【本章】
「敵勢ギルド」 篇
13,アレストリア東部/敵勢ギルド拠点・昼
森林地帯の奥深くに佇む、白い建造物。その中にある食堂では、「敵勢ギルド」の面々が遅めの朝食を摂っていた。
「ホント、何処行ったの、あの人!?」
樫のテーブルが、朝食を食べ終わったリゼルによって立ち上がり様に叩かれる。
「まあまあ、落ち着きなさいな。レギンの事だもの、死んでる、なんて事はそうそう無いわよ」
フェリーナに宥められ、リゼルは拳を震わせながら椅子に座った。
「寝て起きても帰ってないとか、マジ勘弁してよね……。あれ、ユーリアはまだ起きてないの?」
「みたいね」
深々と溜息をつき、リゼルは硝子のコップに注がれた水を一気に飲み干す。すると、黙々と朝食を食べていたハクアが顔を上げた。何か喋りたがっているらしく、彼女は必死にリゼルの気を引こうと手を動かす。
「……良いよ、飲み込んでからで」
リゼルに視線を向けられたハクアは、頬張っていた朝食を飲み込んだ。
「レギン、実は帰る直前に術式から抜けてっちゃったんだ。多分昼までには帰れるから、って。言うの遅れちゃってごめんね」
「やっぱりそうか……」
机に置かれたリゼルの頭が、こてん、と倒れる。
「まあ、良いんじゃない? 大して気にしなくても」
「いや良くないし、割と大した事でしょ」
シンの言葉にリゼルが反応した所で会話が途切れ、そこでフェリーナが紅茶の注がれたカップを置いた。
「まあ、レギンの事は、彼が帰って来てからで良いでしょう。さて、報告をして頂戴。向こう側では、一体何があったのかしら?」
数十分後。
「成程。そんな事があったのね」
各々から話を聞いたフェリーナは、手元の手帳にペンを走らせていく。
「大方の様子、事情は把握したわ。気の毒だったわね、ハクア」
沈んだ表情で俯くハクアを、フェリーナは悲しい表情で見つめた。
「全く、こっちの身にもなってみろって話よ。あのネフィとか言う奴」
苛立った声を上げてシンは椅子から立ち、居間のソファに寝転がる。
「アイツ、全部分かってたわよ。アタシ達が何者なのかも、依頼主が誰なのかも。それどころか、『ギルド』側の意図まで勘付いてた。母親みたく本当にトチ狂ってる奴ならまだ良かったのに、母親に合わせてただ演じてただけだったわ。
────ホント、胸糞悪い」
吐き捨てるように言ったのを最後に、シンは口を噤んだ。
「……苦労を掛けたわね。
取り敢えず、実質的な主犯のネフィは生死不明、黒幕であるその母、『ギルド』の密偵の調査によるとマリアンヌは死亡、という事で良いわね。生きていたその女の子はどうなったのかしら」
「最終的にどうなったかは、本当にあいつに訊かなきゃ分かんねえな」
エーティの発言に相槌を打ち、フェリーナはペンを置く。
「白髪と黒コートの男、ね。もし帝国軍やそれに与する人間ならとっくに私達の元へ治安維持部隊が訪れてる筈だけど、それが無いという事は可能性はある程度低いでしょう。
分かったわ、ありがとう。皆、十分に休んで頂戴ね」
そう言ってフェリーナが席を立った、その時。
「ただいまー。遅くなった、悪い!」
何食わぬ顔で手を合わせるレギンと心做しか目の下に隈を作ったラルフが、玄関から入って来る。
彼等の姿を見た、ハクアの表情が輝いた。
「レギン、おかえり! そして昨日の君、無事だったんだね、良かった!」
ラルフの元へ駆け寄ってぴょんぴょんとその周りを跳ねるハクアとは打って変わり、フェリーナやリゼル、エーティ、シンの面々は驚愕の表情で二人を見つめた。
「……ちょ、ちょっと、兄さん!? どうして連れ帰ってるのさ、そいつ!?」
顔面を蒼白にしながら、リゼルはラルフを指差す。その直後、各々の自室に繋がる廊下のドアから半目開きのユーリアが現れた。
「おはようございます、皆さん。どうかされましたか……?」
皆の視線の先を見たユーリアは、一拍遅れてにっこりと笑った。
「……あ、おかえりなさい、レギンさん。そしてそちらの方は、女の子を助け出して下さった方ですね」
覚束ない足取りで二人の元へ歩み寄るユーリアだった、が。
「昨晩はありがとうございまし──……。ひゃ、っと、っとっとぉ!?」
次の瞬間、居間の絨毯に
ユーリアを立たせたシンは、浅く溜息をつく。
「……何かアンタ見てたら、イラついてたのがバカみたいに思えてきたわ。気を付けなさいよ」
そう言ったシンは、先程から些か話の展開に置いて行かれ気味なレギンの前に立った。
「あそこから歩いて帰って来たの?」
「ああ、足を雇う金も無いしな」
「そ。災難だったわね、アンタ達。で、連れて来たって事は、そういう事よね?」
シンの不敵な笑みを受け、レギンも相応の笑みを浮かべる。
「ああ。そういう事だ」
「ふーん。良いんじゃない、本人が良いって言ってるんだったら。そんじゃ、アタシは先に部屋戻ってるわねー」
思わせぶりな顔のまま、シンは居間を去って行った。
「さて。早速だが頼みがあるんだ、フェリーナ。付いて来な」
ラルフを連れ、レギンはフェリーナの前に立つ。
「何かしら?」
「俺からの推薦だ。こいつを『
「……は?」
とんとん拍子に繰り広げられていく展開に、リゼルは小さく声を漏らした。
「私も推薦するよ!」
「お、気が合うな」
「うん! だってね──……」
リゼルが呆気に取られている間にも、話は何でもないように進んで行く。その余りの自然さに、一時は自らの疑念が間違っているのではと考えを反芻した彼だったが、
「……いやいやいや!? やっぱりそうはならないでしょ!? 素性も何も分からない人間を推薦するとか何、頭おかしいの!?」
やはり目の前の光景が異常にしか思えないのであった。
「ねえ待ってよ兄さん、ハクアも! 本当にどっかの組織の
「諦めろ、リゼル。もう
「うるさいッ!」
止めようとした矢先の追撃。リゼルは思わず声を荒らげる。
「どうどう、抑えて、抑えて。ま、レギンもフェリーナも、考え無しに事を進めてる訳じゃねえだろ。何かあったら真っ先に責任取ろうとするさ」
「……それは、確かに」
エーティの言葉に諭され、リゼルは渋々といった顔で黙る。そして浅い溜息を吐き出し、ラルフの元へと向かって行った。
「良いでしょう。『敵勢ギルド』のマスター代理として、貴方の加入を許可します。私はフェリーナ・メアンドラ。宜しくね、ラルフ・バンギュラス君」
握手をする二人の元に、リゼルがつかつかと歩み寄る。
「ふーん。君、ラルフって言うんだね」
そして、ラルフの顔を覗き込んだ。その表情は不機嫌とも、怒っているとも取れない、微妙なものだ。
「僕はリゼル。リゼル・ヴァルキード。随分と君のお世話になったレギン・ヴァルキードの弟だよ。今日は兄さんに六時間くらい歩かされてるだろうから、ゆっくり休んで。
で、明日の午前中、君の霊力を測定するから裏庭に来る事。絶対にすっぽかさないでよ。良い?」
「…………」
約束を取り付けてさっさと部屋へ戻っていくリゼルの背を、ラルフはじっと見つめる。
「あいつなりに信頼関係を築こうとしてんだよ、あれでも。
お前の部屋に案内するぜ。と言っても、一週間前にお前が寝てた部屋だけどな」
「私も行く!」
「あ、ラルフ、腕の傷はどうなってんだ? 部屋に着いてからで良いから診せろ!」
大勢が廊下へ入っていく様に、ユーリアとフェリーナは顔を見合わせて微笑んだ。
「何だか、とっても賑やかですね、今日は」
「ふふ、私もそう思っていた所よ。さ、貴女は顔を洗って、髪を梳かしてらっしゃいな。貴女の分の朝ご飯、取って置いてあるから」
フェリーナに笑いかけられたユーリアは顔を赤くすると、逃げるように洗面所へと駆け込んで行った。
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