49,中央政府/対「能力」保持者部隊作戦会議室・午前


 机上の電灯へ光の灯った作戦会議室。日の射し込む大きな硝子窓を背後に、メイラは足を組んで椅子へと腰掛け、電灯に照らされた紙束を眺めていた。


「さて、例の騒動から一夜明けた訳だが。他の軍医にも診させたが、スズミの負傷は大事には至らないものだそうだ」

「あ、そうだったんですね。良かった」


 徐に顔を上げた彼女の見る先には、安堵の息をつくジェンが立っている。


「ただ、当然と言えば当然だが、今回の件をサシェにきつく叱られたらしくてな。見ていて居た堪れなくなるくらい落ち込んでいた。後で資料室へ行って景気付けでもしてやってくれ」

「え、まだあの部屋に居るんですか?」

「一応、念の為だ。居住施設へ帰しても良かったんだが、私から離れたのを良い事に再度襲撃を掛けてくる可能性も否めないからな」

「じゃあ、怪我が治るまではあそこで生活、って感じですかね?」

「いや、もう二日ほど様子を見る。後は適宜判断、といった所だ」


 ジェンが相槌を打ってから、メイラは浅く息を吐いた。


「それにしても、触れると身体強化や『能力』が使えなくなる、か。襲撃された人間達が通りで為す術無くやられる訳だな」

「あのアレグリアって人、前にも誰かを闇討ちした事があるんですか?」

「数えきれん程あるさ。一度ひとたび気に食わないと判断すれば、誰であろうと問答無用で殺す。それがアレグリアという女だ。

 ……そう言えばあの黒い『能力』、お前も見たんだったな。どう感じた?」


「そう、ですね。シグネも似たような『能力』を使ってましたけど、あれと比べたら威圧感と言うか、得体の知れない感じと言うか、とにかく、ヤバい何かと対峙してる、みたいな感覚は段違いでした。あの時はそれどころじゃなかったから平気でしたけど、今思い返すと相当怖かった気がします。後、デカい攻撃を普通に乱発してくるので、霊力量とかどうなってんだ、とも思いましたね」

「成程。概ねスズミの言っていた内容と一緒だな」


 うん、とメイラが唸った。


「話を戻すが、帝国軍に属する人間は全員、必ず身体強化を習得する。だから少なくとも、軍人相手にアレグリア単身で襲撃を掛けても、そう簡単には成功しない筈なんだ。ある程度の身体強化率さえあれば、拘束されても身体強化で十分に抵抗が出来るし、アレグリアあれ自身、強化込みでもそこまで動ける部類ではないからな。極端な話、向こうが霊力を解放した瞬間から逃げに徹するだけで何とかなる可能性すらある。


 だが、過去アレグリアに目を付けられた人間は、スズミを除けば例外無く殺されるか、精神を患っている。後者はともかく、前者に関しては相手が軍指折りの実力者だろうと関係無く、だ。暗殺や不意打ちという手も考えたが、アレグリアあれにそんな様子は無いし、暗殺部隊がその都度動いている形跡も無い。

 具体的に対象をどう仕留めているのか。それがずっと疑問だったんだが……霊力的な攻撃手段や防御手段が全く通じない、そうスズミから聞いて漸く合点がいった」

「でもオレの『能力』は効きましたよ?」

「そう。それなんだ」


 鳴らした指をメイラから差され、ジェンはきょとんと目をしばたく。


「実は学生時代、私もお前と似たような経験をしてな。私の霊力ちからがアレグリアに効いた上、アレグリアの『能力』は私に一切届かなかったんだ」

「えっ、そんな事あるんですか!? って、そうか。あの時、真正面から攻撃受けても大丈夫でしたもんね、大佐。あのでっかいも、割と簡単に壊してませんでした?」

「まあな。……経験、というのも案外当てにならんらしい。身体強化を封じられて抵抗の手段を失う、なんて考えればすぐにでも分かりそうな話なのにな。気付けなかった事が悔やまれる」


 額に手を当てて眉を寄せたメイラが、深々と溜息をついた。


「まあ、良いじゃないですか。自分に使える手段が周りは使えなかった、なんてそう起こるような事じゃないですし。て言うか、本題ってそれじゃないですよね?」


 メイラへ宥める言葉を掛けたのも束の間、ジェンは真顔で彼女へ問う。


「……よく分かったな」

「だって、オレだけ呼ばれたって、つまりそういう事じゃないですか。自分が帝国軍へ入った理由くらい、流石に憶えてますよ」

「そうか。なら早速始めよう」


 ここで初めて、メイラは机の上の紙束を手に取った。


「前にお前が持ち帰った『ギルド』からの資料があっただろう。あれの情報の抽出が終わった。が、やはり人物に関する記録が少なくてな。特定の人間についてを聞きたい。良いな?」

「勿論です」

「良し。じゃあこれを見てくれ」


 差し出された紙束──資料を受け取り、ジェンはその一枚一枚へ雑に目を通していく。


「『ギルド』の実力者と推測される人物の名前と、それぞれが受注した依頼の達成歴、か。誰が居るんだ? えっと。バルドル兄弟とユーリア・イーレン、オスカール・マー、エーティ・アシュレ、ラルフ、で、パドロとその一党パーティ、か。

 ……ほとんどが顔見知り以下の関係なので、所感込みで大丈夫ですか」

「ああ。外見、性格、いやこの際、取るに足らんような情報だけでも構わん。そこへじかに書き込んでくれ」

「了解です」


 傍らに置いてあったペンを取り、ジェンは立ったまま机へと向かった。


「えっと、取り敢えず上からで良いか。レギン・バルドルとリゼル・バルドル。この二人は兄弟です。どっちも黒い髪をしてます。兄貴のレギンは剣士で、身体強化が使えた筈。弟のリゼルは確か、かなりやり手の術式使いだったと思います。性格は、兄貴の方は割と気さくで、話せば普通に仲良く話せる、みたいな感じです。弟の方は……ちょっと話した事が無いので分かんないですけど、難しい顔を何時もしてるって印象です」

「ふむ。続けてくれ」


「バルドル兄弟については、ざっとこんなもんですかね。次は、ユーリアか。これも『ギルド』周辺で見かけた事があるくらいで話した事は無いですね。白い頭してて、銃を使う、って事くらいしか。あ、後、レギンとよく一緒に居る気がします。

 オスカール・マーってのは、『ギルド』だと有名な『能力』保持者ですね。臙脂色っぽい頭のそばかす顔です。確か本人は爆炎、って言ってたかな。触れると爆発する炎、みたいなのを撃ったり纏ったり出来る『能力』を持ってます。性格は……良く言えば慎重、悪く言えば小心者。自分が優位だと判断した瞬間に相手を見下すたちです。『能力』に物を言わせて路地裏の道を一本、縄張りシマとか言って丸々占拠してて、そこで大体三人か四人くらいの決まった連中とつるんでて、知らずに通りがかった人を片っ端から強請ゆすって…………。はあ。人が黙ってれば良い気になりやがって。オレの事絶対に舐めてただろ、あいつ等」

「…………」


 何の前触れも無く唐突に毒を吐き始めたジェンを、眉をひそめて凝視するメイラだったが、当のジェン本人はその視線に気付かないまま、改めて資料へペンを走らせる。


「エーティ……この人はちょっと知らないですね、見た事無いかもです。後は、ああ、パドロか。こいつは確か身体強化が使えない人間で唯一、特殊許可証を持ってる人ですね」

「特殊許可証、か。何か特別なものなのか?」

「はい。危険度の高い依頼、それこそ治安維持部隊から回ってきた依頼とかを受けるには『ギルド』直々に下される、特殊許可、ってのが必要で、その特殊許可の降りた人が持っている受注許可証を、特殊許可証、って言います」

「一定以上の実力者がそれを所持している、と考えて良いな?」


「そうですね。でも特殊許可って、身体強化とか『能力』とか偽兵器とか、とにかく霊力を使える人じゃないと降りないんですよ。けどこのパドロは身体強化を使えないまま、曰く、己の肉体の強さのみで特殊許可をブン取った、らしいです。何処まで本当なんですかね。

 外見はまあ、『ギルド』に居たら絶対に分かります。もうね、含めて何もかもがデカいですから。その上一党パーティの規模も最大級なので、来ただけで『ギルド』の酒場が半分くらい埋まります。

 ……って、ここまでは良いんですけど。如何せん女好きで、何時も違う女の人を二人か三人くらい侍らせてるので、正直あんまり会いたくないんですよね。何て言うか、目に毒だし。つーかそもそも言う事やる事上から目線で苦手なんだよな、あいつ」

「さっきから大丈夫か、お前」

「……大丈夫、って事にしといて下さい」


 口の端を吊り上げて、ジェンはそう零した。


「思い詰めるのも程々にしておけ。さて、大方こんなものかな。……ん?」


 ジェンの前から手前へと資料を滑らせたメイラは、ふと書き込みのされていない名前に目を留める。


「ジェン。このラルフという人物について言及が無かったが?」


 ああ、と返したジェンの表情が、瞬く間に緩んでいった。


「わざと飛ばしたんです。話す事が多くなりそうで」

「……嬉しそうだな」

「え、そうですか? そんなつもりじゃないんですけどね。……うーん。まあでも、やっぱりそうかもしれません」


 その笑顔は、何処にでも居る在り来りな少年のように、屈託無く、爽やかで。


「だってそいつ、オレの友達ですから」

「ほう?」

「とは言っても、あんまり長い付き合いじゃないんですけどね。知り合ってまだ一年くらいですし。そうですね、何処から話したら良いかな──……?」


 容姿、性格、嗜好、傾向、戦闘力。

 自身から見たラルフという人物についてジェンが話す事、十数分。


「……──とまあ、こんな感じですけど。無駄話が多くなっちゃいましたかね」

「いいや、そんな事は無い。随分と仲が良いんだな」

「へへ、そう言われるとちょっと照れ臭いですね」


 ジェンが頭を掻いている一方、メイラは少々目を伏せた。


「良好な関係を築けている事は結構だが、とは言え我々は最悪、ここに名前の挙がった人間と対峙しなければならん。その前提の上だと、お前の話を聞いた限り現状、このラルフが一番の難敵だ。特に『能力』、放電、だったか。雷を連射してくるとか洒落にならんぞ」

「……やっぱり、そういう話になっちゃいますよね」


 頭では理解していても、敢えて目を背けてきた事──友人であるラルフと、敵対しなければいけなくなる可能性。それをメイラから言葉という形を持って突き付けられ、ジェンは苦笑いを浮かべる。


「当然だ。無論、その状況を極力避けるに越した事は無いが…………いかんな、ここ一日以内で問題が起き過ぎだ。思考あたまが回らん」


 溜息をついたメイラの目元に、ふと薄ら隈がある事に気付いたジェンは、表情から笑みを消して真っ直ぐに彼女を見た。


「あの、大佐。もし良ければラルフの事、オレに全部任せてくれませんか」

「……何だと?」


 見開かれた目でメイラに凝視され、やや気後れするジェンだったが、臆病風をぐっと飲み込み、彼は言葉を続ける。


「敵対するのが厄介なら、最初からしなければ良いと思うんです。ラルフだけなら、何とか出来るかもしれないので。……駄目、ですか」


 暫しの沈黙、その後。メイラがふっと笑った。


「分かった。状況次第になるだろうが、お前に一任しよう。頼んだぞ」

「ありがとうございます……!」


 ジェンがほっと胸を撫で下ろす前でメイラは再度、ジェンの前の資料を手に取る。


「良し。取り敢えず現時点でお前に聞きたかった事はこれで全部だ。他に何か、気になる事はあるか?」

「気になる事、ですか。……あ」

「何だ」

「もしかしたら、あんまり訊いちゃいけない事なのかもしれませんけど。一つ、良いですか?」

「言ってみろ」


 生唾を吞み込んだジェンが、ゆっくりと口を開いた。


「その。スズミさんって、もしかして上級貴族とか、凄い上の地位の人だったりします?」


 おずおずと、控えめな声量でされた問い。しかしそれに対するメイラの返答は、随分とあっさりしたものだった。


「何だ。あいつ、自分から言ったのか」

「えっ、ああいや、別にそういうのを直接本人から聞いた訳じゃなくて。何て言うか、もしかしたら、ってオレが勝手に思ってるだけと言うか…………」


 ジェンが口籠っている間に、メイラは机の抽斗ひきだしを開けて中を探り、二枚の丸まった紙を取り出した。


「あったあった。まずはこれを見ろ。今のアレストリア全土の地図だ」

「え、こんな綺麗な地図って──……!? ……あっ、いや、何でもないです」

「……地理的な情報は時として軍事情報になる。真面な地図が一般に出回らないのはそれが理由だ。とは言え、この程度なら問題無い。安心して見ろ。

 で、これが五年前の同じ地図だ」

「……ムー、シュガル?」


 現在は満ちており、五年前は欠けていた領土の名を、ジェンは口にする。


「ムーシュガル王国。嘗て、アレストリアの南東部にあった国の名だ。この地図が出来て間も無く、アレストリアに王都を攻め落とされたムーシュガルは、最終的に国王オスニル・ベルシュガールとその血族が、ただ一人を除いて全て処刑された事で滅亡した。

 今は母方の姓を名乗っているがな。本来の名は、スズミ・ベルシュガール。王族、それも国王の甥なのさ。あの男は」

「……だから、あんな事を」

「ああ。どうも初任務が終わったすぐ後から画策していたらしい。ムーシュガル亡き今、スズミは常に捕虜、つまりムーシュガルの民に対する人質、という立場にある。それを逆手に取ってサシェから自分へ注意を引き付けようとしたが、想定よりも早くアレグリアに襲撃された、という事のようだ」


 息をついてから、メイラは、さて、と言って立ち上がった。


「この話は終わりだ。そろそろスズミへ会いに行くと良い。あんまり一人で居させると、あれも退屈だろう。……普段通りに話してやってくれ」

「! はい! じゃあ、失礼します!」

「おっと、まだ待て」


 今にも駆け出しそうになるジェンを留め、メイラは二枚の地図を抽斗ひきだしへしまってから、代わりに大きな角形の封筒を取り出し、彼の元へと歩いて行く。


「直に招集を掛けるかもしれん。私はこれから斥候部隊に話を付けに行く。武器なり体調なり、万全の状態にしておけ」

「はい、了解です!」


 作戦会議室から出た二人は、それぞれ廊下を逆の方向へと進んで行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る