第2話 師匠の見立て
ダメだ、こんな挑発に乗ってはいけない。
怖いかと言われると、全く怖くはない。人食いジジイの話よりも、江戸川乱歩の『電磁人間M』や、乙一の『Goth』の方がよっぽど怖かった。
「いや、別にそこまで怖くはないけど……」
「頼む! 俺の眼が間違ってなかったって証明させてくれよ。じゃないと俺、すっきり出来ないよ。和兎もさ、お得意の推理が出来ると思って。」
私は腕を組み、窓の外に目をやった。
推理は好きだ。伊達に推理小説を読み漁っている私ではない。これでも、将来は事件を解決する探偵になるため日々修行を重ねている、探偵の卵だ。探偵の卵足るもの、目の前に事件が転がっているとなれば、見過ごすことが出来ようか?
「和兎の推理が頼りなんだよ。頼む、和兎の力を貸してほしい」
いや、出来まい。やはり、いついかなる時でも、そこに事件があるならば迷わず介入し、困っている人を助けるのが探偵の
私は組んでいて腕をほどいて、なるべく「やれやれ仕方ない」という感じが出るように身振り手振りを勿体つける。
そして私は、今夜、航平とともに
私は、念には念を入れて、ある場所に立ち寄って準備をしておくことにした。師匠の知恵を拝借するのだ。
~*~*~*~*~*~
私、
「なるほど和兎ちゃん。そうやって目の前の謎を放置しないところ、名探偵の鑑だね。流石僕が見込んだだけある」
放課後、私は帰り道の途中にある個人経営のカフェ「
私がこのカフェに通うようになってから半年ほど。何か——学校で起こった不思議な事件や近所に立った不可解な噂、勉強の分からないところから恋の悩みに至るまで——あるたびに、私はここの店主、
「ありがとうございます、群家さん。私は趣味でジビエ料理をしてるおじいさん、って路線で見てるんですが、群家さんの見立ても聞きたいなって」
群家さんは二十三歳で、このカフェの
群家さんは大学生の時に『謎解きクラブ』の部長をしていたらしい。私立探偵こそしていないものの、群家さんに推理や調査をしてほしくてこのカフェに相談に来る人もいるのだとか。
「なるほど、和兎ちゃんに頼られてると思うと俄然やる気が湧くね。いくつか質問してもいいかな?」
私は群家さんの質問に、一つずつ丁寧に——事前に航平を質問攻めにしておいた——答えた。
「なるほど。レストランとかの飲食店ではなく、ただの倉庫。昼の間は無人。毎日現れるわけではなく、週に数回程度で、決まって深夜。おじいさんはいつも大きな肉の塊を解体していて、それは人肉かもしれないと。挙句の果てに、時間を聞くと『見たな!』と脅してくる、か。まるで都市伝説みたいな話だねぇ」
群家さんは腕を組んで、ウーンと小首を傾げた。私も群家さんの真似をして、ウーンと小首を傾げる。
「……噂が立って一週間くらい経つんだよね? 本当に人食いのおじいさんだったら、流石に警察が動いてそうだよねぇ。学校の先生とか何か言ってない?」
「具体的には教えてくれなかったんですけど、先生は大丈夫だって言ってました」
「なるほど、先生は把握済みかぁ。ちなみにその倉庫ってさ、学校から見える場所にあったりする?」
「四階からちょびっとだけ。噂のせいで生徒がたむろしちゃうので、先生が立ち入り禁止にしちゃいましたけど」
「なるほどねぇ」
群家さんはしばらく腕を組んで目をつむっていたが、十秒としないうちに目をパッと開き、腰に手を当てて、小さく伸びをした。私は平静を装いつつ、内心「来た!」と叫んでいた。
群家さんがこの動作をするときは、謎が解けた時の合図なのだ。
「今夜、航平君と現場を見に行くんだよね?」
「はい、そうです」
群家さんはメモとペンを手に取り、さらさらと何かを書いた。
「僕の推理は、あえてここでは明かしません。せっかく和兎ちゃんが現場に行くのなら、頑張って推理してみて!」
「え~、群家さんそれはズルいよ~! 群家さんの推理楽しみにしてたのに~」
私はあまりにの残念さに、グダ~ッとカウンターに突っ伏した。
「まあまあ、そう落ち込まないで。おじいさんから『見たな!』って言われた時のために、魔法の呪文を教えてあげるから」
私は、群家さんに渡されたメモに目を通した。そこにはアルファベットが並んでいたが、私の知っている英単語はなかった。
私は群家さんに発音を教わり、何度か練習してスラスラ言えるようになってから、家に帰った。
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