20,アレストリア東部/敵勢ギルド拠点・午後
「私、こっちに行きたい!」
そう言ってハクアが選んだのは、リゼルの受注した依頼だった。
「お、やったね! 兄さんのはお目に適わなかったみたいよ?」
「ちっ、やっぱりそっちを選んだか……」
「て言うかアンタ等、やる事やってから人を募ったらどうなの?」
「おっと、そうだったね」
シンに指摘され、リゼルはフェリーナの前に依頼書を提示する。
「受注許可、お願いします!」
「俺のも、宜しく。ああ、それと『ギルド』のおっさんから報酬、貰って来たぜ。エーティの荷物と一緒に向こうに置いてある」
「ありがとう。後で確認するわ」
レギンに微笑んだフェリーナは、卓の上に置かれた依頼書を手に取った。
「さて、『ギルド』での受注順で行きましょうか。
一つ目。受注者、レギン・ヴァルキード。依頼内容は『空き家を不法に占拠する集団の捕縛、後に治安維持部隊への身柄の明け渡し』。場所はシュダルト南部の貧民街。住所不明の為、依頼主が案内を行う。遂行期限は明後日の昼まで。契約金は銀貨三枚、報酬は一人当たり金貨が五枚と、銀貨、銅貨がそれぞれ十枚ずつ。
二つ目。受注者、リゼル・ヴァルキード。依頼内容は『石炭の運搬行路を一部占拠している盗賊の排除』。場所はアレストリア北部、ハークトの石炭搬入用トロッコ専用線路。遂行期限は二週間後の今日まで。契約金は銀貨五枚、報酬は一人当たり金貨三十枚、銀貨が二十枚。……また随分と高額な報酬の依頼を受けたのね。
良いでしょう。『敵勢ギルド』マスター代理であるフェリーナ・メアンドラから、組員であるレギン・ヴァルキードとリゼル・ヴァルキードへ、現時刻を以て各々の受注した依頼の遂行を正式に許可します。無茶をしない程度に責任を持って、依頼を完遂して頂戴ね」
フェリーナの言葉に、リゼルとレギンは不敵に笑う。
「了解」
「了解」
するとそこへ、頭にタオルを被ったラルフが風呂場へと繋がるドアから現れた。我関せず、といった様子で居間を通り過ぎようとする彼の姿を見たシンが、ふと口を開く。
「ラルフ。アンタどうせヒマでしょ? ハクアとリゼルと一緒に行って来なさいよ」
「…………」
シンを一瞥してから卓へ歩いて行き、依頼書を手に取ったラルフは、その書面に目を通してからリゼルの方を向いた。
「……出発は何時だ?」
「え? ああ、今日の夜中には出るよ。夜が明けないくらいを狙いたいからね」
「……足は?」
「そういった類のは使わない。何にしたって運賃、地味に高いしね。それにハークトって、シュダルトからでも馬車を運良く雇えたとして、大体五日とか掛かって着くような場所だから。遂行期限がかなり先に設定してあるのもそれが理由だし。
だから、僕の空間転移術式と空間遮断術式で直行するよ。大体そうだなあ、ハークトまで早くて四時間ってとこかな──……。って、ちょっと待って!? この二人と僕で行くの!?」
「ええ、まあ。当然そうでしょうよ」
「何コレ!? ゴリ押しの二倍増しじゃん!!?」
絶対に人選間違ってるでしょ、と文句を垂れるリゼルだが、当の言い出しっぺであるシンは全く意に介していないようである。
「何よ。文句ある?」
「あるに決まってんでしょうが。それとも何、理由でもあんの?」
不服そうに眉を寄せるリゼルを見て、シンは、理由ねえ、と呟いた。
「ま、今思い付いたっちゃあ、思い付いたんだけど。
少し前くらいから、その二人を組ませて『ギルド』の依頼を熟させたらどうなるのか、ちょっと興味があってね。良い機会無いかなあ、なーんて思ってたら、アンタ達が依頼を受けて来て、その上それが『盗賊の排除』なんていう最高に良さげな依頼なんだもの、この好機に乗らない手は無いと思ったの。
と、いう訳で。アタシからリゼルの受けた依頼に一つ、
振り返った先のフェリーナを、シンは笑みを浮かべて見つめる。
「そうね。最悪リゼルが抜けたとしても、恐らく戦力的には十分。依頼の解決の妨げにはならないでしょう。良いわ、シン・スケルスの要請を、正式な要請として出す事を許可します」
フェリーナの言葉を聞いたシンは、再度リゼルの方を向く。
「さて。これで一応、正式になったワケだし? 後はアンタが頷いてくれれば良いんだけど。報酬なら言い値で──……」
「分かった、やるよ。報酬は要らないから」
小さく溜息をついてから、リゼルは依頼書に書かれた地図の上へ術式を展開し、拡大した地図を宙へと投影した。
「これが今回の現場周辺の地図ね。丁度赤色に塗ってある所が占拠されてる場所だよ。今回夜が明けないくらいを狙いたいって言った理由は、毎晩どんちゃん騒ぎでうるさい、っていう付近の情報があったから。夜明け一時間前とかを狙えば、あちらさんが酔い潰れて寝てる可能性が高い、且つまだ暗い時間帯だから、襲撃には持って来いってワケ。
んで、一応作戦としては、地図見てくれれば分かる通り、線路が二手に分かれる所を丁度占拠されてるから、この二つに分かれてる側、南から北に向かって連中を追い込むよ。分かれて逃げられたらそっちの方が面倒だし。それと、『排除』って依頼書には書いてあるけど、基本的には捕縛を徹底して。取り逃がしてまた
ああ、そうだ。後、石炭満載のトロッコが二台くらい奪取されてるみたいだから、取り返して欲しいってさ。言わずもがなだけど、火気には十分注意してよ。特にハクア」
「うん、気を付けるね!」
「本当に大丈夫……?」
笑顔のハクアに並々ならぬ懸念を抱きながら、リゼルは地図を投影している術式を消した。
「まあ、取り敢えずはこんなところかな。さっきも言った通り、夜中くらいにはここを出るから、各々で準備しといてね。何か訊きたい事があったら何時でも訊いてよ」
くるくると巻いた依頼書を手に、リゼルは自室に繋がる廊下のドアへと入って行く。それから間も無く、レギンがぽりぽりと頭を掻きながらソファへと腰を下ろした。
「さて。俺はどうするかね。ハクアとラルフはリゼルに取られちまったし。ユーリア、行けるか?」
「はい、大丈夫です。何時でも行けます!」
「良し。エーティは?」
「ん?」
食堂から居間へと戻って来たエーティは、レギンの依頼書に目を向ける。
「……屋内での衝突がほぼ確定となると、今すぐ出て夜くらいに帰って来る感じか」
「ああ、そうだな」
唸ったエーティが、徐に口を開いた。
「
「それくらいだったらアタシとフェリーナでやっとくわよ? アタシ達、どうせ暇だし」
「貯蔵庫は助かるけど、薬品庫は絶対にダメだ。勝手に触ったらシメる」
「はいはい、何時も通りね」
剣幕のエーティへシンが暢気に手をひらひらと振って見せている一方、レギンは彼女の隣で依頼書と睨み合っている。
「うーん。そうなると二人、か。ま、適当に片しときゃ何とかなるかね……」
「適当にだなんて、ダメですよ。きちんと計画を立てましょう」
レギンの背後に立ったユーリアは、身を屈めて依頼書を読み始めた。
「ん? ああ、ごめん」
「いえいえ、お気になさらず。
……成程。読んだ感じ、レギンさん一人でも制圧力としては十分だと思います。ただ怖いのは、彼等が所有しているであろう武器の数と種類が未知な点ですね。あちら側に想定される資金的にも規模的にも無いとは思いますが、仮に大型の銃火器を装備した数人に囲まれでもしたら、流石のレギンさんでもかなりキツいと思います。
ですから、もし彼等が武装している場合、私が優先して武器を破壊します。丸腰になった彼等は動揺するでしょうから、その隙にレギンさんが気絶させるなり拘束するなりして下さい。
……と、話を勝手に進めてしまいましたけど。こんな感じで大丈夫ですか?」
「ああ、助かるよ。ありがとう」
「ふふ、こちらこそありがとうございます。あ、出発の前に一〇分だけ下さい。すぐに用意します」
「あんまり慌てんなよ。先に外で待ってるぜ」
「はい!」
走って自室へと去って行くユーリアを見届けて──もしかしたら
「そんじゃ、アタシもエーティの手伝いをしましょうかね。アンタは……金勘定が先かしら」
「ええ。でもすぐに終わるから、先に行ってて頂戴」
そしてシンとフェリーナが去って行き、居間にはハクアとラルフの二人が残された。
「盗賊はちょっと怖いけど、何だか楽しみだね、『ギルド』の依頼! 私は初めてだけど、ラルフも初めて?」
「……いや」
「え、受けた事あるの?」
「……何回か、程度だ」
「へえ、そうなんだね!」
すごいなあ、と目を輝かせるハクアに、ふとラルフは息をつく。
「……喋ってる暇があるんだったら、さっさと部屋に戻れ」
「あ、うん……」
冷たく、素っ気ない態度で居間を離れるラルフの背中を眺め、ハクアはやや目を伏せた。重苦しい空気を気にも留めず、彼はそのまま自室へと続く廊下に通じるドアの向こうへ去って行く、と思われたが。
ドアに手を掛けたラルフが、ふとその足を止めた。
「……出発は夜中。帰りは早くても明日の昼だろう。休むなら今のうちしか無いぞ」
「!!」
ハクアの双眸が見開かれる。
「……うん、分かった! ありがとう!」
ラルフからの思いも寄らぬ言葉に、ハクアは満面の笑みを浮かべるのだった。
アレストリア北部/鉄鋼の町ハークト・未明
夜明け前。深く、濃い夜空を、暖かい灯りの色が焦がしていく。
「この路地を出て北側を向けば、いきなり例の現場だよ。
……さて。まあ、シンの要請でこの面子になったワケなんだけども」
話しているリゼルの目の前には、ハクアとラルフが立っている。
「今回、僕は戦闘に参加しない。基本、援護は無いと思って。その代わり、何時もの子機を渡すから、何かあればこれで僕に話してね」
渡されたシールを、ラルフとハクアが順に受け取る。
「そんじゃ、後は拠点で話した通り! 早速行ってきちゃって!」
「はーい、行ってきまーす!」
「…………」
片や手を振りながら、片や無言で出発していった二人を見送り、リゼルは、はあ、と溜息をついた。
「本当に大丈夫かなあ、あの二人……」
鉄鋼の町ハークト/石炭搬入用トロッコ専用線路分岐点・未明
空を焦がしていた灯りの色は、燻る焚火の色。
酒宴にて踊り飲み、騒ぎ合っていただろう男達も、今やその活気は無く。
空になった酒瓶を片手に、誰もが夢現といった具合だった。
そこへ、少女の影が一つ。
長く美しい銀髪を持った彼女は、線路を枕に寝ている男へ声を掛けた。
「あの、すみません」
「……あ? 誰だお前」
「ヘヘヘ、可愛いお嬢ちゃん。どうしたんだい、こんな時間に」
続々と集まる男達の好奇の目線に晒され、少女は身を縮こまらせながら彼等を見上げる。
「えっと。この場所におじさん達が居て困ってる人達が居るの。だから、その。出来れば、どいてほしくって」
「…………」
少女の言葉に男達は顔を見合わせ、そして。
「……──フ、」
「ハハハハハハハハ!」
「『出来れば、どいてほしくって』だってよ!! アヒャヒャヒャヒャ!!」
「え、あの、おじさん達……?」
突如として大声で笑い始めた男達に、少女は困惑して彼等を見る。が、次の瞬間、少女の目の前に居た男が、彼女の胸倉を引き寄せた。
「わ……!?」
「いけねえよお、お嬢ちゃん。そんな意地悪言っちゃあ。おじさん悲しいぜえ」
少女の腿をゆっくりと擦りながら、男は下卑た笑みを浮かべる。
「お嬢ちゃん、ホント可愛いねえ。嬉しくなっちまうぜ、こりゃあ。
そうだ。お嬢ちゃん、おじさん達の仲間になってくれよ。そうすれば、ここを離れる事も考えてやろう。どうだ、良いだろ? 悪い風にはしねえからさあ」
「……──だ」
「何ィ? もっと大きな声で──……」
「それはやだ!」
何処までも澄んで輝く、深紅の瞳。
膨れっ面の少女に正面から見据えられたた男は一変、舌打ちをしながらその表情を歪めた。
「……生意気に口答えしやがって。イラつくんだよ、メスガキの分際がァ!!」
男が少女を地面へ突き飛ばそうとした、とした、その時。
低く、這うようにして現れた、黒い影。
それは瞬く暇も無く男の懐へと飛び込み、突き出た腹へ拳を叩き込んだ。
「ゴハッ……!?」
殴られた衝撃で少女を手から離し、男は後方へ吹き飛んで行く。
暫くその様を呆然と見呆けていた男達だったが、すぐさま微睡む仲間達へ向けて叫んだ。
「か、カシラがやられたぞ──────ッ!!」
「敵襲、敵襲ッ!!」
「……怪我は?」
「大丈夫、何処も何ともない!」
「そうか。……行くぞ」
「うん!」
二人──ラルフとハクアによって、戦火の火蓋が切って落とされた。
二手に分かれた二人は、線路を一気に北上する。その行く手には、剣や銃を手に襲い来る男達が居る。
「たかがガキ二人だ、さっさとぶっ殺せ!!」
「女の方を先に叩け!! フン縛って野郎の前で犯してやろうぜ!!」
疎らだった男達が一斉にハクアの方へ向かう様に、ラルフは舌打ちをして集団を睨む。その一方、大勢の男達を前にしたハクアは、静かに息を吐き出していた。
「死なねえ程度にぶっ殺せェ!」
「首さえ繋がってりゃ後はどうだって良いんだよ!!」
ハクアへ向けて、ある者は剣を振りかぶり、ある者は銃口を向けた、が。
「……うん、ごめんね」
彼女の全身から、霊力が放たれる。風圧さえ生み出すその膨大な量に、男達の手足が止まった。
「は……?」
状況を全く理解出来ていない男達だったが、両手を振り上げるハクアを目にした一人が、まさか、と声を上げる。
「コイツ──……!?」
「大丈夫。お水は後で沢山あげるから……!」
ハクアの両手に炎が灯り、それが地面へ振り下ろされた、直後。
夜空を焼き落さんとする程の爆炎が、地面に吹き付けられて巻き上がった。
「ギャ──────ッ!!?」
「何だこの女ァ!?」
「一旦引けーッ!!」
ハクアから一番近い距離に居た男達が炎に抱かれる中、辛くもその炎熱から逃れた別の男達が、その先で捉えたものは。
「…………」
大振りのナイフを構え、瑠璃色の冷たい瞳で彼等を睨む、ラルフの姿だった。
「ヒッ……」
引き攣った声を上げ、男達はじりじりと後退っていく。
ナイフの柄を握り締めたラルフは、静かに「能力」を発動した。その身から漏れ出す蒼電が、ちりちりと音を立てながらナイフの刃に収束していく。
その切先が男達に向けられた、刹那。迸る電流が轟音と共に男達を直撃した。
瞬間的に熱せられた刃が、音を立てて冷めていく。
悲鳴を上げる事すら許されないまま、男達は地に倒れ伏していった。
「これでもう全員かな。あ、霊力、大丈夫?」
「……問題無い」
「そっか」
気絶して動かない男を指先でちょいちょいと突いてから、ハクアは北方へ顔を向ける。その先には、布の掛かった二台のトロッコと、その前方に置かれた樽が三つほど見えていた。
「あれがリゼルの言ってたトロッコかな? 良かった、壊れてないみたい!」
トロッコへ近付こうとしたハクアだったが、唐突に彼女は顔を顰め、自らの鼻孔を両手で塞ぐ。
「うう。何か、臭くない……?」
「…………」
後から歩いて来たラルフの嗅覚にも確かに、臭い、と形容するに足る刺激臭──丁度、滋養強壮に良いとされる香草のような──が届いていた。
水気を帯びた樽の蓋を撫でながら、ラルフは眉を寄せる。
その樽の中身の正体を、二人は未だ知らずにいた。
・・・
何となくだが、この樽の中身について、嫌な予感がしている。
ここにあって良いか否かはさておき、少なくとも俺や
ただ、それが確信になるだけの手掛かりが無い。
いっその事、一つ壊してみるか? いや、それは流石に危険が過ぎる。
……どうして、樽だけ全部濡れている?
金属部の錆び具合を見るに、かなり長時間濡らしてあるらしい。隣のトロッコとは明らかに状態が違う。
ここ最近、連日雨といった時期は無かった筈。となると、人為的に濡らしている?
そもそも、どうしてこんな場所に置いてある?
トロッコの前方、つまり、北側。遮蔽物の無いここら一帯では唯一、一日中日の当らない──────。
────まさか。
ひゅう、と、風を切る音。
振り向いた先の方から、何か光る物が放物線を描きながらこちらへ飛んで来ている。間違い無い、火矢だ。よりによって、最悪の予想が的中した。
「クソッ……!」
あれが万一樽へ刺さりでもすれば、空中を移動出来るリゼルはまだしも、俺や
だが、相手は相当な名手らしい。矢はほぼ真上から飛んで来ている。
……ああ。一端を勝手に吸収させてもらった
それが、手の届く範囲に入る瞬間を狙って────掴む。
「────ッ!!」
熱い。痛い。当たり前だ。身体強化すら儘ならない身で火を、それも鏃ごと素手で掴んだんだから。
でも。今、俺の足元にある
「……リゼル!」
『何? って言うか、さっきからどうしたの急に』
「今すぐ俺の周りを術式で囲め」
『え? いや、僕は戦闘には参加しないって最初に──……』
「燐だ」
『は?』
「樽の中に燐が入ってる。早くしろ!」
ああクソ、四の五の言うな。
そう言ってる間に火矢が三本、飛んで来てるって言うのに────!!
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