
近くのファミレスで食事をしたその帰り。
俺と佳音は先ほどと同じように、腕を絡ませて歩いていた。
「美味しかった~」
「ちょっと食べすぎじゃない?」
「成長期だからいいの!」
「佳音の成長期の定義どうなってんだ」
そんなくだらない会話をしていたときだった。
「あ!」
「どうした?」
佳音がパッと腕を離し、後ろを振り向く。
「今……シャッターの音がした」
佳音の視線の先を見ると、黒い服を着た男が、路地裏を足早に去って行くところだった。
「……週刊誌かなんかか」
「どうしよう」
佳音の顔が青白くなっている。
活動を休止したQチューバ―の事件を思い出しているのだろう。
「……大丈夫だ。秘策がある」
俺もなんの考えもなしに、無防備に外を歩いていたわけではない。
「ねえ、本当にこんなのでどうにかなるの?」
佳音の家に戻った俺たちは、撮影の準備をしていた。
ビデオカメラを再びセッティングした佳音が、不安そうに言う。
「少なくとも、今回はどうにかなると思う」
俺たちは、この状況を打開する作戦を開始した。
「今日のコラボ動画は、またまたのんちゃんねるさんです!」
「のんちゃんねる、のんで~す! またまたお邪魔しちゃいました~」
カメラに向かって笑顔であいさつをする。
先ほどまでの不安な空気は少しも残っていなかった。さすが演者だ。
「ではさっそく、今回の企画、いっちゃいましょう!」
「いっちゃいましょう!」
ウインクをきめる佳音。
再生時間のリンクと共に『かわいい』とコメントがありそうなシーン。
この活動を長年していると、このシーンにはこんなコメントがきそうだな、と撮影中に想像できるようになってくる。
「で、アキラさん、今回は何をするんですか?」
「今回は、壮大な実験をしていきたいと思います」
「まさか、メントスコーラとか?」
「なわけないだろ!」
「え、違うの?」
「はい、ちょっとアホな子は置いといて」
「誰がアホな子だ!」
ここで『アホな子佳音、爆誕』のコメント。
「今回はですね……」
そこで一度、言葉を止める。思わせぶりな間。
「カップルのフリして外に出たら、週刊誌にスクープされる説~!」
「いえ~い!」
大げさに拍手をして、無理やり盛り上がる。編集で後から音を足すので問題ない。
「ありがたいことに、僕たちもそれなりに人気になってきましてですね」
「私の方が登録者数多いですけどね」
「うっさいわ!」
佳音の肩を小突く。
『アキラにマウント取って小突かれる佳音』『佳音ちゃん強い』『アキラ頑張れ』
「はい、人気になってきたということは、そろそろ週刊誌にスクープされてもいいんじゃないかと思ってましてですね」
「週刊誌にスクープ!?」
「そうです。今回は、二人でご飯を食べに行くんですが、見てくださいこのシャツ」
「は~い、おソロで~す」
「んで、腕も組んじゃいます!」
「いえ~い」
実際に腕を組んで見せる。
あくまでビジネスでやっていますよ、というように。
『最高に尊い……』『結婚式はいつですか?』『いいぞもっとやれ』
「それじゃあ、行ってきます!」
カメラの前で手を振った。
「――よし、これでなんとかなるだろ」
もし後日、俺と佳音の腕組みお揃いデートが週刊誌に載ったり、ネットニュースになったりしても、この動画を先に出しておけば企画の一部として認識される。
それどころか、むしろ記事との相乗効果でバズる可能性もある。
この動画は、そんな逆転の一手だった。
「……ごめんね、アキくん」
佳音が悲しそうな表情で謝る。
「ん、どうした?」
「あたしのせいで、こんなめんどくさいことになって……」
「別に、佳音のせいじゃないだろ」
「だって、さっきもあたしが油断してたから写真撮られたようなもんだし」
「いいじゃん別に。おかげで動画のネタにもなったし。結果オーライだ」
佳音の頭に、そっと手を乗せる。
「ありがと。アキくんは優しいね」
「まあな。俺より優しいやつなんてこの世にいないぞ」
「あ、調子乗った」
佳音が笑ってくれて安心する。
『かわいい』『好き』『ずっと一緒にいたい』
俺は心の中でそんなコメントを呟く。
まだ、誰にも言えない恋だけど、佳音への気持ちは紛れもなく本物で。
いつか自信を持って、色々なものから佳音を守れると――佳音の不安をぬぐい切れると誓える日が来たら、真剣に付き合っていることを発表しようと思う。
人気動画クリエイターの俺たちが付き合っていることを、視聴者はまだ知らない 蒼山皆水 @aoyama
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