14,敵勢ギルド拠点/裏庭・午前
うーん。こうして安物の手帳にペンを取り、いざ手記というものを書こうとなると、どうしても書きたい事が浮かんで来ない。ただ、浮かんで来ない事も含め、こうして文を綴るという行為は存外に悪くない。
たった一人の長い旅路なんだ。これを見る人間なんて後にも先にも僕ぐらいしか居ないだろうし、声に出して吟ずる訳でも無し。もう少し書いたって
僕の生まれ育ったこの国、アレストリア帝国。
通称、アレス帝国、アレス。僕はアレスと呼んでいる。
約八百年の歴史を持つこの国は、様々な国を取り込み巨大化していく国、即ち帝国として栄えてきた。
普通、帝国の寿命は短い。取り込まれた国々の憎悪は遅かれ早かれ、必ず牙を剥くからだ。
でもこの国は八百年、絶えずこの土地にあり続け、そして変わらない繁栄を続けてきた。
その所以は現皇帝が国を挙げて推し進めている、「能力」に関する研究無しには綴れない。
アレスはまず「能力」を、安定して高い出力を発揮する自然現象系、発動に莫大な霊力を要するが極めて強力な超常現象系、霊力の消費効率は良いが出力範囲が大きく限定される自己強化系の三つに性質を分けた。
そして「能力」に応じて霊力そのものが示す特異的な耐性を分類し、更にその強さを五段階で表した。その種類は、衝撃耐性、高温耐性、低温耐性、電撃耐性、閃光耐性、音耐性、対人有毒物質耐性、くらいだったかな。
更にアレスは「能力」を発動する際に身体能力が飛躍的に上昇する現象を発見。「能力」を発動した際の身体能力を一定の基準で測った計測値を元の身体能力の計測値で割り、その値を身体強化率と名付けた。
やがて、アレスは拠る霊力を記さずとも効果を発揮する術式、つまるところ術式を一般化する技術を開発し、一定量の霊力を流せば特定の「能力」を適切な火力で発現可能な武具を完成させ、すぐにそれらを門外不出とした。
敵勢ギルド拠点/裏庭・午前
柔らかく射される日の光を阻むものが一つも無い、初夏の日。
拠点の庭──と言っても森との境は無く、開けた場所に芝生が植わっているだけ──に、幾つかの人影がある。
「良し。それじゃ、霊力の測定、始めるよー」
術式でふよふよと空を飛ぶリゼルが、自らの膝に頬杖を付きながら言った。
「…………」
熟睡していた所をリゼルに叩き起こされた事により、日頃の無表情に若干の不機嫌が加わった表情をしているラルフの前には、大木を伐り出した丸太が年輪を露わにした状態で置かれている。
「全く、なーに仏頂面してんのさ。朝食が終わる時間になってもまだ寝てたのは君の方でしょ」
「…………」
「それにこちとら、君に訊きたい事なんて
眉の力が抜けたようにも見えるラルフを前に、リゼルは透明な立方体と紙を取り出した。術符を敷いた丸太の上に、ごと、と重い音を出して置かれたそれは、丁度リゼルが片手で掴める大きさをしており、宝石のような光沢と艶やかさを持っている。
「これは霊力を測定する為の人工石。霊力測定器、ってとこかな。これ一つで霊力量、『能力』の系統、身体強化率、霊力耐性が分かる優れモノだよ。ドロドロに融かした原料に術式を溶かし込んで作るんだけど、製法の技術自体は帝国が開発した──……って、ここら辺の話は良いか。
使い方は簡単、これに霊力を当てるだけ。そうすると、まず霊力量に応じて体積が変化する。そしてどの系統の『能力』かによって、自然現象系なら球形に、超常現象系なら正二十面体に、自己強化系なら正八面体に形が変わる。たまに違う形になる時もあるけど、まあ、それはそれとして。
次に内側が光るんだけど、それは身体強化率を表してる。倍率が等倍以上二倍未満、二倍、三倍、三倍より上の順で、赤、緑、青、白の順で色が変わっていって、等倍より下の場合は光らない──……って、寝るな────ッ!?」
立ったまま器用に寝ているラルフを、リゼルは揺さぶり起こした。
「……何だ」
「何だ、じゃないって! 測定器の説明で寝た人、君が初めてなんだけど!? そんなに長い話じゃなかったよね!? ちょっと、言ってる傍から寝ないで!?」
再度眠りに就こうとしているラルフを必死に起こすリゼルを見て、取り巻きの一部であるレギンとシンが、込み上げる笑いを必死に堪えている。それに気付いたリゼルが、彼等の方を向いた。
「そこ! 笑うなー!」
「いや、悪い──……。フフッ」
「ごめんなさいね、ふふふっ」
リゼルに指差され、笑いをどうにか止めようとしたレギンとシンだったが、二人共々、敢え無く失敗に終わるのだった。
「そんなに気にすんなよ。何気にそいつ、話聞いてたし。と言ってもまあ、身体強化率の辺りから怪しかったけど」
「え、そうだったの?」
「…………」
離れた場所の木陰に座ったエーティに言われ、リゼルはラルフを見遣った後、二、三度咳払いをする。
「はい、気を取り直して。で、最後に霊力耐性ね。これは特に形状とか色の変化は無いんだけど、さっき言った情報も含めて、下に敷いてある術符に勝手に記録されるから、まあ、最後のお楽しみ、って感じだね。じゃ、お手本として最初は僕がやってみますか」
「……始めからそうした方が早かったんじゃねえか?」
「うるさい」
「ごめん」
レギンを一睨みで黙らせたリゼルは術式を解いて着地し、測定器と術符を一度芝の上に置いてから手をかざした。すると測定器はむくむくとリゼルの腰丈程の大きさになり、正二十面体へと形を変えていく。
「はい、これで第一段階、霊力量と『能力』の系統が出たよ。このくらいの大きさだと、自然現象系の『能力』なら霊力切れはまず起こさないかな。で、正二十面体になったから、僕の『能力』は超常現象系、って事になるね」
リゼルが話しているうちに、測定器の内部が碧色の光を放ち始める。
「あ、これで第二段階、身体強化率ね。綺麗に青緑色になってるから、大体十割五分増しって所かな。もうこれ以上の変化は無いから、後は術符に情報が書かれるのを待って、っと」
敷かれた術符に茶色い文字が刻まれ終えた事を確認したリゼルは、かざしていた手をどけ、たちまち縮んで元の大きさに戻った測定器と術符を拾い上げた。そして測定器を再度丸太の上へ戻し、ラルフに術符を差し出す。
「はい、大体こんな感じ」
ラルフの受け取ったそれには、
『霊力量:極めて多い
能力系統:超常現象系
身体強化率:十割五分増加
霊力耐性:衝撃(Ⅴ)、高温(Ⅳ)、閃光(Ⅳ)、音(Ⅲ)、電撃(Ⅲ)、対人有毒物質(Ⅲ)』
という文章が印字されていた。
そしてリゼルは風に吹かれて飛んで来た一枚の葉の上下に術式を展開し、それを移動させて葉を自らの横に運ぶ。
「ちなみに、僕の『能力』は空間操作。簡単に言っちゃえば、僕の霊力が及ぶ範囲にはたらいてる色んな力を操作したり、強くしたり出来る『能力』だよ。傍から聞けば自然現象系っぽいけど、自然発生しないような現象も起こせるから、超常現象系に分類されるのかな。測定器の出した解析結果もそう言ってるし。
色々と応用が利く『能力』だけど、僕の霊力が放出されてる範囲全部が出力範囲だから、ほとんどの場合で術式を使わないとダメなのが唯一の欠点だね。はい、これ。触ってみて」
そう言って、リゼルは横に浮遊している葉をラルフの前に差し出した。
「アンタ、ソイツの『能力』を調べるんじゃなかったの?」
「え? まあ、そうだけど。丁度良い機会だし、一応説明しとかなきゃダメじゃない? 僕の『能力』、『
「まあ、それもそうかしら……?」
「シンはいざとなったら僕の『能力』だって無力化できるんだから良いでしょ」
シンと会話を交え、リゼルはラルフに目を遣る。そこには、術式により浮遊する葉に手を伸ばしつつ、怪訝そうに眉を寄せるラルフが居た。
「……術式に弾かれるんだが」
「あは、でしょ? この術式、僕が指定したもの以外は全て通さないようになってるんだ。名付けて『空間遮断術式』。今この術式を行き来できるのは、空気と熱と、光と音だけ。
ちなみに今この術式、僕が光を操作して作ってるんだけど、こうやって気流を上手くいじれば──……」
リゼルが言った途端、葉の上下で青白く光っていた術式が消え去った。
「この通り、可視化も不可視化も自由自在だよ。これを出来るのは今まで僕が出会って来た人間の中には、誰も居なかったりするんだけどねー。
とまあ、自慢話はここら辺にして……はい。これで君も入れるようになってる筈。今度こそ、触ってみて」
ラルフは再度、術式に手を伸ばす。すると先程までラルフを弾いていた術式は、難無く彼の指を透過した。
「他には、術式の内外に透過する光をいじって偽物の景色を作るとか、術式の中の電流を操作して雷起こしたり、空気を限界まで圧縮させたのを一気に解いてぶつけたり、光と熱を一点に集めて撃ち出したりとか出来るけど、まあ、それはまた別の機会に話すよ。ささ、やってみて」
測定器の下に紙を敷き、リゼルは促すように両掌を見せる。
「…………」
ラルフはリゼルに言われた通り、霊力を放出して測定器に手をかざした。
すると、測定器はみるみる縮んで
「は? 何コレ、小っちゃ!? こんなに小っちゃくなったの見た事無いんだけど!? しかも、何かめっちゃ変な形じゃない!?」
そして間も無く、測定器の内部が青い光を放ち、輝き始める。
「……で、身体強化率は僕より上なんだ」
敷かれた術符に文字が刻まれ終えてから、ラルフは手を下げた。
「えーっと。……マジ、これ?
『霊力量:極めて少ない
能力系統:自然現象系
身体強化率:二十割増加
霊力耐性:衝撃(Ⅴ)、電撃(Ⅴ)、高温(Ⅳ)、音(Ⅳ)、閃光(Ⅲ)、対人有毒物質(Ⅱ)
能力系統と霊力耐性に一部不明な箇所あり』
……測定結果に不備が出たのも初めて見たんだけど」
「…………」
「でも耐性だけ見ればまあ、大体僕と一緒なのかな」
「…………」
「良し、それじゃあ──……。って、大丈夫!?」
突如として倒れかけたラルフの肩を、リゼルが両手で支える。
「どうした!?」
異変を察知したエーティが、すぐさま木陰から飛び出した。
「と、突然ふらっと倒れそうになったんだけど……」
「顔色が悪いな。肩貸すから、木陰まで歩くぞ」
「…………」
エーティの肩を借りても尚、覚束ない足取りで歩くラルフだが、その額には薄っすらと汗が浮かび、呼吸も浅くなっている。
「ここで良いだろ。ほら、座れ」
木の幹に背を預けて座ったラルフの額に、エーティが手を当てた。
「熱は、無いな。水も朝、ちゃんと飲んでたのは確認してる。昨日も聞いたけど、貧血は無いんだろ?」
「…………」
ラルフが浅く頷いたのを確認し、エーティは彼の額から手を離す。
「なら後は……霊力切れか」
エーティに、リゼルが目を見開いた。
「え、そんな事ある!?」
「おーい!」
よく通る声で呼び掛けられ、三人は声の主の方へ目線を向ける。ラルフの不調を聞き付けたのか、そこには心配そうな顔で走り寄るハクアの姿があった。
「大丈夫!? はいこれ、冷たいお水!」
「……悪い」
受け取った蓋の無い水筒の冷水を幾らか飲んでから、ラルフはそれをハクアへと返す。
「はい、良ければ使って。全く、いきなりどうしたのよ」
遅れて来たシンがラルフに手渡したのは、水で濡らしたタオルだった。
「ハクア。お前、フタ忘れてるぞ。
どうだ、具合は。良くなりそうか?」
そしてシンと同時にやって来たレギンは、ほれ、とハクアに水筒の蓋を渡してからエーティの隣へ座り、ラルフの様子を窺う。
「軽い霊力切れだ。直に良くなると思う」
「霊力切れって、霊力測定しただけだよ?」
眉を寄せていたリゼルの言葉に、レギンが口を開いた。
「リゼル、
「え、ああ、『霊力量:極めて少ない』って……」
「なら簡単だ。霊力切れを起こすギリギリの量しか霊力を回復出来ないって、要はそういう事なんだろ」
「そうか。それであの──……」
自身の記憶の思い当たった節をリゼルが口にしようとした瞬間、皆の背後で裏口の扉が開く。
「あら。大勢揃って、どうしたの?」
そこには、茶色い革製の鞄を手に、黒いリボンの巻かれた麦藁帽子を被り、薄手の白い羽織を纏ったフェリーナの姿があった。
「ラルフ、霊力切れを起こしちゃったみたいで……」
心配そうに言うハクアを見てから、フェリーナはラルフへ微笑みを向ける。
「そう。幸い、これから当分任務は無い予定だから、ゆっくり休んでね」
「その格好って事は、『ギルド』へ行くのか?」
踵を向けて扉の中へ戻ろうとするフェリーナを、レギンが引き止める。
「ええ。報告書が出来たから、提出しに行くの。すぐ帰って来るから、皆はここで留守番をしていて頂戴。大丈夫。こう見えても私、一度も怪我した事無いのよ」
「そうは言っても、気を付けろよ。あそこじゃあ何があってもおかしくねえんだから」
「ありがとう、十分気を付けるわ。じゃあ、行ってくるわね」
今度こそ踵を返し、フェリーナは扉の中へと入って行く。
皆の集う庭には、今も日の光が燦々と降り注ぎ、爽やかな風が吹いていた。
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