37,敵勢ギルド拠点/居間・昼
白く輝く太陽の眩しい昼下がり。窓から光の射し込む居間で、ハクアとフェリーナがソファへ向かい合うように座っている。
「共同資金に、って前に貴女がくれた金貨、全額返金しても良いのよ?」
「ううん、良いの。あれはもうフェリーナにあげたものだから。それに、必要になったらこうやってまた稼げば良いんだし。だから大丈夫!」
「ふふ。分かりました、良いでしょう。『敵勢ギルド』マスター代理であるフェリーナ・メアンドラから、組員であるハクア・ガントゥへ、依頼の遂行を正式に許可します。商売というものは信頼と利潤、この二つ無くして成り立つものではありません。どちらも損ねる事の無いように、責任を持って依頼を遂行するのよ」
「うん、ありがとう! じゃあ、早速行ってくるね!」
依頼の遂行許可が降りた事で顔を輝かせたハクアは、卓の上の依頼書を手に玄関へと向かった、が。
「おーい、ちょっと待て。まだ早い、まだ早いぞ」
「?」
後ろからレギンに呼び止められ、ハクアは彼を振り返る。
「お前な。行き先、路地裏なんだろ? 絶対誰かと行っといた方が良いって。ほれ、依頼書見せろ」
「うん!」
ハクアから依頼書を受け取り、内容を改めるレギン。だが暫くもしないうちに、げ、と彼の顔色が変わった。
「マジか。俺、ちょっとここ行きづれえんだよなあ……」
「そうなの?」
「へー、兄さんの苦手な場所って何処?」
首を傾げるハクアの横から、興味津々と言った様子で依頼書を覗き込むリゼルだが、やがて、ああ、と声を漏らす。
「うん。まあ、そうだね。確かに」
「二人共、この依頼主さんと知り合いなの?」
「知り合いどころか、僕の行きつけのお店の人だよ。術符と術符用の
「ふーん、そうなんだね」
ハクアが視線を落とした先には依頼書があり、そこには、
『依頼名:商品の運搬・陳列など
依頼主:ヨルト商店店主 ヨルト・フェゲラー
内容:三日間、店の営業を手伝ってくださる方を募ります。
場所:ヨルト商店 備考欄に添付した地図を参照のこと。
報酬:一人当たり 銀貨三枚、銅貨三十枚 分の報酬を予定。働きに応じて増額する場合もあります。
備考:必要に応じて食事、寝室など用意します。また絶対ではありませんが、力仕事の得意な方が望ましいです。』
等という文面が記されていた。
「んー、参ったな。やっぱ俺が行くか……?」
「レギン、ここ苦手なんでしょ? 私一人で行けるよ?」
「それだけは絶対にダメだ」
「じゃあ僕が行こうか。力仕事はあんま得意じゃないけど、そこら辺は術式使えば何とかなるし」
「お前はシンに何か頼まれてただろ」
「あっ、そうじゃん。危ない危ない。すっぽかすとこだった」
「ユーリア、はダメだし。エーティ、は今居ないし。誰が──……。
……あ」
思い当たる節に至ったレギンが、ぽんと手を打つ。
「リゼル。ラルフ呼んで来い」
「あ、成程。りょうかーい」
レギンの意図を汲んだリゼルが、皆の自室へ繋がる廊下のドアの向こうへと消えていった。
そして。
「……──てなワケで。三日間、ハクアに付き添ってやってくれ」
「…………」
「何渋い顔してんだよ。どうせ暇だろ、お前?」
「あら。何、これから依頼?」
渋い顔──とは言うが、普段通りの無表情のようにも見える──をするラルフを小突くレギン。その後ろを、シンとユーリアが通りかかった。
「うん! 三日間、お店をお手伝いするんだ! 初めて自分で受けた依頼だから、ちょっと緊張する……」
「そうなんですね。大丈夫です、ハクアさんならやれます! 無事に報酬、ブン捕って来て下さい!」
「えへへ、ありがとう!」
「報酬ってブン捕るものだったかしら……?」
ハクアとユーリアが睦まじく笑い合う様を見てから、シンはラルフの方へと目を遣る。するとそこには、何やらリゼルから説明を受けている彼の姿があった。リゼルから受け取ったのか、その手には紙巻き煙草のような形状の金属棒が数本握られている。
「取り敢えずそれ、必要だったら使ってみて。
使い方だけど、良い、この棒の中に術式が描いてある術符が入ってて、見ての通り、もう霊力は込めてあるから、後はこの外身ごと術符を斬るか、外身から術符を出して破るとかして術式から出て来た霊力を吸収すれば、霊力を補填出来るってワケ。まだ試作段階だから、何か改善点があれば教えてね。
────って、聞いてる!?」
「…………」
無言で浅く頷くラルフに、リゼルが、うんじゃない、と文句を垂れ始めた。
「霊力がほとんど無いって状態がどういう意味なのか分かってる!? 一歩間違えれば霊力切れどころか霊力喪失になりかねない状況に常に置かれてるって事だからね!? そこら辺ちゃんと理解してる!?」
「…………」
「だ、か、ら!! うんじゃねえっつってんでしょうが!! 前に霊力切れ起こして倒れそうになったの、憶えてる!? ハークトで怪我したのだって、単純に霊力無くて身体強化出来なかったからだよね!? そんな調子でずっといたら何時か絶対死にかけるよ!? て言うか死ぬよ!? それでも良いの!? 良くないよね!? て言うかお前が良くても僕がダメなんだよバカ野郎!!
良い!!? これは君が安易に怪我したり、死にかけたりしない為に!! 固定術式なんてあんなクソ術式に頼ってまで作った術式なの!! まあ頼るって言ったって改良しただけなんだけど、って、んなこたァどうでも良くって!! ただでさえ向こう見ずな事を平気でやるんだから、ちったあ僕の話を真剣に聞いて──……!!」
激情の余り、言葉を荒らげて怒鳴り散らすリゼル。彼に胸倉を掴まれ強く揺さぶられるラルフを眺め、シンの隣に立っていたレギンがふと、あれ、と小さく呟く。
「……もしかして
「あら、今更? 本人もまだ気付いてないっぽいし、兄弟揃って本当に鈍感ね」
「嘘ぉ、そんなに言う? え、そんなあからさまな感じの事ってあったっけか?」
「霊力測定の時ならアンタも見てたんじゃない?」
「ああ。話の途中で寝てたヤツな。……ん? あ、そういう事?」
「そういう事以外に何があるのよ。信用ならない人間の前で寝るバカが居るもんですか」
「まあ、それは確かに」
シンの言葉に感心しつつ、指で頬を掻きながらレギンはリゼルに再度目を向けた。
揺さぶられ過ぎたのか、やや顔の青いラルフに対し、怒鳴りこそしないものの未だにがみがみと小言を言う彼の姿に、レギンはふっと笑みを零す。
初対面のラルフを全く信用せず、彼の加入後もその姿勢を中々崩さなかった弟が、今となっては心こそ開いていないのかもしれないが、彼の身を案じるようになっている。目の前に広がるその事実が、彼にとっては例えようも無い程に嬉しく思えるのだった。
やがて、レギンはリゼルの元へと歩いて行く。
「おい、リゼル。そんくらいにしといてやれ。もう出発した方が良い頃合いだろ──……?」
シュダルト南西部/路地裏・午後
大通りから二本ほど外れた小道、路地裏。
大通りと違って石畳の舗装は無く、道幅も半分程しか無いが、それでも疎らに立つ露店には相応に人々が集い、賑わっている。
その路地裏を、きょろきょろと周辺を見回しながら歩く少女と、彼女の横で依頼書の地図を見ながら歩く青年。ハクアとラルフである。
「受付の人は『あそこら辺じゃ一番大きい道具屋だから、すぐに分かる筈』って言ってたけど、何が目印なんだろうね? あ、あそこのお店のお肉、美味しそう……!」
「……次の角を左だ」
「そ、そうなんだね。ありがとう!」
「…………」
馥郁たる香りにやや気を取られつつもラルフに笑顔を向けるハクアだが、それに一瞥すら寄越さないまま、ラルフは依頼書を四つに畳んでコートのポケットにしまう。そしてラルフに言われた通り、ハクアが目の前の十字路を左に曲がろうとした、その時。
「休みも無いのにこんな仕事、やってられっか!」
「オレ等ばっかりこき使いやがって、二度と来ねえからな!」
何やら不平を漏らしながら走る男が二人、突如として角から飛び出した。
「わわ、わ!?」
全速力で何かから逃走する男と危うく出会い頭に衝突しそうになったハクアだが、咄嗟にラルフが彼女の腕を引いた事で事無きを得る。そして。
「野郎、待て、飯泥棒!! 食うだけ食って逃げてんじゃねぇ────!!」
遅れて角から出て来た小柄な少年が、小さくなっていく男達の背に向かって叫ぶ。しかし彼等の足が止まる事は無く、少年も追うのを諦めたのか、腕を組んで不機嫌そうに舌打ちをした。
「ちっ、無駄飯ばっかり食いやがって。ったく。
……あ? 何見てんだ、オマエ」
自身をぽかんと見つめるハクアの視線に気付いた少年が、彼女に顔を向ける。急に声を掛けられ戸惑うハクアだったが、直ぐに彼女は身を屈めて笑みを浮かべた。
「ごめんね。ちょっと訊いても良いかな」
「何」
「あのね、ヨルト商店、っていうお店を探してるんだけど。何処にあるか、分かる?」
「!」
ヨルト商店、という言葉に反応したのか、少年の剣幕が柔らぐ。
「オマエ、ヨルさんの店に何か用か」
「うん! 私、今からその人のお店を手伝いに行くんだ!」
「……そうか。分かった、良いよ。案内してやる。後ろのオマエもそうか?」
そう尋ねた少年が、ラルフの方へと目を向けた。
「うん、そう──……」
「オマエじゃねえ。コイツに訊いてんだ」
ハクアの言葉を遮り、少年はラルフの前に立つ。
「…………」
「返事くらいしろよ」
「……そうだ」
「あっそ。じゃ、オマエも付いて来い」
素っ気なく告げた少年が、くるりと背を向けて走り出した。
路地裏/ヨルト商店前・午後
少年が駆けて行った先にあったのは、やや黄ばんだ
少年が店に入ると、あ、と声を上げながら一人の少女が店の中から姿を見せ、それに続くように大柄な少年──身の丈はラルフ程だが、四肢に関しては彼より太い──も現れた。
「アラン! アンタの所為で手伝いに来た人達、また逃げちゃったでしょ! もうこれで何回目!?」
「るッせえな、働かねえ人間にくれてやるモンなんて無えんだよ! そもそもアイツ等、文句ばっかり一丁前にほざき散らすクセに全部ヴァイムに仕事押し付けてたじゃねえか! あんなタダ飯目当ての連中、居なくなった方がマシだろうが!!」
「そんな言い方無いでしょ!? いい加減にして!!」
「二人共、落ち着いて。ほら、お客さん、来てる」
体格の割に声の小さな少年に肩を叩かれ、少女は彼の視線の先を見る。すると小柄な少年の背後に立つハクアの存在が目に入ったのか、たちまち顔を赤くしながら彼女の前へと駆け寄った。
「申し訳ございません、お客様。お見苦しい所をお見せしてしまって……!」
必死に頭を下げて謝罪する少女に、ハクアは、大丈夫だよ、と優しく声を掛ける。
「謝ってくれてありがとう。でも気にしないで良いからね。それに私、お客さんじゃないんだ。おーい、ラルフ! こっちこっち!」
後ろから遅れてやって来たラルフに大きく手を振ったハクアは、彼が隣に並ぶのを待ってから再度少女の方へと向き直った。
「私達、『ギルド』の依頼でこのお店を手伝いに来ました!」
ハクアが目前の三人に笑顔でそう告げる。すると、おや、という声と共に店の奥──『立入お断り』の文字が刻まれた厚い垂れ布の奥──から一人の男が現れた。
「来てくれたんだね。『ギルド』から話は聞いているよ。隣の君は、ついさっき男の名前で追加登録があった人で良いかな?」
やや切れ長の目に緑玉の瞳、細い眉。刺繍の施された臙脂のフードから垂れた、低い位置で一つに纏めていると思しき金糸の髪。
不敵さすら感じさせるような笑みを浮かべるその男は、二人の姿を交互に見つめた。
「ようこそ、道具屋・ヨルト商店へ。僕がこの店の主、ヨルト・フェゲラーだ。ヨル、と呼んでくれて構わないよ」
「はい! 宜しくお願いします、ヨルさん!」
薄い笑みはそのままに、店主──ヨルトはハクアと握手を交わす。
幾許かの胡散臭さを漂わせる彼の様子に何か思う節があったのか、ラルフは僅かに眉を寄せるのだった。
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