15,ギルド/ギルド長室・昼


「ちょ、ちょっと待って。これ以上はまずいって……!!」


 見上げんばかりに巨大化したを見つめ、リゼルが冷や汗を流す。


「おいおい、マジか……!?」

「嫌な予感しかしないわよ、アレ」


 レギンとシンも同様、その様に圧倒されていた。


「どう見たってヤバいな。多く見積もって二十秒後、逃げられそうか?」

「…………」


 半ば諦め気味な笑みを浮かべるエーティの横で、未だ顔色の悪さの残っているラルフは溜息交じりに立ち上がる。


「すごいよ、どんどん大きくなってく!」


 対して、それに一番近い位置に立っているハクアの表情は、きらきらと嬉しそうだ。

 遂に周囲の日射しを遮る程に巨大になったそれは、真っ白な光を放ち始め、その強さを増していく。


「……ッ!!」


 咄嗟に「能力」を発動したリゼルがそれを囲うように術式を展開し、ハクアを引っ張ってその場を離れた、瞬間。


 ばきん、と大きなの入ったそれは、音を立てて崩壊した。


「すみません、遅くなりました」


 手入れの終わった銃火器を背負ったユーリアが、戸の枠を傷付けないようゆっくりと庭へ出る。


「あの、的って何処にありましたっけ。……あれ?」


 ユーリアの振り返った先には、居る筈である皆の姿は無く、代わりに術式に閉じ込められている巨大で透明な結晶状の何かと、芝生に倒れたリゼルとハクアの姿があった。




 ギルド/ギルド長室・昼




 降り注ぐ日射しが強まった、昼。

 磨き抜かれた木の床が、窓から射し込む光を受けて照っている。


「ようこそ、おいで下さいました。ささ、どうぞ。そちらへお掛けになって下さい」


 白い顎髭を蓄えた壮年の男が、立ってフェリーナに席を勧めた。


「今日はなにでお越しになったので?」

「田舎町で馬車が運良く停まっていましたから、それを雇ってシュダルトの中心まで。後はここまで歩いて参りました」


 勧められた通りにフェリーナは黒革の張られた椅子へ座り、麦藁帽子を取る。


「そうでしたか。暑かったでしょう。最近、特に昼は日射しが強くなってますからね。

 ……さて」


 机を挟んで向こう側の椅子に座った男は、真剣な面持ちでフェリーナを見た。


「貴方がここへいらっしゃった理由は、一つしか無いでしょう」


 数秒の間の後、ええ、と答えたフェリーナは、手にしていた鞄から数枚の書類を取り出す。


「こちらが、最優先解決案件『少女誘拐事件の原因の解明及び解決』における任務の達成報告書です。事件発生の原因に関する考察も含め、詳細はそちらに全て記してあります。お時間の許す時にでもご覧になって下さい」


 男に笑いかけたフェリーナは、更にもう一枚の紙を鞄から取り出した。


「そして、達成報酬と合わせてこちらの額を追加で請求致します。お支払いいただけますか?」


 紙に提示された額と、幾らか鋭くなったフェリーナの視線に、男は眉根を寄せる。


「一応、お聞きします。これには何の意味が?」


 男の言葉に、フェリーナの視線が更に鋭くなった。


「『敵勢ギルド』が貴方がた『ギルド』に求めるのは信頼と利潤、この二つに尽きます。それ以上の組織的、及び組員に対する個人的干渉を我々は望みません」

「…………」


 押し黙る男を、フェリーナはそのまま見つめ続ける。


「簡潔に申し上げましょうか。

 ……、とそちらへ再三申し上げている筈ですが、理解しておられますか?」


 フェリーナの有無を言わさぬ威圧感に、男は息をついた。


「……ええ、分かっていますとも。

 しかしですね、如何せん、ここは貧民街。仲間を殺されたとなれば、どんな形であれ、報復を望む者がほとんどです。しかし、その者等に依頼を受理させたとなれば、彼等が二の舞を踏まないという保証は無い。そうかと言って、報復をしないと言ってしまえば、暴動が起きかねません。そこでまた死人が出てしまったら、それこそ収拾がつかないというもの。ですから、ここは確実に依頼を熟す事の出来る、貴方がたにお願いする他無いだろう、と考えた次第であります」


 厳しい表情を浮かべる男に、フェリーナは視線を緩めた。


「まあおよそ、そのような事だろうと思っていましたよ。だから受理したのですし。

 三日後、報酬金を受け取りに一人、ここへ向かわせます。それまでに追加請求分も含めた全額、是非ともご用意下さい。宜しくお願い致しますね、殿


 フェリーナに笑いかけられた男は、苦笑いをしながら頬を掻く。


「止して下さいよ、そんな昔の呼び名なんて」

「ふふ。では、失礼致します」


 頭を下げたフェリーナは、床と同じく磨き抜かれたドアを開け、部屋から出て行った。




 ギルド/集会所兼酒場・昼




 シュダルトでは、様々な人間が、様々な環境で生活を送っている。

 中央政府で国の為にと働く者、中心地区で優雅な生活を送る者、大通りの脇で店を営む者、大きな荷物を括った驢馬を引いて交易をする者。


 これらは全て、謂わば日向に於ける生活だが、無論、闇の取引で金を巻き上げる者、娼館を営む者、そこで客を取る者と言った、日陰で生活をする者も当然存在する。


 ここは、日の当たる場所と、当たらない場所の境目。

 夕闇に立つ、世界の玄関口。

 軍事力の増強にかまけ続けた帝国によって生み出された、史上最悪の吹き溜まり。

 社会の受け皿から零れた者達──望んで皿から飛び降りた者も居るかもしれない──が行き着いた、治安悪化の成れの果て。


 シュダルトの南部に位置するそこは、アレストリア最大の貧民街。

 その入り口に、「ギルド」は位置している。


 部屋を出たフェリーナは階段を降り、酒場となっている集会所へ出る。

 暖かい色の電灯が一面を照らすそこでは、清潔な身なりをした若い女達が受注の手続きや料理の運搬を忙しなく行っており、むさ苦しい熱気と強烈な酒気の混ざった、噎せ返るような空気が充満していた。


 そんな光景には目もくれず、フェリーナは一路、硝子細工の填め込まれた両開きの扉へ向かい、真鍮の取っ手に手を掛ける。

 重厚なその扉をフェリーナが押そうとした、その時。何者かによって、フェリーナの背後から扉が開かれた。


「よォ、お嬢さん。開けてやるよ」


 フェリーナが振り返ったそこには、彼女よりも頭二つ程背の高い男が、酒に酔った様子で扉に手を付いていた。


「まあ、ありがとうございます」


 男に笑いかけたフェリーナが、開かれた扉から外へ踏み出そうとした、その時。


「何だァ。この女、随分と上玉じゃねえか」

「知らねェのか、お前。こいつさっき『ギルド』の二階から降りて来やがった。マスターの女なんだろうよ」

「へェ。あの野郎、ジジイのクセして良い女見つけたじゃねーか」


 男の背後から更に二人、男達が出て来る。どれも例外無く、酒に酔った様子だ。


「なあ、お嬢さん。ここ、何処だか知ってるか、え?」


 光の無い瞳をした男達に囲まれ、その一人に顔を覗き込まれても臆する事無く、フェリーナは微笑みを浮かべる。


「はい。ここは貧民街、ですよね?」

「ほお。知ってんじゃねーか。キレーなべべ着てっからよ、何にも知らねェどっかのお嬢サマかと思ったぜ」


 男は満足気に笑った後、フェリーナに手を差し出した。


「じゃあ、どうすりゃ良いのか、分かってンな?」


 フェリーナは少し考えた後、ああ、と、持っている革の鞄の中を漁り始める。


「お金の事かしら。そうね。お礼なら、こっちの方が分かりやすいものね」


 そう言ってフェリーナは銀貨を一枚、男の掌へ乗せた。


「はい、どうぞ。お気遣い、ありがとうございまし──……」

「あ? フザけてンのか、テメェ」


 笑みを浮かべていた男の表情が一変する。


「このオレが開けてやったってのによ、シケた金出してんじゃねェぞこのアマァ!!」

「あら、ごめんなさい。でももう、これ以上のお金はありません」


 怒鳴り散らす男を前にしても、フェリーナはその微笑みを崩さない。


「あァ!? 女のクセにイッパシの口利いてんじゃねェ!! 金が無えンなら股でも開いてさっさと稼ぎやがれ──……」

「ちょっと良いか、お前等」


 フェリーナを恫喝する男の取り巻きの背後から、別の男の声が掛かった。


「ああ? 誰だオマ──……。ッ!?」


 瞬間、取り巻きの一人が投げられる。


「あァ!? 何だ、ケンカ売ってんのかテメェ!!?」


 恫喝していた男が向き直った直後、男の胸倉が引き寄せられ、その身体が宙を舞った。

 目の前に居た男の姿が無くなった事で、フェリーナは漸く声の主を目にする。


 その男は、灰色を帯びた茶色の髪とややくすんだ赤い瞳を持ち、灰緑の厚い布に包まれた棒状の何かを背負っている、一人の青年だった。


「ギャアギャアうるさいんだよ。お前等こそ、昼間っから飲んでる暇があるなら依頼の一つでも引き受けてさっさと稼ぎやがれ」

「野郎ォ……!!」


 男を見下ろす青年の姿に、取り巻き達は何やらこそこそと囁き合いながら逃げて行く。

 その後姿を眺めてから、青年はフェリーナに歩み寄った。


「怪我はありませんか」

「ええ、何もありません。ありがとうございます」

「……今後、ああいった連中に金銭の類は見せない方が良いですよ。例外無く調子に乗ってたかりますから」

「あら、貴方──……」


 突如、フェリーナが目をみはる。その瞳には、青年の背後で拳を振りかぶる、鬼の形相をした男の姿が映っていた。


 深々と溜息をついた青年は即座に振り返り、拳を握った男の手首を掴んで、


「いい加減、黙ってろ!」


 鳩尾に一発、掌底を叩き込む。呼気を一気に吐き出した男は、気を失ってその場へ倒れ込んだ。

 やれやれ、と手をはたいた青年は、再度フェリーナに向き直って話を続ける。


「出来れば貧民街ここには近付かない方が良い、と言いたい所ですけど。一応オレからは何も言わないでおきます。

 まあまさか、『ギルド』のマスターと……なんて事は無いと思いますけどね。あの人、奥さん一筋だった寡男やもおですし」


 青年の言葉に、フェリーナは、ふふ、と笑みを零した。


「そうですね。私に関しては、その程度の理解で大丈夫ですよ。では、私はこれで──……」

「あ、ちょっと待って下さい」


 去ろうとしたフェリーナを引き留め、青年は何やらごそごそとポケットの中を探り始める。暫くして、あったあった、と取り出されたのは、一枚の銀貨だった。


「こういう類の連中は金目の物に対して異様に執着心が高いです。気絶してるうちに取り返そうものなら、オレはまだしも、貴女が逆恨みをされかねません。ですからどうか、受け取って下さい」


 銀貨を青年から受け取ったフェリーナは、少々驚いたような顔をしてから彼に微笑みを向ける。


「そうですか。お気遣い感謝致します。では今度こそ、私はこれで。ありがとうございました」


 丁寧に頭を下げたフェリーナはくるりと背を向け、曲がり角に停まっていた馬車へと駆け足で向かって行った。

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