43,フェウス教教会/塵埃煙る礼拝堂・午後


 身体強化。それは己が霊力を身に纏い、自己が発現した「能力」から、自身の肉体とそれに触れている物体を同時に守る為の術。


 では、何故霊力を纏うだけで自身の「能力」からその身は干渉を受けなくなるのか。

 それは人間が持つ霊力の特性である、霊力耐性が大きく関係している。


 霊力耐性。それは個々の「能力」に応じて示される、特異的な耐性の総称。


 ただそれは、「能力」を使用する時以外の場合でも役に立つ事がある。


 高い強度の高温耐性を持つ者なら、例え火の海の中であろうと、問題無く生存する事が可能であろう。

 高い強度の対人有毒物質耐性を持つ者なら、一度触れれば立ち所に皮膚が爛れ落ちる毒霧の中でも、十分に人の形を保っていられるだろう。


 そして、「能力」保持者同士における戦闘に於いては。


 相手へ向けた筈の「能力」の効果が霊力耐性により減衰、または無効化されるという現象が、時にして起こるものなのである。




 フェウス教教会/塵埃煙る礼拝堂・午後




「猊下、これは……!?」


 薄れていく轟音の中、立ち上る砂塵を腕で防ぎつつ、垂れ布の男は目を瞠る。


「私の『能力』を術式に落とし込んで少々の細工を施したものです。女神フェウス降誕の地であるチェシェリオという国の『光魔法』と呼ばれる技術を、私なりに模倣しました。あちらではこのように、使い方次第では光そのものが実体を伴った攻撃手段の一つとなるようですからね。試さない手は無いと考えたのですよ」

「成程、素晴らしい……!」


 感服の声を漏らした垂れ布の男はサナテルへ目配せをしてから槍の穂先を下げ、前へと歩み始める。その目的は只一つ、砂煙の中央にて、無数の光の矢によって地面へ縫い付けられているであろうラルフの、息の根を止める事である。


 一歩。また一歩。足裏から伝わる床の変形具合いに、垂れ布の男は自身の崇める司教の御業に嘆息する。


 抉られた石の通路。破砕された木製の椅子。

 不敬なる蛮族の姿を今か今かと待ち侘びた、その時。


 動ける筈の無い青年が、垂れ布の男の元へと躍り出る。

 その身はおろか、衣服にすら擦り傷一つ付いていない彼の様子に、垂れ布の男は狼狽した。


「ッ!? ……死に損なったな、貴様!!」


 自らの動揺を瞬時に理性で押し留め、垂れ布の男は金色に煌めく白銀の長槍を構える。


 元来、刃物を扱う者同士の戦闘に於いて、間合いは重要な意味を持つ。

 相手を近付けないよう牽制しつつ、自身は一歩離れた場所で攻撃の機会を窺う。

 構えただけで一方的に有利な状況を作り出せる長槍は、近接戦において非常に重宝される武器の一つなのである。


 だが、そのような定石は青年──ラルフには通用しない。


 顔面へ突き出された切っ先を届く寸前の距離で躱し、彼は垂れ布の男の懐へと入る。


「な……!?」


 男が目を見開いている合間、ラルフは槍の柄を押さえてベルトに隠し持っていた小型ナイフを振り抜き、男の腋へ深々と突き立てた。


「あ、がああ──────ッ!!?」


 利き手を封じられた垂れ布の男が、肩を押さえながら後方へと蹌踉めく。が、例えそれが偶発的なものであろうと、彼に距離を取らせる数瞬すら許さなかったラルフは、続け様にその側頭部へ強烈な蹴りを叩き込んだ。


 ふらふら、と覚束ない足取りのまま、男は椅子へ突っ込むようにして尻餅を付く。気絶こそしていないようだが、戦意を失ったのか、ラルフへ再度刃を向ける事は無かった。


 次はお前だ、とでも言わんばかりの形相で、ラルフはサナテルの元へゆっくりと歩いて行く。


「……成程。貴殿もまた『能力』保持者。それも私の『能力ちから』が通じない程の使い手とは。数年前のあの男と言い、化け物の相手はこれだから困るのだよ」


 こうなれば、と、サナテルは錫杖の石突で一度、床を強く叩く。


「背に腹は代えられぬ。この礼拝堂ごと、貴殿を押し潰すしか無かろう……!」

「……!!」


 くぐもった爆発音が堂内へ響いた直後、サナテルの言葉通り、大きな揺れと共に天井や壁がひび割れ、崩れ始める。


 余りにも唐突で、進みの早過ぎる崩壊。

 何か仕掛けてあったのか、と表情を些か歪めつつ、ラルフは隠し通路の入り口と思しき場所へと走り去るサナテルの背を睨みながら、崩落へと巻き込まれてゆくのだった。




 ???/???・午後




ってぇー……」


 狭く、暗く、しかし頭上から光の射す、地下通路の入り口。

 路地裏を騒がせたラルフの姿を探して数刻、ジェンは座り込みながら腰の下部、丁度尾骨の辺りを掌でさすっていた。

 と言うのも、ラルフの飛び付いた馬車を追っている途中で見失ってしまい、路地裏を虱潰しに探していた彼だったのだが、つい先程、地面の揺れと共に突如として抜けた足元へ落下、着地の体勢を取れないまま腰部と臀部を強かに打ったのである。


「身体強化無しだったら確実にケツの骨折れてただろコレ……」


 誰だよこんな場所に落とし穴作った奴、とジェンが恨み言を吐きながら立ち上がった、その時。


 闇へと続く通路に一つ、煌々と光が灯る。


「……ん? 何だアレ?」


 徐々に自身の方へと近付きつつあるようにも見えるそれを怪訝そうに凝視しながら、ジェンはゆっくりと歩き出した。


 そして、五分と経たないうちに。


「ッ!? 貴様、何者だ!?」

「え。あ、いや、先程上から落ちてきた者ですけれども」


 ばったりと鉢合わせた相手に対し、愚かしい程正直に答えたジェン。光の主であるサナテル──正確には彼の手にしている錫杖の先──の動揺の理由を推察出来ず、彼は目をぱちぱちとしばたく。

 ジェンとサナテル、両者の足が止まり、数秒。状況を先に飲み込めたのは、後者の方であるようだ。


「……成程。それは不憫な。貴殿が落ちてきた竪穴だが、実はこの通路の出口でね。現状、私だけが地上へ梯子を掛けられる仕掛けを知っているのだよ。さあ、私と共に地上へ出ようじゃないか」


 額に汗を浮かべつつ、穏便に事を進めようとするサナテル。しかしここで突如、ジェンの口角がにやりと上がった。


「……ははーん。さてはお前、さっきの地鳴りと何か関係あるな?」

「な、何故そうなるのだね!?」


 顎に指を添えるジェンの様子に、サナテルは思わず後退あとずさる。


「じゃあ一つ訊くけどさ。お前、ラルフっていう白黒髪に黒いコートの物騒な男、知ってるか?」

「それは、さっき──……って、そうではなく!」

「ほー。そっかあ。ま、良いや。んじゃ、疑わしきは罰しろっつー事で」


 普段の理性ある冷静な言動が鳴りを潜め、完全に悪漢相手の態度へと切り替わったジェンが霊力を解放、「能力」を発動する。


「お、落ち着きなさい! 私は何も──……」

「おらァ!!!」


 ジェンの手から繰り出された強烈な旋風に足を掬われ、サナテルは為す術も無いまま後方──礼拝堂の方──へと勢い良く吹き戻されていくのだった。




 崩れ落ちた礼拝堂/日の射し込む跡地・午後




 土煙の舞う、崩落跡。

 嘗て、異国の地にて信仰されている神を崇める礼拝堂であったその空間は今や見る影も無く、大きく陥没した地面から降り注ぐ陽光によって、土塊の露わになった地下の空洞が明るく照らし出されていた。


 およそ生きた人間など居ないと思われた、その場所で。

 崩れた壁板が電撃で吹き飛ばされたそこから、一つの影が這い出る。


 瓦礫の山より現れたその男とは、言うまでもなく、ラルフの事だ。


「…………」


 頭から被った瓦礫の塵を両手で払い、彼は大きく溜息をつく。

 そしてこの崩落に唯一巻き込まれていなかった鉄の扉に目を遣り、そこへ向かって不安定な足場を歩き出そうとした、その時。


 ご、と鈍い音が、ラルフの後方、丁度祭壇のあった辺りで立つ。


「……?」


 今度は何だ、と訴えるような視線をラルフが投げ掛けた、そこには。

 よく見た身なりをした茶髪の青年と、これまたよく見た、金の刺繍のある白い祭服姿の男が、瓦礫で埋まった筈の通路の入り口に姿を現していた。


「完ッ全にやり過ぎたな。おっさん気絶させちった。……つーか、大分やべえなコレ。上、穴空いてるし。嫌でも警備隊がスッ飛んで来るぞ、こんなん。

 ……って、あ!?」


 茶髪赤眼の青年──ジェンはラルフの姿を認めるや否や、引き摺っていた白い祭服姿の男──サナテルの身を適当な場所に放り、彼の元へと駆け出した。


「やっと見付けたぞ、お前!!」


 ひょいひょいと瓦礫と瓦礫の間を跳んでラルフの元へと走り寄ったジェンは、一度大きく息を吐いてから彼を見た。


「毎度っちゃあ毎度だけどさ。お前、何やってんだよホント。馬車に飛び乗るとか、バカじゃねえの? お前の所為で路地裏が大騒ぎだったんだぞ」

「…………」

「おいコラ、目ェ逸らすんじゃねえ」


 極まりが悪そうに、顔ごと視線を逸らすラルフ。

 ジェンは呆れ気味に頭を掻いた後、で、と言葉を続ける。


「何があったんだ」


 ラルフがぼそぼそと説明を始めてから、数分。


「え、って事は何、その、何とかって言うのを有り難がってた集団の資金源が人身売買だった、って事?」

「……多分な」

「マジか。……何かシュダルトってホンット、ロクでもねえ連中しか居ねえんだな。そんな事平気でやれる奴の気が知れねえよ」


 ラルフの言葉に呆然としていたジェンだったが、そんな彼にはお構い無しに、ラルフは再度踵を返す。


「おい、何処行くんだ」

「……あの扉の先に、地下牢に繋がれている人間達が居る」

「え、売られずに残ってるヤツが居るって事か!?」

「……尤も、さっきの崩落で地下牢が崩れてなければの話だけどな」

「……オレも付き合うよ。いや、付き合わせてくれ」


 青年二人、肩を並べ、通路を埋め尽くす瓦礫を飛び越しながら扉へと向かって行った。




 フェウス教教会/光の消えた通路・午後




 爆音と揺れによって篝火が消え、闇のみが空間を満たしている地下通路。

 ぱらぱら、と石煉瓦の天井から時折土が落ちてくる中、ハクア、リア、幼子三人、青年一人の六人が、ハクアの手元に灯った火を拠り所にしながら、通路の中央に座り込んでいた。


「こわいよお、おねえちゃん」

「わたしたち、ここでしんじゃうの?」

「……大丈夫、大丈夫だよ。もう少ししたら出口を探しに行こうね」


 涙を浮かべながら、ハクアにしがみ付く子供達。その様子を目に、青年は、け、と至極つまらなそうに声を漏らす。


「だからやめとけっつったのに。どうせ俺達全員、潰されて終わるのに、ありもしねえ希望に縋って何になるってんだよ」

「……お前は黙れ」

「あ? 服もロクに着れねえヤツが何言ってやがる」

「まあまあ、二人共。ここではやめよう。ね?」


 睨み合うリアと青年の間へ割って入るように、ハクアは二人に笑みを向けた。


「それに。万が一ここが崩れたら、私が何とかするから。絶対にこんな場所で死なせたりなんかしないよ。だから大丈夫」

「はァ? 何とかする、って。デタラメ言うのも大概にしろよ、クソアマ」

「……────、」


 青筋を立てたリアが息を吸った、その時。複数の足音と共に、通路の奥部から橙黄色の光がゆらゆらと姿を出す。

 その光は、ハクア達の元へと徐々に近付いていき────。


「ああ、良かった。全員無事みたいだぞ!」

「…………」


 やがてそこに、提燈ランタンを片手に安堵の表情を浮かべるジェンと、変わらない表情で彼女等を見下ろすラルフが現れたのだった。


「────ラルフ。どうして」


 真紅の双眸を見開くハクアを前に、何を思ったのか、ラルフは彼女から視線を逸らす。


「え、何。知り合いなの、この女性ひと?」


 ぱくぱくと物言いたげにラルフとハクアを交互に見ていたジェンだったが、まあ良いや、と直ぐにラルフの方へと向き直る。


「捕まってる人間はこれで全員なんだな?」

「……他に地下牢が無ければ」

「良し。なら全員、今すぐここから脱出するぞ。ただでさえ崩落起きてんのに、こんな場所、危険過ぎるからな。警備隊との連絡はオレが取る。お前は出来る限りで良いから、この人達を何処か安全な場所に避難させろ。良いな?」

「……了解」


 ラルフから一瞥されたハクアは、子供達の方を向きながら立ち上がった。


「皆、行こう。後もうちょっとで外に出れるからね」

「本当!?」

「やったあ!!」

「早く行こうよ! ねえねえ!」


「…………」

「……は。暢気なこったな」


 喜びのままにはしゃぎ、ハクアの周りで騒ぎ立てる子供達。

 その様子をリアと青年は、各々の思いを胸に抱きながら見つめている。

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