36,敵勢ギルド拠点/裏庭・午後


「んー、おいしかった!」


 ご満悦といった表情で腹をさするハクア。様子を見るに、相当な量の串焼きがその胃袋に収まったと思われる。


「ねえ、俺が食った串だけ軒並み芯抜けないの何で?」

「兄さんがそういう星の元に生まれたからじゃないの?」

「え、何、玉蜀黍とうもろこしの芯が串から抜けなくなる星とかあるの? それ星じゃなくて呪いの言い間違いだったりしない?」

「ほれ、片付ける時にオレが何とかしとくから諦めろ」


 どれだけ力もうと一向に串から抜ける気配のしない玉蜀黍とうもろこしの芯──その数、実に三本──に不服そうな表情を浮かべつつも、レギンはエーティに言われるまま、空いた盆の上へ串を置いた。


「ハクア、ちょっとこっち来なさい!」

「はーい! なになにー?」


 焜炉の傍で何やら作業をしているシンに呼びつけられ、ハクアは彼女の元へと駆け寄る。


「はい、コレ」


 そう言ってシンがハクアに差し出したのは、先端にマシュマロが三つほど刺さった金属串だった。


「わあ、良いの!?」

「当然、そのまま食べるのはダメよ?」

「うん、分かった!」


 シンから串を受け取ったハクアは霊力を指先に収束させた状態で「能力」を発動し、やや大きく息を吸ってから、小さく灯った炎をマシュマロに向かって吹き付ける。すると炎はマシュマロの元へと伸び、その表面を香ばしく焦がしていった、筈なのだが。


「うん、美味しそう……って、あ、燃えてる!?」


 ちろちろと小さな火の点いたマシュマロ。ほんのり茶色く色付いたそこがみるみる黒くなっていく様に、ハクアは慌てふためく。


「早く、フーッ、てしろ。フーッ、て!」

「え!? う、うん!」


 そんな彼女の横に居たレギンの言葉の通り、ハクアは火に向かって勢い良く息を吹く。ぼ、という音と共に、その火は容易く掻き消えた。


「やっぱり燃やしたわね……」

「まあ、普通に焚き火とかで焼いても燃える事あるし、大目に見てやっても良い気がするけどな。あの爆発事件からしたら大分進歩したと思うぞ、オレは」


 やや納得の行かなそうな顔でマシュマロを串に刺すシンの横でエーティが笑う。暫くして、マシュマロを刺し終えたシンが串を彼に差し出した。


「はい、これ」

「え」

「甘い物好きでしょ、アンタ」

「……何で知ってるんだよ」

「あら。三年も一緒に居るのに、気付かないとでも思った? ほら。さっさと行ってハクアアイツに焼いてもらいなさい」

「……分かったよ」


 ばつが悪そうにシンから目を逸らしたエーティは、焼いたマシュマロを頬張るハクアの元へと歩いていく。


 蝉時雨、夏の午後。

 皆で笑い合う団欒が、ゆっくりと時を運んでいくのだった。


 そして。数十分後。


「はにゃはにゃ……」

「すごいな。串焼きもマシュマロもぶっちぎりで一番食べたと思ったらもう寝ちゃったよ」


 木陰で眠る、幸せそうな寝顔のハクアを眺め、リゼルが呆れたように笑う。


「誰だって腹一杯になりゃあ眠くもなるだろ。お前も、美味かったか?」

「うん、美味しかったよ。玉蜀黍とうもろこしの芯相手に喧嘩売ってる兄さんとか、点火器ライターでマシュマロ炙ってたら串燃やしたエーティとか、面白かったしね。個人的には大満足かな」

「えー、別に喧嘩売ってるつもりじゃなかったんだがな……」

「それでも、抜けない芯に向かって結構真剣な顔で『は? テメエ舐めてんのか』とか言ってる兄さんって、絵面だけでも相当面白かったよ」

「そうかぁ?」


 催事の余韻に浸り、話に花を咲かせる兄弟。するとそこに、一つの人影が現れた。シンである。


「ヒマでしょ、アンタ達。特にレギン」

「絶対嫌だからな」


 彼女が手に持っているもの──模造刀ならぬ、模造ナイフ──を目にし、レギンの血相が変わった。


「大袈裟なヤツねえ。ただの腹ごなしよ。ナイフが嫌なら模造刀もあるわ」

「そういう問題じゃねえ。俺あんたほど体術出来ねえんだよ、相手になれねえぞ。ってこれ、毎回言ってんのに毎回聞き入れてもらえなくて毎回俺の言った通りになってる気がするんだが」

「顎に一発蹴り入れるだけで相手の意識沈めるような人間が何言ってんだ、って感じだけど。僕で良ければ、相手になろうか?」

「やめとけ。お前なんて三秒で背負い投げだぞ。シンの『能力』を忘れたか」

「げ、そうじゃん。やっぱやめとこ」

「何よ。釣れないわね」


 不満そうに口を尖らせるシンは、腹ごなしという名の暇潰し、もとい模擬戦の相手を見つけ出すべく周囲を見渡す。


「ユーリアにもおんなじ事言われて断られるし、エーティは片付けだし、手伝おうとしたらゆっくりしてろって台所から追い出されるし、ハクアは寝てるし。なーんもする事無いじゃない、アタシ。どっかに手頃な相手、居ないかしら。

 ……お?」


 彼女が振り返った先で目にしたもの。それは、新調した小さな投擲ナイフ──刀身のみならず、持ち手まで全て金属製──を研いでいるラルフの姿だった。


「フフン。良さげな相手、見っけ」


 適度に暇潰しの出来そうな、不足の無い相手を見つけ、シンはにやりと笑うのだった。


 数分後。


「……──ってワケで。さっきも言ったけど、首とか頭とか腹とか、急所に刃を当てた方が勝ち。良いわね?」

「…………」


 笑みを浮かべるシンとは裏腹に、作業を強引に中断させられてやや不満そうな表情のラルフ。その手にはシンと同じ、模造ナイフが握られている。


「ま、要は骨折るとか腕捥ぐとかしなきゃ何しても良いって事。んじゃ、行くわよ!」


 先手を打つ余裕をラルフに与える暇も無く、シンは彼へ向かって駆け出した。


 胸へ突き出される切先。向かって来るシンを目にした瞬間に構えていたラルフはそれをナイフで受け、刃を鍔へ立てて彼女の突きを押さえる。そしてそのまま押し返すように一歩踏み出し、シンの足を内側から払おうとするも、単純に足を上げて回避した彼女はラルフの利き腕──ナイフを握る右腕──に空いた手をついて彼を跳び越え、その背後に着地する。


 だが、ナイフを用いた近接格闘という自身の最も得意とする方法で戦闘しているラルフが、例え帝国最悪の暗殺者が相手だろうと、そう簡単に背後を取らせる筈は無い。踏み切られた衝撃で前へ体勢を崩しながらも自らの頭上を過ぎるシンを目で追っていたラルフは、彼女が着地した頃には体勢を直し、その方へと向き直っていた。そして間髪入れずに距離を詰めたシンの顔面への突きを弾き、続け様に側頭部を狙った蹴りを左腕で、加えて胸部への蹴りを両腕で防ぐ。


 防いだ衝撃を利用してシンとの間合いを離したラルフは、反撃と言わんばかりに大きく前進しながら彼女の胸部から上を狙ってナイフを振る。しかし後方へ宙を舞いながら回避する彼女に切先は掠る事すら無く、彼女が着地する瞬間を狙って再度ナイフを振ってもまた同様に躱され、その刃は空を斬るのみであった。

 地に手をついて着地したシンは、低い体勢のままラルフの腹を突く。その切先を彼はナイフで弾き、シンの横腹を蹴り上げようとするも、その脚は上からはたかれるようにして彼女に弾かれる。


 その数瞬を、シンは見逃さない。


 蹴りを弾いた隙にラルフの懐まで飛び込んだシンは、背中から当身の要領で彼に体当たりをし、そのまま自重を使って自身の上半身を押し付ける。

 これはラルフを突き飛ばす意図もあるが、それだけではない。彼女の最たる目的は彼の視界、正確にはである。


 手元、つまり自身の握るナイフが視界から消えた事に、ラルフは些か顔をしかめる。

 このままラルフが反撃に転じるよりも早く、自身が彼の首へ振り向き様に刃を当てればそこで模擬戦は終了となる。少なくともシンはそう予測し、考えていた。


 しかし。彼女が振り向くよりも早く、ラルフは身体を捻って彼女を横へと受け流した。


「!」


 自重の堰を一気に解かれたシンは、背から倒れ込むように体勢を崩す。が、それも束の間、手をついて身体を折り畳むように体勢を立て直した彼女は、ラルフの追撃である頭部への蹴りを後ろへ跳んで避け、勢い余って再度小さく跳んでから着地した。


 双方、数歩分の距離はあるものの、その緊迫度合いは変わらない。しかしそれでも尚、シンは悠然と笑っていた。


「フフ、良いわね。反応も動きも、視線の運びも完璧。初めてやり合った中じゃあ一番強いかも」


 伸ばした腕を抱えるようにして体をほぐしたシンは、さて、と呟いてラルフと相対する。


「じゃ、アタシもそれなりに本気、出しましょうか──……」


 そしてあろう事か、手にしていた模造ナイフを傍へと投げ捨てた。


「ね!」

「!!」


 先程とは比類にならない速度で間合いを詰めたシンが、ラルフの右腕を取る。


「ッ!?」

「遅い!」


 そして掴んだ腕はそのままに背後へと回り、彼の右肩を肘で押さえた。

 ナイフを持った利き腕を完全に抑えられ、前屈みのまま身動きの取れなくなったラルフは、背後のシンへ目を向ける。


「さ、どうする? 降参しても良いのよ?」

「…………」


 依然として余裕の笑みを浮かべるシンに眉を寄せるラルフだが、事実、彼はその場から一歩たりとも動く事が出来ない。


 ────彼が、常人であれば。


 シンから視線を外して息を吐いたラルフは、そのままの体勢から右腕の方へ抜けるようにして地面を蹴り、跳び上がった。


「!?」


 驚くシンを眼下に見つつ、ラルフは抑えられていた腕を軸にその場で一回転して拘束を振り解き、着地と同時にを彼女の喉元へ伸ばす。

 何時の間にか持ち替えられていたナイフに、シンの反応が遅れて──────。


 その、直前。ラルフの動きがぴたりと止まった。


「……チッ」

「…………」


 舌打ちをするラルフ。思いがけない隙を前に、シンは彼の襟と突き出された左腕を掴み、足を掬って横へ引き倒すように往なした。


 宙に放り出されたラルフは体勢を立て直そうともせず、芝の上へ勢い良く倒れ込む。

 暫くその場へ横たわって動かないままでいた彼だったが、やがてゆっくりと体を起こし、シンに視線を向けつつ立ち上がった。


 瑠璃色の瞳は、大海の奥底のように冷たく。しかしそこには一縷の逡巡、或いは葛藤が陽炎の如く揺れ動いていた。


 彼を見るシンの顔に、余裕の笑みは無い。しかし間も無く、彼女は耐え切れないと言った具合に吹き出した。


「フ、フフ、アッハハハハハ! すごい。何処で覚えたのよ、そんな動き。

 はぁーあ。勝ったら関節の一つでも教えようと思ってたのになあ。ま、しょうがないか」


 そしてゆっくりと彼の元へ近付いて行き、その腹を肘で小突く。


「良いわ、もう十分よ。今回はアタシの負け。付き合わせて悪かったわね」


 潔く負けを認めたシンはレギンやリゼル、ハクアの方を向く。が、ふと、ああ、と呟いてラルフへ振り向いた。


「そうそう。アンタ、何かここ最近イラつく事でもあった?」

「……!」

「やっぱり。ま、だからって特に言う事は無いけど。アンタの事なんだから、アンタの好きにすれば良いわ。

 ……でもまあ、一つだけ言っときましょうか」


 その笑顔は、彼へ真っ直ぐに向けられる。


「アンタ、笑った顔が様になるような男になりなさい」


 唐突に投げかけられた言葉に思わず顔を顰めるラルフだったが、それを気にする様子も無く、シンは今度こそ踵を返して歩いて行った。


「ほら、ハクア! 何時までも寝てないでとっとと起きなさい!」

「て言うかシン、さっきのアレ、あんたの負け扱いで良いのか?」

「良いのよ。見てたでしょ、真正面から首取られたんだもの。負け以外の何があるってのよ」

「近接格闘でシンが負けたの、初めて見たんだけど──……」


「…………」


 自身を模擬戦の場へ無理矢理に引き出し、終いには望んでもいない言葉を掛けるだけ掛けて去って行ったシンに、ラルフは再度小さく舌打ちをする。そして浅く溜め息をつきつつ、頭を掻いてから模造ナイフを庭の隅へ放り、磨きかけの投擲ナイフを手に拠点の中へと戻って行くのだった。

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