第7話

「十年か……」

「ええ。ずいぶん長い時間が経ちました」

 車の中、瞳は剛を見ないようにして、またぽつりとつぶやいた。

「どうしてた? 旦那さんは、優しいひと?」

「優しすぎます」

 苦笑する瞳。

「子どもが生まれてから、指一本触れてこようとしないんですよ。疲れてるだろう、大変だろうって。信じられませんよねえ」

 剛の前では、嘘がつけない。

「……レスってこと?」

「そうとも、言います」

「サイトをまた始めたのは、それが原因?」

 瞳はどきりとした。

「あの時と同じですよ。お金が欲しかった。それと……」

「それと?」

 本当にこのひとには嘘がつけない、と瞳は思った。

 それは吸い込まれそうなその雰囲気のせいなのか。

「剛さんに……会えるかもしれないと思いました……」

「…………旦那さんがいるのに?」

 はい、という返事は、飲み込んだ。

 そのかわり、瞳は少しだけ笑みを浮かべた。

「ポリシー、崩してもよかったんですか」

「――。ミハルだからね」

 剛はそう言って、瞳を見ないで薄く笑う。

「俺と会った、ということは、行く先はひとつだよ」

「わかっています」

 瞳は膝の上で握りこぶしを作る。じっとりと、手が汗ばんだ。

 これは不倫ではない。仕事だ。

 もういちどサイトを始めたときはそう自分に言い聞かせていた。

 が、そんな枠でくくることができないところに足を踏み入れていることぐらい、もっとわかっている。

 互いから流れてくる説明のつかない感情が、車内に溢れた。

「いいんだね?」

 握りこぶしが、すっと開かれて整った。

「だめだったら、ここまで、来ません」

「…………」

 ネオンサインが目の中に次々と滑り込む。


「わたしの名前は、瞳です」

「……瞳」

「連絡先、教えてください。剛さん」


 瞳の唇が、ネオンサインの光を受けて、妖艶に輝いた。


 誰も――夫も子どもも知らない夜。

 主婦である自分さえも知らない、別の夜が、また始まろうとしている。



 ――了――

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液晶のかなたであなたと契る 担倉 刻 @Toki_Ninakura

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