第1話 新雑誌創刊
さかのぼること四十時間前……。
フリーのライターである俺、
「小松崎さん、こんにちは」
「おお、安部君いらっしゃい。調子はどう?」
「まあまあですね」
「あっそう。それは良かった」
ここでいう調子というのは体調のことではない。パチンコやパチスロ、競馬などの成績についてだ。小松崎さんは会うといつもそのことを聞いてくる。というのも九十九夜書房はギャンブル系の雑誌を数多く出版しており、関係者はプライベートでもギャンブル三昧の人が多い。俺もそのうちの一人なので、当然そのような挨拶になる訳だ。
「ところで大事な話というのは何でしょう?もしかして契約打ち切りとかですか?」
「何を言ってるんだよ。安部君にはもっともっと活躍してもらわないと」
「それは良かったです。急に呼び出されて内心ドキドキしていたので」
「ははは、悪かったね。今日来てもらったのはその逆なんだよ」
「逆……ですか?」
「そう、逆。実は今度新しい雑誌を出すことになってね。安部君にも参加してもらおうと思って」
「新雑誌ですか……。どんな雑誌なんです?」
「聞いて驚くなよ。なんで今までこんな雑誌が無かったのか?みんなが好きな二大テーマが奇跡のコラボレーション。なんとなんとアイドルとオカルトを融合させた、新スタイルの夢のような雑誌。その名もA・H・O」
「……アホ?」
「アホじゃないよ。エー・エイチ・オーだよ」
「へー。それで、エーエイチオーとはどういう意味なんですか?」
「アイドル・フュージョン・オカルトだよ」
「えーと、すみません。それなら、I・F・Oなのでは?」
「いや、Aidoru・Hyu-jon・Okarutoの頭文字でA・H・O。社長が命名したんだよ」
「はぁ、社長がですか」
(やっぱりアホじゃないか)
アホなネーミングの名付け親、九十九夜書房の社長とは、革新的な雑誌を次々と創刊。業界ではゴッドインゴッドと呼ばれるカリスマ中のカリスマ、広末秋男その人である。決してアホではない……はずだ。
「まあネーミングのことはさておいて、安部君にはオカルトの方の記事を書いてもらいたいんだよ」
「オカルトですか?特にオカルトに興味も無いし、霊感もゼロでUFOも見たことが無いですよ」
「霊やUFOを呼べっていう訳じゃないから大丈夫だよ。実はある場所でちょっとした事件があって、それを取材して、記事にしてもらいたいんだ」
「えーっ!?事件とか怖いんですけど」
「事件と言っても大したことじゃないよ」
「そうなんですか?では具体的にはどういう内容なんです?」
そう聞いた俺に小松崎さんは、机の引き出しから一冊の観光雑誌を取り出し、石みたいな物が写っているページを開いて見せてきた。
「安部君、殺生石って知ってる?」
「せっしょうせき……ですか?ちょっと聞いたことないですね」
「あのね、栃木県の北の方に殺生石という石があってね」
「はあ」
「それでね、この石が近付いた生き物をみんな殺してしまうというすごい石なんだよ」
「えっなんですかその石。めちゃくちゃ恐ろしいじゃないですか」
「そうなんだよ。すごく恐ろしい石なんだよ。この石はね、九本の尾を持つキツネ、九尾の狐が姿を変えたものだと言われているんだよ」
「九尾の狐はどうして石に姿を変えたんです?」
「あのね、その昔……」
小松崎さんは、九尾の狐が人間に姿を変え、人々を惑わせ災いをもたらしたこと。陰陽師に正体を見破られ那須に逃げて毒石に姿を変えたこと。そして毒ガスを吐き、近づく動物の命を奪ったことなど、殺生石と九尾の狐の伝説についていろいろと教えてくれた。
「殺生石、激ヤバじゃないですか」
「だろ?殺生石ヤバいんだよ」
小松崎さんはそう言うと不敵な笑みを浮かべながら続けた。
「実は……、その殺生石が真っ二つに割れてしまったらしいんだよ」
「えええーっ!?真っ二つに?」
「そう真っ二つに」
「大変じゃないですか。それは誰かが割ったんですか?」
「いや自然に割れたみたいなんだ」
「ですよね。そんな恐ろしい石を割るなんて間違いなく呪い殺されますからね。でもそれなら何で事件なんです?」
そう問いかける俺に、小松崎さんの表情は先程までとは一転し、真剣な、いや怖い顔に変化した。そして「ふーっ」と一つため息をつくと、視線を下の方に移し、声のトーンを落としこう呟いた。
「封印が……」
俺は嫌な予感がした。それと同時に背中に悪寒のようなものが走った。これからこの人がとんでもないことを言うのは、容易に想像できた。そしてその予想は当然のごとく的中した。
「九尾の狐を閉じ込めていた石が割れてしまったことによって、封印が解かれ、狐が復活してしまったみたいなんだ」
九尾の狐が復活。それは大変なことだ。出来ればこんな恐ろしい話はこれ以上聞きたくない。しかしそんな俺にお構いなしに小松崎さんはさらに話を進めた。
「そして積年の恨みを晴らすべく、人々に復讐をするため……」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「美女に化けて……」
「美女に化けて?」
俺が聞き返したその瞬間、突然後ろで女性の声がした。
「美女って、私のことですか?」
「ひいいーっ、き、きつねーっ」俺は情けない変な声を出した。
「失礼な!誰が狐なんですか」
振り返ると九十九夜書房の社員、玉本遥が紙袋を抱えて立っていた。
「おお、玉本さんおはよう」
「おはようございます、小松崎さん。これ下で売っていたので食べてください」
そう言うと玉本さんは持っていた紙袋を小松崎さんに手渡した。
「おっ、おいしそうないなり寿司じゃない。俺、いなり寿司大好物なんだよ。ありがとう、お昼にいただくよ」
いなり寿司を受け取った小松崎さんはニコニコしていた。そんな小松崎さんに玉本さんが質問した。
「ところで、二人で何の話をしていたんですか?安部さんの驚き方が尋常じゃなかったですけど」
すると、小松崎さんは俺の顔を見て、
「はははっ、安部君、なんていう声を出してるんだよ。いくらなんでもビビりすぎだから」と、笑い始めた。
「そうそう。ひいいーって言ってましたよね」玉本さんも続けて笑った。二人に笑われてちょっとムッとした俺は、
「怖い話の最中に急に背後から声を掛けられたら、誰だってびっくりしますよ。そもそも、玉本さんが驚かすのがいけないんじゃないですか」と、少し強めの口調で抗議した。すると玉本さんも、
「別に驚かすつもりはなかったんですけど」と、ふくれっ面をした。
そんな二人のやり取りを笑ってみていた小松崎さんだったが、
「まあまあ、とりあえずみんな揃ったから打ち合わせを始めようか」と切り出した。
「みんなって二人ですか?」そう聞く俺に小松崎さんは「そう二人」と答えた。
俺はまた嫌な予感がした。
ななから 中田 浩也 @l-nakasatohara38
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