そこに咲く言葉
蒼井どんぐり
そこに咲く言葉
高沢ナツミは、その光景を偶然校舎裏で目にしてしまった。
校舎裏の園芸部が管理する花壇。その前でクラスメイトの相田コトハが、サッカー部の篠崎省吾に振られる瞬間を。
美少女と学年一のモテ男の二人。確か付き合ってると言う噂を聞いていた。
「いやー、ごめんな、ちょっと好きな人ができちゃってさ」
「私のことは好きじゃなかったってわけ?」
「いや、コトハのことも好きだったよ。でも最近あんまりテンションあがんなかったじゃん」
「……何それ」
そうして振り返ったコトハがこっちに向かってくる。
ナツミは急いで隠れるものの、鈍臭い彼女は花壇裏に隠れようとしたその後ろ姿を捉えられてしまった。
「あ、えーと、高沢さん? 今の、見てた?」
「あ、いや、部活で花壇に水をやってただけで……」
「部活? あ、園芸部だっけ。そっかここ、園芸部が育ててた花壇なんだ」
そう言いながらコトハは近づいてきて、ナツミの耳に静かに耳打ちをしてきた。
「さっきのこと、誰かに言ったら怒るから」
そう静かな言葉を耳に告げ、彼女は歩き去っていった。
「なんで見てしまったんだろう……」
ナツミは心の底から後悔をした。ただ静かに花に水をやっていただけなのに。
チューリップ。ガーベラ。シャクヤクにコスモス。
ただ一人の園芸部であるナツミは、花壇に水をやりながら、さっきの出来事を思い返す。
相田コトハのことは前から気になっていた。
人が近寄らない校舎裏、園芸部のナツミしかこないようなこの場所で、たびたび見かけた姿。その度、コトハはいつも優しい目で花たちを見ていた。
その時とは全く違う表情で、昨日コトハは横切って去っていったのが頭に残っている。
少し青りんごのような香水の香りが鼻をついた、あの時彼女は泣いていた。
次の日、ナツミがいつものように部活に顔を出すと、そこには昨日出会ったコトハが、花に語りかけるように花壇の前に屈んでいた。
「あ、相田さん」
「あ、うん、ごめん、ちょっと」
そう言って花壇に向けていた顔をこちらに向けながら、コトハは立ち上がった。
「ここ、園芸部の場所って知らなかったんだ。私も好きでよく来てたんだけど」
そう言いながらコトハはまた花壇に目を向ける。その目はどこか空な目をしていた。
「昨日はちょっと威圧的なこと言ってごめん。まあ、見てわかる通り、振られて? ちょっと私も余裕なかったみたいでさ」
そういう彼女は顔を伏せたように花壇に向け、じっとして話を続けていた。花たちにも助けを求めるような顔で。
「なんかバカみたいだよね。好きですらなかったのかなとか思ってさ」
そういう彼女の声は凛々しくも、どこか孤独を感じさせた。
「あ、あの、この花!」
はっとしたときにはナツミは心のまま言葉を発し、一輪の花を摘んでいた。自分と同じような表情で花に目を向けるコトハに対して、彼女なりに、何か力になりたいと思ったのだ。
そうして、誰にも聞こえないように小さな声で、ナツミはコトハの耳元で囁いた。
「この花の、花言葉って知ってますか?」
次の日、彼女たちのクラスでは少し不思議なことが起こった。
「あ、誰だこれ置いたの」
「省吾、ラブレターじゃん、やっぱモテるね〜」
「うっせえな」
サッカー部の集団が盛り上がって喋る声が聞こえてくる。篠崎省吾は満更でもない様子で友人たちに応対していた。
彼の机の上には、ピンクの便箋と、綺麗なアジサイの花が添えられていた。
「あいつ、絶対わかってなかったよねー」
「なんかニヤニヤしてカバンにしまってましたね」
「さすが薄情者。でも言いたいことは全部書いてやった。ザマアミロって感じ」
ナツミとコトハは放課後、学校裏の花壇で花に水をやりながらそんなことを話していた。
「でも知っていたんですね。アジサイの花言葉が〝浮気〟だって」
「花は私も嫌いじゃないんだよね」
そう言ってコトハは花壇の花を眺めながら何気なく言う。中々、花に興味を持っている人は周りにはいない。
ナツミは少し、嬉しい気持ちを抑えながら花たちに水をやっている。
「はい」
そう言って、コトハが横に置いていたビニールの袋を無造作に渡してきた。
「花を借りたお礼というか。好きな花で、よかったら育ててみて欲しいなって」
よく見ると駅前の園芸店の袋だった。中は花の種が入っている。
それをナツミは確認すると、少し笑みが溢れた。
「わかりました。じゃあ、ここに植えるので、相田さんもたまに水あげてください」
「いいよ。また、たまに顔を出しにくるね」
ナツミはそう言って、花壇の端の方の空いた小さなスペースにシャベルを入れて、土を掘る。そして、もらった種を丁寧に植える。
それはきっと美しく咲くだろう、カンパニュラとカモミールの種だった。
そこに咲く言葉 蒼井どんぐり @kiyossy
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