53,アレストリア東部/シュダルト郊外・宵
空を仄暗い藍色が覆い、
暖かい灯りの点く家々の並ぶ道を、数にして七人の一行がシュダルトへ向かって歩いていく。「敵勢ギルド」である。
「えーっと。ここを右に倒すと全体になって? 左に倒すと個別になる、と」
「そう。で、個々の切り替えはこっちの歯車を動かすんだけど、左に倒した状態でここを回せば、ほら、術式が切り替ったの、分かる?」
「はあー、こりゃ細かくて大変だ」
「当たり前でしょ。普通なら専門の部隊組んでやるような事を、これ一つで全部やるんだから。ちなみに一目盛りにつき一人だからね。繋がる順番は加入順になってて、ここから──……」
道すがら、リゼルから親機──術式を刻んだ宝石の填め込まれている、銀のペンダント──の使い方を教わるレギンの後ろで、シンがハクアを肘で小突いた。
「何そんなビクついてんのよ」
「うう。だってぇ」
「だっても何も、今回はアンタとラルフが大本命なんだから仕方無いじゃない。大丈夫よ、行けるとこまでは付いてってあげるから」
「うん……」
元気無く答えるハクアの隣へ、ユーリアが並ぶ。
「ハクアさんが無事なように、今から私がおまじないを掛けます。怖いの怖いの、飛んでけー!」
何かがハクアの手から吹き飛んでいくような手振りをしたユーリアをきょとんと見ていたハクアだったが、直ぐに満面の笑みを浮かべた。
「何時もありがとう。ユーリアも気を付けてね」
「ご心配無く。仮に居場所がバレて近接に持ち込まれても、ある程度の時間稼ぎなら出来ますので!」
「えへへ、そっかあ。あ、後その格好、何だか新鮮でカッコいいね!」
「へ!? そ、そうですか?」
ハクアの言葉通り、現在のユーリアは普段と異なる装いをしていた。白い長髪は後ろへ一つに纏められ、両手には肘まで覆う厚手の手袋を、腋下には実弾銃と拳銃型霊力砲の入った
「完全武装とか、珍しいじゃない。何時もだとスカートなのに」
「はい。攻撃性の高い『能力』保持者相手に、油断は出来ませんから──……」
「…………」
ユーリア達の会話へ、ふとレギンが注意を向けた。
「それと、複数回線を開いた状態でも子機側からの応答が聞けるように改良しといたから。と言っても、ちょっと開発が間に合わなくて僕の子機から限定なんだけどね。……って、聞いてる?」
「……ん? ああ、ごめん。続けてくれ」
「大丈夫? 今回の兄さん、まあまあ責任重大なんだからね?」
苦笑いを浮かべるレギンに対し、リゼルは片眉を吊り上げる。
「油断すんなよ。次、無謀な怪我したら麻酔無しだからな」
「……了解」
その一方、やや後方から仲間の様子をぼんやりと眺めつつ、エーティとラルフは短く言葉を交わし合うのだった。
貧民街/安普請の空き家・夜
「んじゃ、全員ここで待機な。『ギルド』には俺一人で行く」
扉の無い戸口から「ギルド」を臨み、「敵勢ギルド」の総勢が息を潜める空き家。皆が陰の中で伏する中、一人、レギンが立ち上がった。
「親機の使い方、大丈夫? もう確認出来ないからね?」
「大丈夫だって。そう心配すんなよ」
「うぐっ」
託された親機をポケットへしまい、リゼルの頭を大きな手でわしわしと撫でてから、レギンは全員を俯瞰する。
「もう一度確認するぞ。『ギルド』側の準備が整い次第、俺から全体に連絡を入れる。そしたら即、戦闘準備だ。密偵を先にお前達の方へ行かせるから、先に合流して『『能力』持ち狩り』とやらの場所へ直行してくれ。俺の事は気にしないで良い、後でどうにかして追い付く。何しろ、自分が死なねえ立ち回りをする事だけ考えるんだ。良いな?」
「了解」
「良し。んじゃ、行ってくる」
低声ながらもはっきりとした承諾を全員から得たレギンは、何でもないような足取りで路地へと出て行った。
ギルド/集会所兼酒場・夜
普段通りに、月並みに。
待ち合わせた友人へ今にもへらへらと手を振りそうな軽薄さを身に纏い、レギンは「ギルド」の中へと入って行く。
「さて。……何処に居んだ、あいつ?」
酒を飲み、肉を食らい、時に女を囲う大勢の中から、見知った顔を探し出すような振る舞い。
上から覗き込むようにしてレギンが辺りをきょろきょろと見回していると、彼の元へ一人の若い男が小走りで現れた。その表情は、些か焦燥に駆られているように見える。
「お、居た居た。今日は宜しく──……」
「挨拶はいい。こっちへ来てくれ」
「うおっ!?」
唐突にレギンの手首を掴んだ男は、調理場に面した席へ彼を大股で引っ張って行った。
「どうしたんだよ、急に。何かあったのか?」
「緊急事態だ。現地の密偵二人から応答が無い」
「!? 何時から?」
目を
「一〇分前の連絡が最後だ。標的に居場所が割れた可能性が高い」
「…………分かった。救出する」
「はあ? 何言ってんだお前!?」
小声のまま、男は語気を強めた。
「連絡が絶たれた今、状況としては標的を見失ったのと同じだ! ただでさえ危険な相手なんだぞ、救出なんて暢気な事抜かしてる場合か!?」
「んなこたあ言われなくたって百も承知だ。……命令だからか何でだか知らねえけどさ、もうちょい心配してやれよ。仲間なんだろ?」
「…………」
物言いたげに口を開くも二の句が継げない様子の男の横で、レギンは上着の内側から二つ折りの紙を取り出す。
「これが俺達の待機場所だ。向こうへの連絡は俺がする。早く行け!」
「……分かった」
俯き気味でレギンから紙を受け取り、足早に「ギルド」の酒場から出ていく男の背中を眺めながら、レギンは取り出した親機を口元へと近付けた。
「あー、あー。こちらレギン。全体、聞こえるか?」
『こちらリゼル。全員聞こえてるよ』
「唐突で悪いが、作戦変更だ。一〇分前から現地の密偵が応答しないらしい。実質、『『能力』持ち狩り』の位置を見失った、って事だな。今、『ギルド』に待機してた密偵をそっちに向かわせたが、現状、そいつが外を
『出来る範囲で救出、安全確保。言われなくてもやるよ』
「良し、上等だ。気引き締めろよ」
『当然!』
「おう」
親機の回線を閉じ、レギンもまた酒場を後にして「ギルド」の前の通りへと出る。
「……何時もより人が少ない、か?」
一抹の違和感を胸に抱きつつ、レギンは
シュダルト南西部/路地裏・夜
「ここまでだね。情報が正確なら、だけど。ここから先、大体北と東に四区画ずつくらいが『『能力』持ち狩り』の直近の行動範囲なんだっけ?」
「ああ、そうだ。……面目無い」
「別に。やる事やってくれてるんだから文句は無いよ」
「敵勢ギルド」の面々を先導していた密偵──「ギルド」で待機していた男──が歯痒そうな面持ちを見せる傍ら、リゼルは解放した霊力を、術式を起点にして広域に展開する。
「霊力──────引っ掛からないな。『能力』は使ってないのかも」
「直接探し出すのが早そうね。リゼル、アンタは
「…………」
「えっと、私は……」
北へ伸びる道と東へ伸びる道の選択肢をシンから与えられ、早々にラルフがシンとハクアの元へ寄る一方、ユーリアは些か困惑気味に双方を見た。
「オレはここで一旦離脱だ。
「でもそれだと、エーティさんが単独になってしまいます」
「分かった上で言ってるんだ。人探しするなら人数は多い方が良い」
「……分かりました」
リゼルの側へユーリアが就いた所で、リゼルは密偵を睨む。
「で。何してんの、君。場が荒れる前にさっさと帰って、って出発前に言ったよね?」
「ああ、それはそうなんだが。もし見つけたら、ここへ向かうよう伝えてくれないか。俺が回収する」
「敵勢ギルド」の総員を一瞥し、彼等に反対の意思が無い事を確認してから、再度リゼルは密偵の方を向いた。
「良いよ。その代わり、どっか隅でフード被ってじっとしてて。無駄に動き回ってたらここから『ギルド』まで投げるからね」
「……分かった」
洒落にもならないリゼルの発言に内心で身震いしつつ、男は大きく頷く。
「じゃ、捜索開始! 三人はそっち、宜しく!」
「任せなさい。行くわよ、アンタ達!」
「う、うん!」
互いに背を預けた各々が、割り当てられた方向へ一斉に走り出していった。
その様を、砲と見紛う程の銃器を手にした一人の男が、上空から見下ろしている。
「こちら、上空偵察のケイ。たった今、地点Ⅱの南方で二手に分かれた集団を確認。一方がスズミ分隊方向へ直行しています。
『こちら、スズミ分隊のスズミ。こちらも集団を捕捉。足止めをお願いします。
「了解」
『こちら、メイラ分隊のメイラ。もう一方の位置は?』
「現在、メイラ分隊より二区画南の道を東へ進行中。今出れば不意打ちが可能です」
『了解した。引き続き状況を継続せよ。
「了解、
その眼光、鷹の如く。
ケイが霊力を一段と大きく解放した途端、銃身へ青白い光の筋が複数、浮かび上がる。
「……霊力薬莢弾、装填。完了」
遊底を引き、銃口を上げ、銃床へ頬を押し付けるようにして、ケイは照門を覗いた。照星が狙いを付ける先には、リゼルとユーリアの姿がある。
「標的、確認。────発射」
機械めいた言葉の後、ケイは正確に引き金を引いた。
路地裏/敵勢勢力鎮圧戦線Ⅱ・夜
月下。影が落ち、真面な灯りも無い街並みを、リゼルとユーリアが走っている。
「周辺の道にそれらしき人影……ありません」
「こっちの屋内も居ない! 次!」
手当たり次第に探りを入れた空き家が完全に無人である事を確認し、一つ北の区画へ二人が移ろうとした、その時。
リゼルの直ぐ脇の地面が突如として破裂し、辺りへ土塊が飛び散った。
「……!?」
くぐもった残響の中、リゼルが目を見開く横で、ユーリアの足元も同様に抉れる。踏み固められた地へと突き刺さっていたのは────概ね小指程の長さ、太さをした弾丸。
「完璧な足止め、ありがとうございます」
暗闇に潜む何者かが、立ち竦む二人を前にそう呟いた。
「狙撃です!! 早く建物の陰に──……!」
「待ってそれどころじゃない、退がって!」
唐突な霊力の出力上昇を感じ取ったリゼルが、ユーリアを背に術式を展開する。直後、何処からともなく現れた濁流が、家屋数棟を押し流す勢いと物量を以て、瞬く間に二人を呑み込んだ。
「っ、どういう事……!?」
鉄砲水の如き氾濫を術式で防ぎながら、リゼルは眉を寄せる。その背後で上空を見上げていたユーリアは即座に直り、彼の耳元で声を張り上げた。
「今上空に一人、敵影を確認しました! 小銃に飛空術式、帝国軍兵です!」
「はあ!? 何でそんなモンがここに居るの!?」
「とにかく目の前の事から対処しましょう! この状況も、恐らく長くは続きません!」
みるみるうちに水嵩が増し、今やリゼル達の遥か上方で、ごうごう、と唸るような音を立てている水流だったが、しかし突如として向きを変え、押し寄せてきた方向へと戻っていく。
「……僕等を術式ごと自陣に引き込む気? 舐めんなっての!」
地面の上へ展開されているリゼルの術式がじりじりと流れへ引っ張られていく中、「能力」の出力を一段と強めたリゼルは、術式の一部を書き換える。すると何時、引き波に
「この洪水が収まり次第、狙撃手の対処に行きます! リゼルさん、相手の『能力』保持者をお願い出来ますか!?」
「当然! 適材適所、ってね!」
「! ……ふふ。ありがとうございます!」
何だかんだと文句を垂れつつも笑顔を崩さないリゼルに釣られるようにして、思わずユーリアも顔を綻ばせる。
濁流の主が二人の引き込みを諦めたのか、急速に水が上空へ吸い上げられ始めた。浸食の爪痕はそのままに、目に見える速度で地面が乾いていく。
そして。完全に流れが干上がった事を確認してから、リゼルは術式を解除した。
「行って!」
「はい!」
駆けていくユーリアへ見向きしないまま、リゼルは彼女へ短く告げる。
「やはり、術式使いですか。想定通りです」
リゼルが注視する先には、水の大蛇を従える者が一人。
「一網打尽にするつもりだったんですがね。流石と言うべきでしょうか」
「……この程度で、流石、とか言われても困るんだけど」
悠然とした笑みを湛えるスズミを、リゼルは真っ向から睨んだ。
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