再会 篇

6,アレストリア西部/シュダルト郊外・夕方


 アレストリアには、「ギルド」と呼ばれる組織が存在する。


 依頼主と依頼を受ける人間との間に交わされる、依頼そのものや金銭のやり取りを仲立ちする組織であり、主に貧民街の人間に対して多くの雇用を生み出した。その結果、設立された十七年前、完全なる無法地帯だった貧民街へ短期間である程度の秩序をもたらし、今となってはアレストリアの民に無くてはならない存在である。


 「ギルド」に寄せられる依頼は、畑仕事や漁の手伝いから、脱走した愛玩動物ペットや迷子の捜索、果ては無法者の退治──危険が伴う為、受注に特別な許可を要する──まで種類は様々であり、基本、依頼の遂行中に受注者の命が危険に晒される事の無いよう「ギルド」が差配を行っている。


 だが、例外というものは如何な時、如何な場所でも存在するものだ。

 「ギルド」が受注を許可した依頼の中には特段の危険を孕む依頼、若しくは普通の依頼であるとして受注を許可した所、大怪我を負う者や死亡する者が出た、という依頼は少なからず存在する。


 ────ここから先の話は、貧民街にて広く囁かれている噂話である。


 前述した依頼、特に後者の依頼を主として、依頼主が提示する通常の報酬へ更に高額な報酬を上乗せして「ギルド」自身が依頼の解決を依頼する、謂わば「ギルド」の為のギルドが存在する。


 彼等は帝国の闇夜を征き、人殺しも平然と行う隠密にして冷血の組織であり、その悲願は「ギルド」の前身──十八年前に瓦解した革命軍が為し得なかった『革命の成就』であると言う。


 彼等の名は「敵勢ギルド」。

 その悲願の真偽はいざ知らず、そも、そのような組織が存在するのか。


 真実は、果たして。




 アレストリア西部/シュダルト郊外・夕方




 紫がかった空に、朱色の雲が浮かぶ頃。吹く風が、少々肌寒く感じられる。


 青年──所々青く見える白髪だが、前髪の右側だけ黒く、裾の長い黒コートを着た、あの青年──が、住宅街の通りを歩いていた。彼の行く手には、家先で歔欷きょきの声を上げる女が居る。


 青年は、女の前で足を止めた。


「……何方ですか?」


 自らを見つめる気配に気付いた女は、徐に顔を上げる。


「……何か、あったのか」


 青年の問いに女は俯いて、静かに涙を落とした。


「昨日の朝から、娘がシュダルトへ行ったきり、帰って来ないんです」

「……そうか」


 青年の相槌に心が緩んだのか、女は話を続けた。


「私、主人を亡くしてからずっと働き詰めで、面倒を満足に見てやれなかったんです。でも私、どんなにつらくても働いて、あの子の為だけに生きてきたんです。なのに、なのに私、あの子がもう大きくなったからって、油断して……! シュダルトだって治安が悪いって分かってたのに、一人でお使いに行かせてしまったんです……!」


 女の流す大粒の涙が、地面に染みては消えていく。


「そしたらこのざまですよ。娘が外に出てからもう二日が経ちました。あの子が何か酷い目に遭ってて、殺されでもしてたら、私は、私は──……!!」


 女は悲痛な声を上げて泣いた。

 目を離す事無く女の話を聞いた青年は、ポケットから小さな紙とペンを取り出し、何やら文字を書いていく。

 そして親指を小型ナイフで切り、血の滲んだそれを紙の端に押し当てた。


「……身なりは?」


 予期しなかった言葉に、女は顔を上げる。


「え? まさか──……」

「早くしろ」

「!!」


 青年の低い声に、少々の苛立ちが混じる。青年の言葉の意味を悟った女は、涙を拭って立ち上がった。


「ええと、ここくらいまで伸びたおさげで、白いブラウスに赤いスカート、黒い靴下、靴は確か……茶色だったと思います。あ、後、背丈はこのくらいで、髪は茶色で、瞳は緑です」

「……持っていろ」


 娘の特徴を詳らかに説明した女へ、青年は血判の押された紙を差し出す。


「分かりました。あの、お金を──……」


 女が言い終わるよりも早く、青年は駆け出していた。


 女は涙の滲んだ目で、遠くなっていく彼の姿を見つめる。

 そして手にした紙を両手で握った後、その背に向かって深々と頭を下げた。




 ・・・




 面倒事が嫌いだ。何故回避しなかったのかと、過去の己が腹立たしくなる。

 誰かに乞われる事が嫌いだ。見ず知らずの人間から受ける好意ほど、不快なものは無い。期待なんぞ以ての外だ。


 ああ、くそ。何であの女に声を掛けてしまったんだ。そのまま通り過ぎれば良かったのに。


 ────そう。それで良かったのに、出来なかった。

 何故かあの女が、人が泣いているという状況が、目に留まって仕方が無かった。

 妙にざわつくような感覚が、内側で燻るようだった。


 いや。今はそんな事、どうだって良い。


 中心地区の西側に近付いた女児が軒並み行方不明になる。貧民街で噂を耳に挟む事はあった。

 受けてしまった以上は、熟すより他は無い。あの女の娘を、一刻も早く見付け出す……!




 アレストリア東部/???・夜




 墨のような闇が垂れ込めた空に、ぽっかりと青白い穴が開いている。

 ランプの灯された居間の卓を、数人の男女が囲んでいた。


「全員招集って事は、前に言ってた任務か。今度は何処だ?」


 隣に座る紙束を持った女に、レギンが訊く。


「ええ。今回はちょっと厄介な場所になりそうよ」


 女の発言に、レギンの眉が動いた。


「何。もしかして中心地区?」

「そう。大当たり」

「マジか……」

「まあ良いじゃん、初めてってワケでもないんだし。で、内容は?」


 大きく溜息をついたレギンの隣で、彼と容姿のよく似た少年が女に尋ねる。


「ええ。数年前からある女児誘拐の噂話、知ってるかしら?」


 その場の皆に掛けられた問いに、少年は、ああ、と声を上げた。


「知ってるかも、それ。エーティは?」

「知ってるも何も、貧民街じゃ最早常識だ。『兎に角、子供ガキを中心地区に近付くな、近付けるな』ってな」

「へーえ。そうなんだ」


 二人の会話を他所に、女は白髪の少女の方へと顔を向ける。


「ユーリア、説明をお願い出来る?」

「はい」


 ユーリアと女に呼ばれた少女は、返事をして立ち上がった。


「噂話の内容の詳細は『中心地区の西側周辺に向かった女児が行方不明になる』というものです。

 およそ一カ月前、自身の娘がその被害に遭い、別の女児誘拐の現場も目撃したと主張する女性が、警備隊が取り合ってくれないと『ギルド』へ調査の依頼を出そうとしたのがきっかけのようです。


 受注者の安全確保の為、『ギルド』が三週間の期限を設けて独自に調査を行った結果、『陽が落ちて直ぐの時間帯に特定の洋館の前を通った少女がその門の前で突然足を止め、数分と立たない内に何かを呟きながら門を潜って行き、その後調査を終了するまで一度たりとも洋館から少女らしき人物が出て来ない、という現象が二件発生した』との報告がありました。


 それを踏まえて『ギルド』はこの調査依頼を最優先解決案件とし、直ちに人員を募って原因の解明及び事態の解決に向かわせましたが、『ギルド』側は未だに人員からの帰還報告を一切受けていません。

 これを受けた『ギルド』は一週間前、レギンさんを通じて『敵勢ギルド』に案件の解決を依頼。内容を精査したフェリーナさんによって、昨晩に受理されました。以上です」

「ありがとう」


 女──フェリーナ・メアンドラが小さく微笑んだのを見ると、ユーリアは一度、浅く頭を下げてから座った。


「肝心の依頼内容だけど、ユーリアの言っていた通りね。『少女誘拐事件の原因の解明及び解決』よ。備考欄には『人物が関わっていた場合、その者を捕縛若しくは殺害を要求します』と書いてあるけど、まあ何時も通りで良いでしょう。


 場所は中心地区第四十六区画、四番地。黒い門に大木の植わった広い庭、白い壁に風見鶏の付いた黒い屋根が目印、との事。ここまでで何か訊きたい事はあるかしら?」


 フェリーナが皆の方へ顔を向けると、少年がふと後ろを見遣った。


「そう言えばさ、ハクアはどうすんの? 連れてくの?」

「……それは、どうかしら。彼女次第ね」


 回答を濁すフェリーナを見て、今まで黙っていた黒装束の女が口を開く。


「連れて行った方が良いでしょ。もし被害者で生存者が居たら、アイツの力が必要になるでしょうし」

「それもそうね。なら彼女にも行かせる事にしましょう。

 ……さて。今回の作戦についてなのだけど、これも何時も通りね。待機組にユーリア、エーティ。突入組にレギン、ハクア、シン。それぞれに分かれて行動を取って頂戴。勿論、不備のある時は人選をその場で変えて構わないわ。但し、待機組が居なくならないようにする事。良いわね?」


 了解、と皆が承諾したのを聞いてから、フェリーナは少年へ顔を向けた。


「それと全体の情報統括をリゼル、貴方に任せます。基本、どんな時でも貴方は自由に動けるでしょう。どちらの役割を熟すかは貴方が決めなさい」


 フェリーナの言葉を受けて、少年──リゼル・ヴァルキードは唸る。


「うーん。じゃあ、待機組に行かしてもらおっかな」

「あら、珍しい」


 レギンの発言に、リゼルの眉尻がぴくりと動く。


「何が、珍しい、だよ。何処ぞのお兄さんが必要以上に大暴れしても警備隊が押し寄せて来ないのは、一体誰のお蔭だと思ってんですかねー?」

「……はい、ごめんなさい」


 肩を縮こまらせるレギンを見て、リゼルはやれやれ、と溜息を零した。

 二人の様子を笑顔で眺めていたフェリーナの表情が、すぐさま真剣なそれに戻る。


「それじゃあ、早速行ってもらいましょうか」

「おっと、その前に!」


 突如として手を上げながら立ち上がったリゼルは、何やらごそごそとポケットを漁る。取り出されたのは、数枚の小さな正方形に切られた茶色い紙だった。


「皆にこれを配っときます。そう! これは僕が術式の開発も含めて製作に一カ月費やした、使い捨てするには惜し過ぎる代物! 何とこれ、只のシールじゃありません! 僕とお話が出来ちゃいます!」


 言い終わるのと同時に、全てのシールがぼうっと円形に光り始める。それを確認したリゼルは、各々にシールを手渡した。


「へえ。よく作ったわね、こんなの。術符なんてどうやってシールにしたのよ?」


 黒装束の女──シンの言葉に、リゼルは目を輝かせる。


「おっ、流石シン、目を付ける所が鋭い! そう、そこが苦戦要素だったんだよねー。……まあ、実際の所、術式の開発には三日掛かってないって言うか、ほとんどそこで詰んでたって言うか、うん」

「そんな事だろうと思ったわ。そこら辺の作業はエーティに任せた方が良かったんじゃないの?」

「うっ、確かに……」


 気まずそうな顔をするリゼルに、エーティが声を掛ける。


「動作確認しておいた方が良いんじゃねえか、コレ?」

「ん、そうだね。ちょっと待ってて」


 リゼルは胸ポケットから宝石のまった銀のペンダントを取り出しつつ、皆の自室に繋がる廊下へ消えていった。やがて。


『もしもーし……ハクアでーす……』

『あ、皆、聞こえてる? 今から指名するから、された人は返事してね!』


 何とも間の抜けたハクアの声と意気揚々としたリゼルの声が、個々のシールから発せられる。


『じゃあ、シン! 聞こえてるー?』

「ええ、バッチリ」

『よしよし。じゃあ次、エーティは?』

「聞こえてる」

『はいはーい。ユーリア、大丈夫?』

「はい。しっかり聞こえます!」

『了解。じゃあ最後、兄さん?』

「そこはレギンって呼んでくれねえの?」


『まあまあ。良し、これで全員、大丈夫だね。

 あ、ちなみに皆が持ってるのは子機だからね。親機は僕が持ってる。子機は僕にしか通じてないから、誰かと話したい時には僕を介してね。後、ハクアには僕がちゃんと確認したヤツをあげるから、そこは心配しないで。はい、以上、動作確認、終了! ほらハクア、起きて! 二度寝しないで!』


 ハクアを再度揺り起こすリゼルの声を最後に、シールから発せられていた音声が途絶えた。そして。


「起こして来たよー」


 廊下から出て来たリゼルの後ろには、半目開きのハクアが付いて来ている。その様子を見るに見兼ねたのか、シンはハクアの元へつかつかと歩いて行き、その両頬を抓った。


「全く、しゃきっとなさい!」

「んー……」


 シンの言葉に反応して、ハクアは一度大きな伸びをする。


「……うん、起きた!」

「良し」


 笑みを浮かべたシンは、表情はそのままにフェリーナへ視線を送った。それを合図に、フェリーナが口を開く。


「『ギルド』最優先解決案件『女児誘拐事件の原因の解明及び解決』、現時刻を以て状況を開始します。幼気な子供を弄ぶ怪奇を迅速に排除するように!」


 マスターの号令に、皆は口を揃えて言うのだった。


「了解!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る