第3話 vs人食いジジイ。そして、真相解明
ダンッ……ダンッ……
私は今、張り付く喉を必死に動かして、唾を飲み込もうとしていた。
扉の反対側には航平。真っ青な顔をして、「ほら、本当だっただろ!」と必死に口パクをしている。きっと、私も同じような顔色をしているのだろう。
私たちの目線の先には、噂の通り、おじいさんが生肉の返り血で真っ赤になりながら、肉の解体を行っていた。
「(こっからどうすんだよ、これ!)」
冷や汗タラタラで、小声でそう聞く航平はすぐにでも帰りたそうだったが、私はむくむくと湧いてきてしまった好奇心——それから、群家さんに教わった呪文の安心感もあったかもしれない——から、おじいさんに時間を聞きたくて仕方がなかった。
航平は「見たな!」と脅されながらもこうして生きて帰ってきているのだ。今日だって、私たちも生きて帰れるはずだ。
そのことを航平に伝えようとした時、航平が扉の奥、上の方を凝視して固まっていることと、その顔に影が差していることに、私は気が付いた。
ゆっくりと航平と同じ所に目を向ける。
いつから気づかれていたのだろう。いつの間にか、おじいさんが、立っていた。私たちの、一メートル程先のところに。包丁を構えて。
おじいさんは私と航平をじっとりと舐めるように見ると、こう言った。
「見たな?」
ヤバい! 解体される! 逃げなきゃ!
という心の叫びと、今すぐにでも走って逃げだしたい気持ちを何とか抑え込み、私は真っ白な頭の片隅から何とか思い出した、あの言葉を唱えた。
「ダ、ダンケ、シェーン。グーテ、ナフト」
航平は恐怖からか、バッと頭を抱えてうずくまった。私は震える身体を律し、腹をくくってしっかと仁王立ちし、おじいさんの目を見続けた。
おじいさんは、一瞬キッと目を剝いて……
「ナフ ハウゼ ギ―エン」
ただ一言、そう言って、奥の方へ戻っていった。
ダンッ……ダンッ……
「助かったのか?」
私がハッと下を見ると、航平はしゃがんだままわなわなと震えて、私を見上げていた。
「多分。何もされなかったね」
私と航平は半ば放心状態で、そのままそれぞれの家路についた。
~*~*~*~*~*~
「お疲れ様だったね、和兎ちゃん。今回の事件、謎のポイントは二つ。一つは、なぜおじいさんは夜中に解体作業をしているのか。そしてもう一つは、なぜおじいさんは時間を聞かれると『見たな?』と脅してくるのか」
次の日の放課後。学校を飛び出して
「まず、一つ目。そのおじいさんは
「え、私の話からそこまで推理できちゃったんですか?」
「半分ね」
驚く私に群家さんが種を明かす。
「和兎ちゃんの学校に『生徒さんが相談に来ましたけど、この噂って屠畜業者ですよね?』って確認を取ったら、あっさり『ドアが壊れたらしくて~』ってところを教えてくれたよ」
群家さんはそのまま推理の披露を続ける。
「そして、二つ目。これは結構簡単な話でね? おじいさんは『見たな?』って脅していたわけではなくて、質問された通り、時間を答えていたのさ」
小首を傾げたままの私に、群家さんはさらさらッとメモに『Mid Nacht』と書いて見せた。
「これはドイツ語で『ミッド ナフト』と読むんだ。発音良く言っていくとミドナフト、ミダナフ、ミダナ、
「ドイツ語!? それはわからないですよ! そんな『見たな?』が空耳だったなんて。じゃあ、群家さんが教えてくれた言葉もドイツ語だったんですか?」
悔しがる私に、群家さんは優しく言った。
「うん、そうそう。僕が和兎ちゃんに教えた言葉『
私は、一度も現場に行かずして、全てを見通していた群家さんに脱帽した。
「いやー、やっぱ群家さんには敵わないや! 師匠、これからもついていきます!」
「ありがとう、来年和兎ちゃんが高校生になったら、ウチでバイトとして雇ってあげるよ」
群家さんの言葉に、私は「やった!」と小さくガッツポーズをした。
かくして、『夜な夜な人食いジジイが人間の解体をしている』という噂の真相は解明された。
今後、これに代わるどんな奇々怪々な噂が立つかはわからないが、私は全く心配していない。なぜなら、どんな不可思議な事件が起きようとも、きっと群家さんが解決してくれるからだ。
師匠は趣味で探偵をしている 八咫鑑 @yatanokagami
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