四 忠猫

 その後も、何度かお父さんのうめき声を夜中に聞くことがあったそうなんですが、またあの不気味な光景を目にするんじゃないかと考えると、ナベさん、どうにも確かめる気にはならなかったそうです。


 ですが、それからというもの、お父さんの様子が日に日におかしくなっていったんですね。


 キョロキョロと忙しなく目を動かし、いつも何かに怯えているような感じになって……顔色も悪く、頬もこけ、もともと怒りっぽい人ではあったんですが、些細なことでも一々ナベさん達に怒鳴り散らすようになったそうです。


 そして、そんなある日の朝。


 お母さんがいつものように目を覚ますと、となりのベッドのお父さんはすでに冷たくなっていたそうです……。


 死因は心臓発作と診断されたんですが、その顔は眼を大きくひん剥き、口も悲鳴をあげているかの如くあんぐりと開けたまま、まるで何か恐ろしいものでも見たかのような、なんとも壮絶な形相をしていたとのことです。


 突然のお父さんの死にショックを受けるナベさんとお母さんでしたが、やるべきことはやらなければいけません。


 一応、不審死なので警察の捜査が入った後、特に事件性はないということで遺体が返ってくると、ナベさん達は地元の葬祭センターでお葬式をあげることにしました。


 でも、お金もかかりますし、ごく小規模に親族葬にしたため、会社関係の人なんかは後でお家の方へお線香をあげに来ることとなったんです。


 その中に、お父さんと同じ課のコモリさんという中堅クラスの方がいたんですが、そのコモリさん、偶然、仏壇の前にいたサヨちゃんを見るなり──


「いやあ、なんか似てるんだよなあ……でも、そんな偶然ってさすがにないよなあ……」 


 ──と、なにかブツブツ言いながら、小首を傾げているんですね。


 妙に気になったんで、ナベさんがそのコモリさんに「うちの猫がどうかしたんですか?」と尋ねてみると、しばらく腕を組んで考え込んだ後、すごく言いにくそうに、コモリさんは次のようなことを話してくれたんです。


「いや、亡くなられた人のことを言うもなんだし、親族に話すような話でもないんだけどね──」


 そう言って切り出したコモリさんによると、ナベさんのところのサヨちゃんは、以前、同じ課にいたリュウさんという方が飼っていた猫にそっくりだというんです。


 リュウさんがスマホの待ち受けにしていて何度も見ていたそうですし、ある用事でリュウさんの家をお訪ねした時にも会ったそうなんですが、ほんと、最初見た時には同じ猫なんじゃないかと思うくらいよく似ているらしいんですよ。


 でも、このリュウさん、今は同じ会社にいないんですよ……なぜならリュウさん、上司からのパワハラを受けて、心を病むと自殺してしまったそうなんです。その上、ずっと二人で暮らしていたリュウさんのお母さんも、息子の死がショックで後を追うようにして首を吊って亡くなってしまったんだとか。


 で、これは本当に言いにくそうに言葉を選んで教えてくれたんですが……そのパワハラをしていた上司というのが、どうやらナベさんのお父さんらしいんです。


 なので、まさかそんなリュウさんの飼ってた猫がナベさんの家にいるなんてことはあり得ないと思うんだけど、それでも偶然とは思えないくらい、ほんとあの猫に似てるんだ……と、何か因縁めいたものを感じている様子で、コモリさんは話してくれたそうです。


 この話を聞いた時、ナベさん、まさかお父さんがそんなことを…と反論したい気持ちもあった反面、なんだか妙に納得するものもあったって言うんですね。


 いや、本当のところはどうだったのかわかりませんよ? でも、うなされるお父さんの上に乗っていたサヨちゃんの姿を思い出すと……それに、あのお風呂場で見た人影や、金縛りにあった時に現れた女がリュウさんのお母さんなんだとしたら……いや、上に乗って金縛りにあわせたり、奇怪な音を立てていたのもサヨちゃんなんだとしたら……。


 もしかして、リュウさんのお母さんの怨念が飼っていたサヨちゃんに乗り移り、復讐のためにうちへ来たのかもしれない……。


 そんな可能性を、ナベさんは思わずにはいられなかったそうです。


 それからもう一つ、コモリさんはこんなことも言ってたんですね。


 心を病んでよく欠勤をするようになったリュウさんを、心配したコモリさんが家まで訪ねて行ったことがあったんですが、その時にリュウさん、過剰なストレスを軽減するためにか、しょっちゅうガリガリ…ガリガリ…と、まるで猫が爪研ぎをするかのように机やら壁やらに爪を立てて引っ掻いていたんだそうです。


 あの、時折聞こえていたガリガリ…ガリガリ…という不気味な音が、そのリュウさんの爪で引っ掻く音だったのだとしたら……。


 ナベさん、ゾッと全身の血の気がひく思いがして、パワハラをしていたというお父さんを弁護することはおろか、コモリさんへの受け答えすらままならなかったとのことです。


 そして、これもまた不思議なことなんですが……お父さんのお葬式をあげてから数日の後、どこへ行ってしまったのか? いつの間にかサヨちゃんの姿はどこにも見えなくなっていたんだそうです……。


                         (化猫 了)

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化猫 平中なごん @HiranakaNagon

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